2019年2月19日火曜日

車道通行の安心感アンケートにおける恣意的サンプリング

徳島大学の都市デザイン研究室が以前webで実施していた調査のことを覚えているでしょうか。都内各地の車道を走行した自転車の車載動画を見せ、その通行環境の安心感を答えさせるアンケートです。このブログでも当時紹介していました:
「自転車の車道走行の安心感アンケート」(2015年12月25日)https://perfect-comes-from-perfect.blogspot.com/2015/12/blog-post_12.html
自転車活用推進研究会理事長の小林氏も「NPO自活研ニュース」(メールマガジン)で回答を呼び掛けていましたが、そこには
徳島大の山中英生教授が下記のアンケートへの回答を募集しています。車道は危ないという先入観が根強い我が国ですが、クルマのドライバーが車道の自転車をきちんと認識すれば共存することは諸外国並みにできるはずです。そのための環境づくりが急務です。みなさんの忌憚のないご意見をお願いいたします。
という文言がありました。これはアンケートでは御法度の誘導行為で、調査結果の信頼性を損ねます。さらに、一般的な自転車利用者から掛け離れた特性のスポーツ志向のサイクリストが自活研周辺から大量に流れ込めばサンプルの無作為性も失われます。

この呼び掛けに研究グループはさぞ頭を抱えたのではと当時は想像していたのですが、調査の1年半後に発表された論文には予想とは正反対の事実が記されていました。



その論文がこちら。
  • 山中 英生, 原澤 拓也, 西本 拓弥 (2017) ‘サイクリストによる多様な車道内自転車通行空間の安全感評価’, 交通工学論文集, 3(4), p. A_15-A_21. doi: 10.14954/jste.3.4_A_15.

驚いたことに、研究デザインの段階から作為的なサンプリングが企図されていました:
調査は、Google フォームで作成したWEBアンケートのURLを添えたメール送信する方法で、東京都内を通行しているサイクリストを中心とするため,自転車活用推進研究会,Facebook の自転車愛好家グループ,大学サイクリングサークル等に依頼した.[原文ママ]
では、このサンプリング方法は研究の根本的な目的に照らして適切だったのでしょうか。

何を知るための調査だったのか

山中・原澤・西本(2017)は研究の背景と目的を次のように説明しています(要約):
  • 国は車道上に自転車通行空間を整備する指針を示している
  • しかし多くの自転車利用者は車道通行に不安を感じている
  • 車道上の通行空間を普及させるには安全感(*)に関する街路条件を探る必要がある
* この研究は「安心感」ではなく「安全感」という用語を使っていますが、論じているのは「恐怖や緊張を強いられる度合い」であり、「主観的に見積もった事故リスクの大小」ではないです。敢えて「安全感」と言う必要性が感じられないので本記事では「安心感」で置き換えます。

これを普通に読めば、
  • 現状、不安を感じて車道通行をしていない自転車利用者が多い
  • その利用者層に車道通行させるにはどのような通行空間が必要か
という意味だと思いますよね。

現実の社会課題と噛み合わないリサーチ・クエスチョン

ところが山中・原澤・西本(2017)は
WEB調査は113名から回答を得た.
[中略]
これらの回答者を東京で車道走行するユーザー層と見なした.
と、既に車道通行している層が調査すべき対象だという前提で議論を進めています。研究目的もよく読めば「車道通行の推進」ではなく「車道部の自転車通行空間の普及」です。

これは非常に奇妙です。なぜなら今日本では、利用者の安心感を度外視して車道上に混在通行マーキングや視覚的分離のペイントを施す事例が多々見られるからです(利害調整の苦労がなく導入費用も安いからでしょう)。

その結果が、路上駐車に塞がれる自転車レーンであり、横スレスレを車やトラックが高速で走る混在通行表示であり、身の危険を感じて今までどおり歩道を通行する大多数の自転車利用者です。

山中・原澤・西本(2017)の研究が本当に「車道部の自転車通行空間の普及」だけを目的とするものなら、その研究にさしたる社会的意義・要請はありません。ですが山中・原澤・西本(2017)も英文の論旨では
. . . improvement of safety sense towards carriageway is needed to promote cycling on carriageway. [sic]
と、promoteの目的語を通行空間(環境)ではなく車道通行(行動)にしています。

いま車道通行を躊躇している利用者層をターゲットにし、他ならぬ彼らにとって何が安心感に繋がるかを明らかにすること。これが山中・原澤・西本(2017)の本来のリサーチ・クエスチョンだったのではないでしょうか。

不適切なターゲット設定

前述の通り山中・原澤・西本(2017)は、自転車レーン等を整備するまでもなく従前から自転車で車道通行していたであろう、「自転車活用推進研究会,Facebook の自転車愛好家グループ,大学サイクリングサークル等」を狙い撃ちしたサンプリングをしています。

市場調査に喩えれば、これから獲得しようとしている潜在顧客のニーズを探るべき状況で、既に獲得した少数の熱心なファンの声だけ聞き取るようなものです。これは適切な調査方法でしょうか。

国内外の先行研究では利用者の属性によって通行空間に望むものが対極的と言えるほど違うことが明らかにされています。やはり、多様な利用者の中からごく一部を選び取る調査は適切とは言えないでしょう。
  • McNeil, N., Monsere, C. M. and Dill, J. (2015) ‘Influence of Bike Lane Buffer Types on Perceived Comfort and Safety of Bicyclists and Potential Bicyclists’, Transportation Research Record: Journal of the Transportation Research Board, 2520, pp. 132–142. doi: 10.3141/2520-15.
  • 矢野 伸裕 (2015) ‘自転車が歩道を通行する理由’, 月刊交通, 46(5), pp. 4–11.
実は山中・原澤・西本(2017)も論文の冒頭では先行研究の一つに対して、
被験者が少なくサイクリストの多様性による評価の変動の考慮もできていない.
との課題を指摘しています。当該実験はパイロット研究であり、
被験者はスポーツサイクルを日頃から利用している男子学生1名(22歳)
でした(山中・亀井, 2015)。同じ山中氏が手掛けた今回の研究はそれを本格展開したもので、調査対象者の多様性の確保が鍵となるはずでしたが、山中・原澤・西本(2017)は人数を増やすばかりで利用者属性の多様化への配慮は依然として欠いています。
  • 山中 英生 and 亀井 壌史 (2015) ‘プローブバイシクルを用いた車道走行自転車の安全感評価モデルの開発’, 土木学会論文集D3(土木計画学), 71(5), p. I_623-I_628. doi: 10.2208/jscejipm.71.I_623.

2019年2月20日追記{

代替調査手法の一例

山中・原澤・西本(2017)が用いたGoogle Formsは無料で使えますが、調査者が自力で回答者を集め、協力してもらう必要があります。山中・原澤・西本(2017)が自転車愛好家コミュニティーにしか回答を呼び掛けなかったのは、単純にそれ以外の宛てが思い付かなかったからとも考えられます(最大限好意的に解釈すれば)。

ですがその研究は数千万円の科研費(*)を受けているプロジェクトの一つなのですから、有償サービスを利用して質の高いサンプルを取得することも可能だったのではないでしょうか。

* 徳島大学の山中氏を代表とする研究グループは2013年以降の各年、390〜1400万円の科研費を受けています(基盤研究 (B) 25289166基盤研究 (A) 16H02369)。

Google Surveys

例えばその一つにGoogle Surveysがあります。具体的な仕組みは、
  • 新聞や雑誌などのサイト(例えばFinancial Times)にアクセスした人が記事を読もうとすると、記事ページが表示される前にGoogle Surveysのアンケート画面が現われる。回答すると記事が無料で読める。Google Surveysに場所貸ししているサイト運営者はGoogle Surveysから報酬を貰える。
  • Google製のモニターアプリをダウンロードしたユーザーが定期的に配信されるアンケートに答える。報酬としてGoogle Play Storeのポイントを貰える(書籍や楽曲の購入に使える)。
というものです。調査依頼者は料金を払うことでこのシステムに自分のアンケートを流してもらえます。回答率は前者が25%、後者が75%です(Google, 2018)。

気になるのはサンプリングバイアスや回答の質ですが、これについては斎藤(2017)が実際に世論調査でGoogle Surveysを使い、その利点と欠点をまとめています。

アンケートの軽量化の必要性

山中・原澤・西本(2017)のアンケートには回答者属性について5問、22種類の通行空間について4問ずつの計93問もの設問がありました。Google Surveysは最大設問数が10問(Google, 2018)なので、分量を大幅に削らないと利用できません。他の方法で調査するにしても、もう少し回答者の負担を減らさないと高い回答率は望めないでしょう。

なお、山中・原澤・西本(2017)が実施したアンケートは後述のようにstimuliとして22本の動画を提示していましたが、その再生数には大きな開きがあります。回答者が途中で脱落したか、面倒になって動画を見ずに回答した結果と思われます。

調査で用いられた動画(後述)の再生数情報を元に筆者作図。
実際の調査での提示順は記録し忘れたので再生数順に並べた。

}追記ここまで

ジェンダーギャップ是正という社会課題への関心の薄さ

実際に集まった回答者も全113人中、男性が103人と凄まじいジェンダーギャップがあります。年齢層も40〜50代に集中していますし、1日の最長走行距離の分布も一般的な自転車利用者からは掛け離れています。

山中・原澤・西本(2017)を元に引用者作図(2色覚対応)

出典:山中・原澤・西本(2017)

出典:山中・原澤・西本(2017)

日本では自転車が市民生活に浸透しているので男女比の偏りがあまり意識されませんが、英、米、加、豪では通行環境の過酷さから自転車利用者が少なく、その大半が男性で、スポーツ志向のサイクリストに偏っているという問題があります。近年はその是正が社会の課題として強く意識されるようになり、ジェンダーギャップをテーマにした論文も盛んに発表されています:
  • Pucher, J. et al. (2011) ‘Walking and Cycling in the United States, 2001–2009: Evidence From the National Household Travel Surveys’, American Journal of Public Health, 101(S1), pp. S310–S317. doi: 10.2105/AJPH.2010.300067.
  • Dill, J. et al. (2014) ‘Can Protected Bike Lanes Help Close the Gender Gap in Cycling? Lessons from Five Cities’, Urban Studies and Planning Faculty Publications and Presentations. Available at: https://pdxscholar.library.pdx.edu/usp_fac/123.
  • Aldred, R., Woodcock, J. and Goodman, A. (2016) ‘Does More Cycling Mean More Diversity in Cycling?’, Transport Reviews, 36(1), pp. 28–44. doi: 10.1080/01441647.2015.1014451.
  • Manton, R. et al. (2016) ‘Using mental mapping to unpack perceived cycling risk’, Accident Analysis and Prevention, 88, pp. 138–149. doi: 10.1016/j.aap.2015.12.017.
  • Aldred, R. et al. (2017) ‘Cycling provision separated from motor traffic: a systematic review exploring whether stated preferences vary by gender and age’, Transport Reviews, 37(1), pp. 29–55. doi: 10.1080/01441647.2016.1200156.
  • Lam, T. F. (2017) ‘Hackney: a cycling borough for whom?’, Applied Mobilities, 3(2), pp. 115–132. doi: 10.1080/23800127.2017.1305151.

日本でも、安全策が不十分な車道上の通行空間に限って言えば同じ問題が生じていると考えられますが、サンプルの内訳について山中・原澤・西本(2017)は、
偏りは見られるが,本研究は,これらの回答者を東京で車道走行するユーザー層と見なした.
とだけ述べてさらっと流しています。アングロ・サクソン諸国の研究に比べると問題意識の薄さに目眩がしますね。

山中・原澤・西本(2017)は将来的に、「こういう車道環境なら利用者は安全と感じる」と予測するモデルを作ることを目指している研究ですが、以上見てきたような偏ったサンプルを元に幾ら数字をこねくり回しても、現実の社会課題の解決に役立つとは考えにくいです。

質問票の問題

回答者属性の曖昧な問い方と区分の偏り

アンケートは冒頭で回答者の性別や年齢などの属性を尋ねていましたが、走行距離についての設問は文が曖昧でした。普通のアンケートであれば「日常生活での様々な移動パターンの中で最も長い合計走行距離」という意味になるでしょうが、選択肢に並ぶ距離区分が常人離れした水準であるため、「これまでの人生で24時間以内に走破した距離の最長記録」という意味に解釈される可能性もあります。

出典:筆者が山中・原澤・西本(2017)の調査に参加した際に保存しておいた入力フォーム

それにこの距離区分では最小の「7km未満」だけで一般的な自転車利用者の8〜9割を呑み込んでしまうでしょう。東京都市圏パーソントリップ調査に基づく集計(諸田・ 大脇・上坂, 2009)では、トリップ距離別の度数分布の山は1km弱にあり、5km以下だけで全体の95%が収まります。

出典:諸田・大脇・上坂(2009)

山中・原澤・西本(2017)はロングテール領域である7km以上を細かく分けすぎです。仮に「150〜200km未満」と「200km以上」で回答傾向に差があったとして、その区分に該当する人が自転車利用者全体の中で何パーセントいるでしょうか。そしてその心理特性を公共インフラの設計に反映するのが合理的と言えるでしょうか。社会課題に照らして合理的な区分とは思えません。

なお、トリップは家から会社、保育園からスーパー、病院から家など、目的地一つにつき1トリップと数えるので、上図の距離がそのまま一日の総走行距離の実態を表わす訳ではありません。参考までに、東京都市圏パーソントリップ調査(2008)の集計では一日の平均トリップ数は2.838です。(表b-1のセルAJ33430。移動手段は自転車に限らない。)

stimuliとしての妥当性が疑わしい車載動画

車載動画を見せて通行空間の安心感を評価させるこの研究では動画の内容が決定的に重要です。調査ではYouTubeにアップロードされた動画を回答フォームから埋め込み参照する形が採られていました。回答フォームは既に閉じられていますが、動画は削除されていないので、幸い今でも視聴して内容を検証できます:

車載動画の一覧

リンク先のユーザーチャンネルには29本の動画がアップロードされていますが、調査で実際に使われたのは22本なので、7本は使われていないことになります。恐らく再生数の少ない7本(*)がそれでしょう。

* お台場1301、東京タワー1204、西巣鴨601、新小岩401②、小岩306②、三茶1501②、西葛西1708②

偶然の要素で回答を大きく左右するstimuli

これらを観て私が率直に感じたのは、撮影時に特に危険な追い越しをされると、それだけで回答者の安全性評価が大きく下がるだろうということです。一部の動画では撮影者が追い越されざまに「うわぁぁぁ!」と叫んだり、幅寄せされて縁石にガリッと乗り上げたりしているシーンがあり(*)、見ているだけでも恐怖を感じます。逆に、そうした場面に遭遇せずに済んだ路線は実態以上に安全と評価された可能性もあります。

* 撮影者は一度も事故に遭わずに調査を終えられたのでしょうか。気掛かりです。

評価対象の通行空間上を走っていない動画

評価材料としてそもそも相応しくない動画もありました。鈴なりの路上駐車で自転車レーンが塞がれたお台場の路線では、撮影者は連続して車の車線内を通行しており、動画中では1秒も自転車レーン上を走っていません。この動画に基づいて評価されるのは車のいない左折レーンの安心感であって、自転車レーンではないでしょう。



動画の内容依存の印象評価

アンケートでは安心感以外に道路の様々な印象も尋ねていましたが、これも、現地を走ったことがない人の回答が動画の内容に依存するという問題があります。各項目に該当する状況が映っていなければ肯定の選択肢を選べませんし、「追尾されたり……」に至っては画面外の後方視界の話なので映りようがありません。

出典:筆者が山中・原澤・西本(2017)の調査に参加した際に保存しておいた入力フォーム

文意の曖昧さも見られます。「自転車の通行幅が狭い」は専用レーンの無い混在通行区間ではどの範囲を指すのか、回答者間で解釈がブレるでしょう。「駐車車両を避けるため車道右側へ出やすい」は、「出やすい」が「出るのが容易」という意味なのか、「出ざるを得なくなる機会が多い」という意味なのか曖昧です。

評定尺度の「強く思う」から「全く思わない」までの5段階が等間隔になっていない点も気になります(「どちらかといえば思う」の次がいきなり「思わない」)。

英語表現から窺える研究上のインプット不足

最後にもう一つ。山中・原澤・西本(2017)は英文要旨で名詞と形容詞を取り違えていたり、
"Guideline for creation of safety and comfort bicycle environment"
(『安全で快適な自転車環境の創出ガイドライン』)
appear を他動詞として使っていたり、
“Guideline . . . appears the policy that . . .”
(『ガイドライン』は……という方針を現われている)
不特定多数の自転車利用者を指す文脈で most の後ろに不要な of を付けている
“. . . most of cyclists, however, are afraid of . . .”
などの間違いをしています。もしこれが単純に、学生も指導教官の山中氏も英語を書くのが苦手というだけの話であれば、それほど目くじらを立てなくても良いのではという見方もできるでしょう。

しかし、海外の自転車政策関連の文献を読み込んでいれば当然知っているはずの表現を使えていない点は見過ごせません。例えば山中・原澤・西本(2017)は「安全感」を “safety sense” と日本語の語順のまま直訳していますが、英語では普通、“sense of security” や “perceived safety” と言います。参考としてGoogle Scholarでの検索結果(2019年2月19日現在)を示します:

山中・原澤・西本(2017)が自転車通行空間の安心感という、海外の研究者らも注目しているテーマを扱いながら、その根本にある問題意識の点でガラパゴス化しているのは、案外、言語の壁が原因かもしれません。もし英語を通して海外の研究動向やその社会背景を把握できていたなら、自分たちの研究デザインの歪みにもう少し自覚的になれたのではないでしょうか。