2020年10月22日木曜日

立川市の自転車活用推進計画素案に対する意見

立川市が「立川市自転車活用推進計画素案」について2020年10月1日から同21日まで実施していたパブリックコメントに意見を提出しました。参考までにその内容を紹介します。

【p.1】第1章

素案は自転車の利点として、車による公害や交通渋滞の緩和なども挙げていますから、自転車の利用推進は、車の利用を抑え込んで初めて成功と言えます。そのためには素案自体が言うように、“多くの方が自転車に乗ることのメリットを感じられる” よう(言い換えれば、車に乗ることを不便に感じるよう)、交通モード間の競争条件を意図的に調整する必要があります。

この章の内容には異論はありませんが、ここで提示された理念が計画の細部にまで透徹しているか、つまり、

  • 一部ではなく幅広い自転車利用者が実際に恩恵を受ける施策かどうか
  • 車に対する自転車の優位性を実質的に高める施策かどうか

に着目すると、看板と中身に齟齬があります。

【p.7】目標値

計画の達成度を評価する指標が不適切です。分類と目的にも問題があります。

1. 事故件数

事故発生件数をそのまま評価指標にすると、街中を走る自転車を減らせば減らすほど目標達成に近づくことになってしまい、本来評価すべき、利用に伴うリスクの大小が測れません。自転車交通量(理想的には走行台キロ)を分母とした事故発生率で評価してください。また、単純な事故件数だけでなく死亡・重傷事故の件数でも評価すべきです。

2. 走行空間の延長

素案は目標の11 kmに対して15.56 kmも整備できたとして「◎」と評価していますが、例えば芋窪街道の自転車ナビマーク (*) は、大多数の自転車利用者にとって安心感や走りやすさの向上に繋がるものではありません。整備実績の水増しは止めてください。子供や老人、母親など多様な自転車利用者の視点に立ち、実際に走りやすく安全・安心な走行環境が実現できた区間の延長のみを計上してください。

ここで言う走りやすさとは、

  • 車の渋滞や駐停車、歩行者の混雑に妨げられない
  • 走行空間とその近接範囲内に電柱や街路樹などの障害物がない
  • 信号待ちや一時停止などの足止め要因が最小限である
  • 縁石などの段差がなく、路面が滑らかである

ことにより、楽に早く目的地に到着できることを意味します。

* 幹線道路の車道における法定外路面表示は、その設置以前から車道を走っていた一部の自転車利用者を対象に、その安全性を少しでも高められれば良いという希望的観測で暫定的に設置が容認されているものです (https://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/cyclists/pdf10/07jitensha_shiryou1.pdf)。自転車利用者のボリュームゾーンに向けた本来的な利用促進策とは全く異質の施策だということを押さえてください。

3. 交通分担率

平成31年時点での達成状況は「△(41〜80%)」となっていますが、平成26年時点よりむしろ低下しており、楽観を許さない状況です。車の交通分担率が下げ止まっている (p.11) ことも問題です。

交通分担率は自転車の利用促進の達成度を測る最も重要な指標ですから、実態を正確に捉えられる計算方法に改めるべきです。設定した目標値に対する割合ではなく、過去の時点からの増減幅で測ってください。計算例として、目標値23%は平成26年時点の実績値から3.2ポイント上ですから、平成31年時点の達成状況はマイナス118%です。

4. 目標の分類

目標の分類名が内容と合致していません。「のる——利用環境に関する施策」に分類されているものはいずれも環境因子ではなく人的因子です。環境に該当するのは「はしる」と「とめる」だけです。無理に和語動詞に拘らず、上から「交通実態(または利用実態)」「走行環境」「駐輪環境」などとした方が分かりやすいです。

また、利用促進に繋がる施策(走行環境や駐輪場の整備)と規制的な施策(教育、保険など)はベクトルが根本的に違うので、別々の表に分けた方が良いです。

5. 目的説明

各指標の目的説明に憶測や偏った価値観が含まれています。客観的な事実に基づくことだけを書いてください:

  • 保険加入はあくまで被害者を救済するためです。加入することで危機管理意識が高まるかどうかは副次的な論点ですし、保険加入と意識向上の(相関関係ではなく)因果関係を実証した調査も見当たりません。
  • 事故件数は利用者にとっての安全性という観点で捉えるべきです。素案のように安全教育の効果と利用者の行動を評価する指標として位置付けると、事故防止の責任はもっぱら利用者にあり、市側に責任は無い(不適切な道路設計によって事故を誘発してしまう可能性があることを自覚できていない)と宣言しているように感じられます。

【p.7, p.30】目標値

素案には、都市環境が自転車にとって便利かどうかを測る指標が欠けています。海外の評価手法(Fietsbalans)から参考になる指標を以下に列挙するので、これらの追加を検討してください。その方が、交通分担率だけで評価するよりも直接的に計画の見直しに活かせます。

車に対する自転車の優位性: 同一の発着点間の移動における、

  • 所要時間の比
  • 駐車料金の差

速達性: 自転車ネットワーク上の任意の2点間の移動における、

  • 2点間の直線距離に対する実際の走行距離の比
  • 移動時間に占める停車時間(秒単位)の割合
  • km当たりの停車回数と、交差点を曲がる回数
  • 走行時間に占める、速度が10km/hを下回った時間の割合
  • 停車時間も含めた平均速度(旅行速度)
  • (走行空間が狭くて)他の自転車を追い越せない状況の有無

快適性

  • 路面の平滑さ(振動の少なさ)
  • 車の騒音、排気ガスへの曝露量

利用者の主観的な満足度

  • 整備された通行空間の安心感と路面の平滑さ
  • 駐輪中の盗難に対する不安感
  • 駐輪場の利便性

【p.20】走行環境整備

“自転車関連事故減少には、自転車が車道の左側を走行することが重要であると考えます” とありますが、この記述からは、「いかなる環境であれ、自転車には歩道より車道を走らせた方が安全だ」という思い込みの存在が窺われ、その信念に基づいた施策で自転車利用者を劣悪な通行環境や高い事故リスク (*) に晒してしまうことが懸念されます。

実際、素案の「自転車走行環境整備施工例」は狭すぎて、車が自転車の横を通過する際に十分な側方間隔を取らなかったり、自転車同士の追い越しの際に片方がはみ出して車から追突される恐れがあります(このため、オランダの設計マニュアル (ISBN: 978 90 6628 659 7) では、自転車レーンの最小幅は1.7mと規定されている)。

重要なのは車道か歩道かではなく、個別の走行空間が実際に安全かどうか(利用促進の観点からは、利用者にとって便利かどうか)です。市が「自転車が車道を走るようになればそれで良し」という考えであるかのように疑われる記述は削除してください。自転車利用者の安全確保にきちんと責任を持ち、利便性への配慮も忘れないという姿勢を明確に表現してください。

続く段落では、“警視庁の調査によると、自転車ナビマーク等を設置した路線は自転車の逆走の減少や、歩道走行から車道走行への転換等、一定の効果があると報告されています。” という記述がありますが、ルールを守らせることは最終的な目的ではなく手段にすぎませんし、肝心な事故リスクの変化について何も言っていない点にも注意が必要です。

このような偏った報告に言及すると、市は警察が陥りがちな近視眼的な価値観(「都市が自転車にとって便利な、人間本位の住み良い環境になったかどうかはどうでも良く、自転車がルールを守りさえすればそれで良い」)に共鳴してしまっているように見えます。そうではなく、都市をデザインする主体としてもっと高い視座を取っているのだということを明確に表現してください。

* 横関ら (doi:10.2208/jscejipm.72.I_1095) は、単路では歩道より車道の方が事故リスクが高く、特に死亡・重傷事故ではそのリスク差が顕著だと報告しています。一方、信号交差点についてはリスク研究が管見の限り皆無。無信号交差点については、車道を通行する自転車が極端に少ない特殊環境でのリスク研究(金子ら. 2009. 自転車事故発生状況の分析)に基づいて車道の方が安全とする言説が流布しており、自転車に車道を通行させることの危険性が軽視されがちです。