2016年8月6日土曜日

関東地方整備局「平成28年度スキルアップセミナー関東」発表論文の感想

国土交通省 関東地方整備局「平成28年度スキルアップセミナー関東

発表プログラムの中から自転車関連の3本について思い付くままに感想を書きました。



1本目

淺井 雅司(2016年6月24日)「国道16号相模原駅周辺自転車道の整備効果について

当初整備されたモデル区間と、改良を加えた整備区間それぞれの自転車道利用率や課題などを報告しています。改良区間は昼間12時間集計で95%という圧倒的な利用率(*)を叩き出しているので、実務担当者の人には注目してほしい整備事例ですね。

* 路駐に塞がれる自転車レーンでは、良い数字が出やすい朝ラッシュ時間帯のみの集計でも3〜4割と低迷しがちです。

ただ、改良点については「分かってない」感が滲み出ています。

出典:淺井 2016, p.3

ボラードは目立つ色に塗るのではなく、必要最小限のものだけを残して(或いは全てを)撤去すべきでしょう。アンケートで低評価なのも、その「改良」が本質を外しているからだと思います。余計なボラードは単独事故の元ですし、通行可能な車種(カーゴバイク、トレイラーバイクなど)の制約にもなります。ハザードを増やしているという自覚が無いのでしょう。


出典:淺井 2016, p.4

交差点での滞留問題は自転車のみを槍玉に挙げていますが実際は歩行者も同様に動線を塞いでいるそうです:
信号待ちの自転車が動線を塞ぐ原因については
停止位置が曖昧であるために,交差道路の進路を塞ぐ形で停車する自転車が多いことが要因と思われる.
と推測し、対策として「とまれ」マークの設置を検討していますが、

出典:淺井2016, p.5

原因は停止位置の曖昧さというより、交差点周辺で自転車の動線が明示されていない事ではないかと思います。下の写真を見てください。

交差点の手前で途切れている自転車通行空間(武蔵境通り・中央道付近)

これは相模原ではありませんが、同じように交差点周辺で通行空間が途切れてしまっている例です。これでは信号待ちの自転車利用者・歩行者は、交差点を通過する自転車の動線を意識しにくいです。


改良イメージ

このように交差点周辺でも通行空間を明示すれば、他の自転車の邪魔にならないようにと、利用者が自主的に配慮するのではないかと私は予想しています(が、生き物相手なので実際にやってみないと分からないですね)。逆に、通行空間を明示せずに「とまれ」マークだけ置いても殆ど守られないでしょう。それを守る意義が見えにくいからです。

それから、路外に出入りする車が自転車道を塞いでしまう問題(動画参照)については認識すらできていないようです。
動画の事故は恐らく、
  • 車道と自転車道の間の緩衝帯が狭すぎる事(横断面構成の誤り)
  • 街路樹の位置が悪く、車道に合流する車の視距が確保できていない事
  • 利用者のエラーに対して縁石のデザインに寛容性が無い事
が原因でしょう。今度現地に行って確認しようと思います。



2本目

若月 宣人・神山 将(2016年6月24日)「都が進める自転車走行空間の整備について

発表の前半に、
都市部において,総合的な自転車政策を進める上では,海外主要都市における先進的な自転車政策等を把握・検証し,その先例を参考とすることが有効である.そこでまず,近年,積極的に自転車政策に取り組む,ロンドン市とパリ市が進める政策の概要と,自転車走行空間の考え方や整備事例について,各都市の自転車政策担当者へのヒアリング結果や現地調査を基に述べる.
と前置きして両市の事例を紹介していますが、後半の東京都自身の整備方針は飽くまで国内のガイドラインにのみ依拠しており、前半の内容が全く活かされていません。発表の前半と後半が断絶しています。なぜ一本の論文に纏めたのか。

また、紹介しているロンドンの自転車政策は2013年の方針大転換(車道上のレーンから構造分離レーンへ)以前のもので、情報が古すぎます:
一方で,これらの手法で整備したCSにおいても,自動車との接触や左折時の巻き込み等の事故が課題となっていることから,自転車利用の安全をより確保するため,車線数を削減することで空間を確保し,構造的に自転車と自動車を分離する手法3)(図-3)での,改良・整備を検討するとしている.
マーカー強調は引用者。検討段階ではなく既に改良済みです(*)。さらに、去年秋から今年春に掛けて順次供用開始され、ロンドンに自転車の奔流を出現させた事で大きな話題になったEast-West, North-South Cycle Superhighwayにも全く言及していません。こんなふざけた現地調査だったのなら旅費を返還してほしいですね。

2016年8月9日訂正{
具体的な名前は挙げていないものの、North-South Cycle Superhighwayの完成予想図と思われる写真を引用しているので、「全く言及してない」訳ではないですね。失礼しました。


* CS2の延伸区間が構造分離型で開通したのが2013年11月、CS2の既存のペイントレーン区間が構造分離型に改修されたのが2015年7月、North-South線の部分供用開始が2015年10月、East-West線の部分供用開始が今年4月、いずれも著者らが掴んでいて当然の情報です。

それから参考文献一覧には
3) Mayor of London:ヒアリング資料(15 May 2015)

/* 中略 */

7) MAIRIE DE PARIS:ヒアリング資料(18 mai 2015)
とありますが、これが若月、神山の両氏がロンドン、パリの自転車政策担当者から聞き取った内容を書き留めたメモの類いなのか、それとも聞き取りの際に相手から紹介された資料を「ヒアリング資料」と称しているのか不明です。文献の著者名はそれぞれロンドン市長、パリ市となっている(日付の表記言語もそれぞれイギリス英語、仏語になっている)ので、恐らくは後者なんでしょうが、その場合は資料名の隠匿に当たるので不正な引用です。

資料名の部分はリンクテキストになってはいますが、資料3番はURLが途中で切れていて(http://www.bicycle.fi)出典ページにアクセス不能、資料7番は誤って資料6番のものと同じURLが設定されていて、同じく出典を辿れません。

この若月・神山両氏の論文については他のブログで私より更に一歩突っ込んだ、法的観点からの重大な問題指摘がされています。

Muga.(2016年8月6日)「「都が進める自転車走行空間の整備について」に対する公開メッセージ#aminocyclo



3本目

齋藤 未希(2016年6月24日)「法定外標識の整備ルールについて -より効果的な標識で地域の道路の安全をめざして-
「ウインカーは早めに」とか「左折時巻込注意」とか「自転車は左側通行」のような、法律に定められていない注意看板の様式がバラバラだと利用者を混乱させるので、様式を揃える為に色・文字サイズの指針などを作ったという発表。最後に、
なお,法定外標識を設置した後の効果が把握されていないため,標識設置前後の事故率と事故形態を比較するなどの事故抑制効果,費用対効果などの効果検証を行う必要がある.
という付言が有りますが、後先考えずに看板を立ててしまうと対照実験ができなくなってしまうかもしれません。著者は単純な前後比較だけで検証できると考えているようですが、敢えて看板を設置しない対照群の道路も用意しておかないと、確実な効果検証はできません。一度介入してしまえば後から慌てて看板を撤去しても多かれ少なかれ影響は残ると考えられるので、覆水盆に返らずです。

実験デザインを固める前にこのように突っ走ってしまうのは、「善意の施策には必ず肯定的な効果が有るはずだ」との前提で検証を省いてきた過去の悪習に片足が浸かったままだからなんでしょうね。