2016年10月10日月曜日

判断エラーを招く危険な縁石形状による転倒事故

中野区の文化施設、なかのZEROの北側の道路

4年前に自転車の転倒事故を目撃した現場を調査してきた。車道幅員が約2.5m(左右の街渠エプロン込みでも約3.5m)しかない一方通行路で、車道の端を通行していた自転車が対向自動車との正面衝突を避けようと縁石に斜めに乗り上げて転倒し、歩道路面に打ち付けられた乗員が頭から血を流して動けなくなった事故だ。




街渠エプロン込みで3.5mというのは自転車利用者にとって心理的に微妙な幅員で、すれ違い/追い越しの相手が軽自動車ならギリギリ許容できるが、普通乗用車だと、速度によっては最接近時にかなりの恐怖を感じる。だから自転車利用者によっては、すれ違い/追い越しの直前になって歩道に緊急回避しようという判断をしてしまう。そしてそこに罠が潜んでいる。縁石だ。

縁石の高さは約5cm(一般的には15cm)で見た目には大した事はなく、簡単に乗り上げられそうだと錯覚させる。しかしその断面形状は斜め42〜44°の急傾斜になっており、縁石を鋭角に乗り越えようとする自転車のタイヤを捉えて引き倒す。数字から受ける印象とは裏腹に、この角度は自転車利用者の判断・操作エラーに対して不寛容なのだ。

2016年10月13日 追加

せっかくなので縁石も含めた道路横断面の各部の勾配を計測した。傾斜計アプリの表示単位は角度(°)に設定してあったので、勾配の単位(%)に換算した値を付記した。パーセントは水平に進んだ距離当たりで垂直に上昇/下降する距離を表わす単位で、例えば100m進んで3.5m高くなる坂なら「上り3.5%勾配」という。




北側の歩道の横断勾配は4.3°(7.5%)

縁石の上面は0.7°(1.2%)

縁石の側面が42.3°

エプロン部は6.6°(11.6%)

車道を渡って南側の街渠のエプロン部は4.6°(8.0%)

縁石の側面は44.6°

縁石の上面は1.8°(3.1%)

歩道は3.3°(5.8%)


では縁石を傾斜の緩い物と交換すれば済むかというと、そう単純な話でもない。この路線は車の通行は少ないが、歩行者にとっては駅と住宅街・学校・文化施設を繋ぐ主要な動線であり、朝夕のピーク時間帯や沿道の文化施設でのコンサートなどの終演後は歩行者が歩道から溢れ出す。




問題はそれだけではない。歩道が特に狭い箇所では民地と車道の高低差の辻褄を合わせる為に歩道の横断勾配が局所的に12%を超えており(一般的には2%)、しかも景観を重視してかタイル舗装が採用されているので、雨の日は滑りやすく危険だ。積雪時は言うまでもない。


横断歩道の手前で2.5°(4.4%)

横断歩道のスロープ部で4.2°(7.3%)

美容院の前の歩道

ここは何と7.0°(12.3%)! 和田峠の藤野側と同じくらい急な斜面だ。

交通バリアフリー法を受けて改正された国土交通省(2005)の歩道構造基準は「歩道面と車道面の高低差を5cm」と定めている。この路線も歩道の端(縁石)だけ見れば高低差は5cmだ。しかし、横断勾配が車椅子の通行に及ぼす影響についての研究(中山ら, 1995)は、横断勾配4%での車椅子の軌跡は、0%勾配、2%勾配に比べ非常に不安定になるとの実験結果を報告しており、「車椅子走行を想定した場合、横断勾配は2%を上限とすることが望ましい」と指摘している。歩道の端で高低差を5cmに抑える為に歩道の横断勾配を急にしたのだとしたら本末転倒だ。この歩道がいつ整備されたかは知らないが、仮に交通バリアフリー法以前だったとしてもこの構造は酷い。今後の改修では車道を嵩上げして歩道の横断勾配を緩和すべきだ。

歩行者、自転車、車それぞれのネットワークに於けるこの路線の重要度を考慮すれば、歩道と車道の区分を(視覚障害者の為の最小限の段差を残して)廃し、道路全体を歩行者が通行できる空間、所謂shared spaceにするという選択肢も考えられる。

shared spaceの一形態であるwoonerfの例
出典:Michał Frąk. (2015-04-22). "Łódź nagrodzona za woonerf. A będzie ich więcej". wyborcza.pl

その場合は、抜け道として通過する車を可動ボラード等で排除して歩行者の数の優位を確立したり、車が通行する部分にハンプやシケインを設けたり、規制速度を(現行の30 km/hから)10〜15 km/h程度に引き下げる必要が有るかもしれない。ロンドンのshared space成功事例と言われているExhibition Road(Rowan Moore, 2012)でも、整備後に車両と歩行者のニアミスが大幅に減少したのは、通過交通を完全に遮断したThurloe Streetの区間だけだ(Weili Dong, 2012)。