2019年8月11日日曜日

ラウンダバウト:自転車が通行すべき位置と国内の設計指針・交通規則の現状

本記事では、自転車道のない単車線ラウンダバウトの環道において自転車が通行すべきとされる位置が諸外国と日本で異なり、日本が諸外国の過去の反省を活かせていない可能性があると指摘します。同様の記事はこれまでにも何本か書いてきましたが、今回はオーストラリアの最新の資料を増補しています。

※前回の記事「富士宮市上井出のラウンダバウト実走」の一部を分離独立させ、加筆したものです。



自転車道が不要となる条件

はじめに、ラウンダバウトで自転車が自動車と混在できる(自転車専用の通行空間が必須ではない)条件を押さえておきます。

オランダ

オランダの現行指針 (Rik de Groot, 2017, p.147) では、各枝からの流入台数合計が、乗用車換算で概ね6,000台/24hまでは自転車道が不要とされています。もちろんラウンダバウトに接続する道路に自転車通行空間があるなら、それらとの連続性を高めるために設置することも可能です (Rik de Groot, 2017, p.147) 。

交通量がそれ以上の場合は環道から独立して自転車道を設置するか、立体交差化が望ましいとされています (Rik de Groot, 2017, p.147) 。自転車レーンは、自転車やモペッドが自動車(特にトラック)のドライバーの死角に入ってしまうため、環道には設置しないよう強く否定されています (Rik de Groot, 2017, p.147)。

交通量が多い場合に推奨される、自転車道(網掛け部)を併設したラウンダバウト。
車道横断箇所で自転車に優先通行権がある市街地型のデザイン。
(出典:Rik de Groot, 2007, p.249)

交通量の多いラウンダバウトで推奨される、自転車道を併設した構造。
横断箇所で自転車に優先通行権が無い郊外型のデザイン。
(出典:Rik de Groot, 2007, p.251)

自動車の速度については手元の資料には客観的な基準が見当たりませんが (*)、中央の交通島を嵩上げすることや曲線半径を十分小さくすることで、自動車の速度を適切に抑制することの重要性が指摘されています (Rik de Groot, 2017, p.148)。

Rik de Groot, H. (ed.) (2017) Design Manual for Bicycle Traffic. Amersfoort: CROW (record, 28).

* 未読ですが以下の3本の資料で触れられている可能性があります:


環道内の安全な通行位置

海外

ドイツでは、自転車はラウンダバウトの環道では車線中央を走った方が
  • ドライバーから自転車を認識しやすく動きを予測しやすい
  • 環道内で自動車による自転車の追い越しを防げる
と指摘され、その走り方をすることで流出部で自転車と自動車のコンフリクトが生じないことが図で啓発されています。

メーアブッシュ市の交通ルール広報ページ所載の図

設計指針でもこの通行方法を促すように、環道内の(自動車が通行可能な)車線幅を、乗り上げ可能なエプロンの幅込みで4〜6mの範囲内に収めるべきであるとの記述があるそうです:


同様の通行方法は英米独のラウンダバウト設計指針でも推奨されており、その情報は遅くとも2013年には日本国内の専門家にも認知されています (吉岡ら, 2013)。車の速度が自転車と近い水準に下がるのがラウンダバウトの利点の一つですから、環道内で追い越しが発生しないように車線中央の一列通行をルール化するのは合理的と言えるでしょう。

吉岡 慶祐 et al. (2013) ‘ラウンドアバウトに関する設計基準の海外比較と我が国での幾何構造基礎検討’, in 土木計画学研究・講演集, p. ROMBUNNO.254. Available at: http://library.jsce.or.jp/jsce/open/00039/201306_no47/pdf/254.pdf.

オーストラリアの設計指針の現在

なお、吉岡ら (2013, p.5) は調査した6カ国(独英仏米豪韓)のうち豪州の設計指針だけは、
交通状況に応じて,環道部の外端に自転車の通行位置を示す路面標示やカラー舗装などの設置を基準の中で記述している
としています。

クイーンズランド、ブロードビーチに存在する自転車レーンのあるラウンダバウト
(2011年版にこのような設計例が掲載されていたかどうかは不明)
出典:Aumann, P. (2017) Bicycle Safety at Roundabouts. Austroads. p.108

しかしこれは当時最新だった2011年版の記述である点に注意が必要です。オーストラリアではその後2014年の調査レポートで、環道外端の自転車レーンは安全上の負の効果を示す強いエビデンスがあると指摘され、単路の自転車レーンもラウンダバウトの手前で打ち切って自動車との一列通行を促すべきだとされました (Wilke, Lieswyn and Munro, 2014, p.iii)。
Bicycle lanes at lower speed roundabouts: The evidence on the safety disbenefits of riding to the left within a roundabout is strong, and so providing bicycle lanes should be avoided. Rather, the mid-block bicycle lane (if present) should end around 20 m behind the holding line in order to encourage mixing of motorists and cyclists on the roundabout approach.
そして2015年版の設計指針では、交通量の少ないラウンダバウトでは自転車に車線中央を走らせる混在通行を、交通量の多いラウンダバウトでは環道から独立した自転車道の設置を推奨しており、従来掲載していた自転車レーンについては否定的になっています (Aumann, 2015, p.81)。
The results of various studies indicate that a separated cycle path, located outside of the circulating carriageway, is the safest design when there are high vehicle flows. Separate cycle paths have been found to be safer than a bicycle lane within the circulating roadway, particularly at highly trafficked roundabouts.

自転車レーンを設けず、流入部や環道内で自転車に車線中央を走らせる想定の設計例
出典:Aumann (2015, p.50)

ラウンダバウトの周囲に歩行者との共用通路を巡らせる設計例
出典:Aumann (2015, p.51)

単路の自転車レーンをラウンダバウト周辺で自転車道に遷移させる設計例
出典:Aumann (2015, p.52)
  • Wilke, A., Lieswyn, J. and Munro, D. C. (2014) Assessment of the Effectiveness of On-road Bicycle Lanes at Roundabouts in Australia and New Zealand.
  • Aumann, P. (2015) Guide to Road Design Part 4B: Roundabouts.


オランダの改修事例

かつてはオランダも環道の外端に自転車レーンを設置していましたが、自転車道を設置したラウンダバウトと比べて自転車事故が多いことが統計的に分かり (Minnen, 1995)、近年は環道内の自転車レーンを廃止して環道の周囲に自転車道を巡らせた構造に改修する事例も出ています。

Minnen, J. van (1995) Rotondes en voorrangsregelingen. R-95-58. SWOV. Available at: https://www.swov.nl/sites/default/files/publicaties/rapport/r-95-58.pdf.

ラウンダバウトにおける死者数(出典:Minnen, 1995, p.17)

横軸が自動車交通量、縦軸が自転車交通量、円の大きさが1年間当たりの死者数(黒丸は自転車インフラなし、網掛けは自転車レーン、白丸は自転車道)。自転車レーンのあるラウンダバウトに比べ、自転車道のあるラウンダバウトは死亡事故が少ないことが見て取れます。

ラウンダバウトにおける死者数(出典:Minnen, 1995, p.17)※引用者が矢印を追加

矢印が指す網掛け円の中に小さな黒い点があるのが分かるでしょうか。これは死亡事故ゼロのラウンダバウト(自転車道あり)です。

オランダ、フェルセンの改修前のラウンダバウト
出典:Google Earth(座標52.4385714, 4.642619)


オランダ、フェルセンの改修後のラウンダバウト
出典:Google Earth(座標52.4385714, 4.642619)


国内

国内の構内実験 (小林・今田・高宮, 2014) でも自転車が環道の外端を通行した場合は流出部で自動車とのコンフリクト(具体的にはお見合い状態による交通容量の低下)が生じることが確かめられており、自転車に車線中央を自動車と一列で走らせる構造の優位性が指摘されています。ただし、アンケートでは車から追われる不快感を指摘する実験参加者もいました(同じ状況なら私も同じ感想を持つと思います)。

自転車と自動車を混在通行させるなら、そうした不安感を軽減するため、
  • 流出入部の枝の角度を直角に近付ける
  • 環道の直径や車線幅を必要最小限に抑える
  • 横断勾配を(車が横転しない程度に)強める
  • エプロンをゼブラペイントで代用せずきちんと縁石で嵩上げする
などの速度抑制策を万全にすべきでしょうね。環道内での自動車の実勢速度が15〜20km/h程度に落ちれば不安感はだいぶ軽減されると思います。

小林 寛, 今田 勝昭 and 高宮 進 (2014) ‘都市内ラウンドアバウトにおける適切な自転車通行方法に関する基礎検討’, 土木技術資料, 56(12), pp. 42–45. Available at: http://www.pwrc.or.jp/thesis_shouroku/thesis_pdf/1412-P042-045_kobayashi.pdf


現行の道路交通法

こうした国内外の技術的な知見に反して、日本では道路交通法に環状交差点関連の規定を追加した際、
車両は /* 中略 */ できる限り環状交差点の側端に沿つて
と定めてしまいました。このルールに従えば、自転車が環道内を通行する場合、その横に車が追い越せる大きなスペースを開けてしまうことになります。これは環道内での追い越しを誘発し、流出部での巻き込み事故の危険を招くのではないかと懸念されますが、なぜこのようなルールにしたのでしょう。

警察庁交通局交通規制課の関 (2014) は、
環状交差点内を進行する車両が、環状交差点の側端に沿って進行すると、環状交差点内における車両の動線が同一となり、側端に沿わずに進行する場合に比べて、環状交差点内を通行する車両の動線が交錯する地点が減少するほか、車両の動線が交差する地点がなくなり、道路交通上の危険が抑制されると考えられたためである。
と説明していますが、果たしてその想定通りに現実のドライバーが振る舞うでしょうか。前掲の構内実験 (小林・今田・高宮, 2014) が
自転車と並走する場合に自動車の走行位置が中央島による傾向にあった。また、並走が発生した場合、自動車の速度が高くなる車両が存在した。これは、自転車を早く抜ききりたい意識の発生が理由の一つと考えられる。
と指摘していることを考えると、かなり疑わしいところです。

関 直樹 (2014) ‘環状交差点に係る道路交通法改正について’, IATSS review, 39(1), pp. 6–9. Available at: https://www.iatss.or.jp/common/pdf/publication/iatss-review/39-1-01.pdf


現行の設計ガイド

交通工学研究会がまとめた『ラウンドアバウトマニュアル』(ISBN 978-4-905990-85-7) はその道路交通法を根拠に、環道の側端に自転車の通行位置を示す矢羽根型路面表示を設置した事例を紹介しています。同書は
現時点では導入事例が少なく効果は検証されていないため、経過観察を行い、導入効果を検証していくことが必要である。
と断っていますが、このデザインは前述のように諸外国で危険として否定されているもので、敢えて同じ轍を踏む意味が見出せません。同様に、諸外国で知識の共有が進みつつある、ラウンダバウトから独立した自転車道の設計手法についても何ら触れていません。ラウンダバウトの自転車通行空間に関しては深刻な調査力不足があるのかもしれないですね。

出典『ラウンドアバウトマニュアル』p.109

また、ラウンダバウトは工学的な根拠に基づいてデザインと交通ルールが決定されるべきですが、同研究会は道路交通法を根拠にしてしまっており、論理的に倒錯しています。