2024年1月30日火曜日

11年目の札の辻交差点

港区の札の辻交差点は約11年前、自転車横断帯に代わる自転車インフラとして矢羽根(ナビライン)が初めて試験設置されたモデル交差点です。


同時にモデル交差点となった文京区の千石一丁目交差点とともに肯定的な検証結果が報告されたことで、その後矢羽根は都内の主要幹線から生活道路まであらゆる道路の交差点に爆発的に普及していきました。

この一連の流れには、

  1. 検証方法が恣意的で、利用実態とかけ離れた(試行主体の東京国道事務所にとって都合の良い)数字を報告している
  2. モデル交差点で採られた矢羽根以外の種々の安全策が後続の整備事例ではほとんど採用されていない。
  3. 矢羽根は本来望ましい整備がすぐにはできないという前提で考案された窮余の暫定策でありながら、面倒な利害調整も設計作業も要さない手軽な整備手法として事実上の標準となり、自転車利用環境の改善を停滞させている。

という3つの問題があります。

今回はこのうち (2) に着目し、大元のモデル交差点での安全策が現在どのように機能しているのかを観察してみました。

札の辻交差点で採られた追加の安全策は主に2つです:

  1. 左折巻き込みを防止するために信号点灯パターンを変更。
  2. 停止線付近に自転車用の滞留スペースを新設。

東京国道事務所による当時の予告資料

試行前、札の辻交差点の国道15号下り線の流入部の信号は左折青→全方向青という点灯パターンだったため、途切れない左折車の流れに阻まれて自転車での直進が困難でした。この流れにギャップを作るため、左折青の次フェイズが直進青(左折の流れを堰き止め)に変更されました。

また、直進青フェイズを待つ間、至近距離を掠める左折車の流れから少しでも距離を取れるよう、停止線の少し手前の歩道上に樹脂ボラードで囲む形で自転車用の待避所が作られました(ただし2台くらいしか入れない)。

まず信号パターンですが、撮影時の直進青は9秒弱しかなく、その後は全方向青になり再び直進が困難な状況になります。これは、脚力が普通で車の流れに乗れない人や、アサーティブな運転ができるほど豪胆ではない人(つまり大多数の自転車利用者)にとっては、交差点を直進できる時間の「窓」がかなり狭く、一度タイミングを逃すとかなりの待ち時間が発生することを意味します(撮影時の1サイクルは2分23秒) 。

次に停止線手前の待避所ですが、撮影時はスクーターが駐輪されており塞がっていました。そもそもこうした直進自転車用の待避所自体がイレギュラーで、車道の前方を注視しながら走っていると目に入りません。私にとってはこの交差点が数年ぶりで、しかも夜間だったので、全く気付かず素通りしてしまいました(そして直進できずに左折)。



以上から、札の辻交差点の追加の安全策は、好んで車道を走る一部の自転車利用者に対しても限定的な恩恵しかなく、子供や老人も含めた一般的な自転車利用者の安全、快適、迅速な通行に資するものとは言えません。

これは、前掲の検証報告論文が謳う「現時点で車道を通行する自転車に対して、十分でなくても当面の整備形態を検討し、早期に安全性を確保することを優先」という趣旨には辛うじて沿っていますが、その状況が固定化してまもなく11年目を迎えようとしています。

早急に自転車通行環境を改善していれば得られたはずの社会的便益を10年分以上逸しているということです。

そうこうしているうちに、図書館やスーパーマーケットなど自転車で来る人が多い施設の入居する札の辻スクエアが開業。通行空間の貧弱さがますます際立つようになっています。




実走動画。40:00から42:00までが札の辻交差点へのアプローチ、信号待ち、出発です。