2016年1月27日水曜日

荒川河川敷道路の空間配分

荒川河川敷道路(2014年10月撮影)

荒川河川敷道路の横断面構成

荒川下流右岸の緊急用河川敷道路は(場所によって多少異なりますが)幅員が7.5m有ります。大型車同士でも余裕を持ってすれ違える幅で、普段はジョギングやサイクリング、犬の散歩などに訪れる一般市民に開放されています。



荒川河川敷道路 (2012年3月撮影)

この道路の一部区間(東武伊勢崎線〜京成本線の橋梁間)では2012年3月21日から同年10月31日(*1)まで道路の堤防側の端に自転車通行帯が試験的に設置されていました。

*1 社会実験の終了を知らせる、国土交通省 関東地方整備局のサイト上の広報ページは既に削除されています。

社会実験中の横断面構成

しかし、利用者からは「狭い」、「危険」との声が寄せられており(*2)、実際に自転車同士の正面衝突事故も起こりました(*3)。

*2 国土交通省関東地方整備局 荒川下流河川事務所(2012年8月2日)「自転車通行帯の試行について当事務所に寄せられた主要なご意見をご紹介します」p. 2
*3 読売新聞(2012年6月26日)「歩行者と共存道半ば 荒川・通行帯分離」 
*3 トライクショップのブログ(2012年6月26日)「公園・河川敷の自転車と歩行者の通行体分離継続できるか


荒川河川敷道路(2012年12月撮影)

荒川河川敷道路(2012年12月撮影)

実験終了後、通行帯区分線は黒塗りされ、その後は特に何の改善もされないまま、堤防補強工事に伴う舗装の打ち換えで通行帯の痕跡は完全に無くなりました。


工事中の荒川河川敷(2014年1月撮影)

その後、2014年1月31日に荒川下流河川敷利用ルール検討部会が発表した「新・荒川下流河川敷利用ルール」(*4)は、河川敷道路を(近くに野球場やサッカー場が無い場所も含め)全面的に歩道と見做し、自転車に対して常時「徐行」(*5)を求める内容になりました。これに関して、荒川下流河川事務所の波多野所長からは
袖すり合うも多生の縁、利用者同士お互いを思いやって、譲り合うって使うこと。これらは昔から、日本人に備わっていた考え方、道徳なのだ
という考え方が示されました(*6)。道徳に訴える主張は何となく正当性が感じられ、共感を呼びやすく、「誰が悪者か」を決めるにも便利ですが、それが問題解決に繋がるかどうかは別問題です。

道徳の万能性をナイーブに信じるこのような姿勢は、反面、トラブルが起こる原理から目を背けているものと言えます。この方針では、思いやりに欠ける利用者だけでなく、ヒューマン・エラーに対しても非力です。

それよりは、通行帯を改善し、個々の利用者の道徳心や注意力に依存しなくても確実に安全と秩序が保たれる構造を模索した方が良いでしょう。

私には所長の発言が、道路工学や交通心理学といった人類が積み上げてきた知識に背を向ける、謂わば巨人の肩から飛び降りるようなものに思えます。

*4 国土交通省 関東地方整備局 荒川下流河川事務所のサイトに掲載されていた広報PDFは既に削除されています。
*5 cylist(2014年1月31日)「自転車の走行速度は明記せず 「新・荒川下流河川敷利用ルール」がサイクリストに求めていること
*6 グッド・チャリズム宣言プロジェクト(2014年2月2日)「「新・荒川河川敷利用ルール」が発表されました。


グラウンド利用者の横断箇所に設けられた視覚/物理ハンプ(2014年4月撮影)

道徳ベースの議論の一方で、堤防補強工事を行なった区間では横断箇所での速度抑制を狙った工作が施されました。

手前から「徐行」の文字、視角ハンプ、物理ハンプ(2014年10月撮影)

実効性は、あまり多くの台数を観察していないので良く分かりません。

物理ハンプ(2014年10月撮影)

物理ハンプの拡大(2014年10月撮影)

僅か数ミリの厚みですが、高圧タイヤで通過すると(低速でも)ガタガタ激しく揺れます。


このように横断箇所には利用者の挙動を制御しようとする工夫が為されましたが、それ以外の部分では依然として通行空間が区分されず、利用者の「思いやり」に依存した運用が続いています。


横断面構成の改善案1

ですが、7.5mも有るなら、通行空間をこのように視覚的に分離したり、

横断面構成の改善案2

或いは、歩道を堤防側に集約すれば、(排水の問題がクリアできるので)縁石で軽く段差を付ける事もできるでしょう(ただ、この道路は大型の工事車両がちょくちょく通るので縁石はすぐに傷むかもしれません)。

上の2例では自転車通行帯に合計3.5mを割り当てていますが、それでもまだ歩行者には4.0m残っています。なお、3.5mという幅は、双方向通行の独立自転車道でラッシュ時1時間当たりの両方向合計の通行台数が150台超の路線に必要な幅(*7)とされています。

*7 CROW. (2007). Design manual for bicycle traffic. p.144


2012年の社会実験は明らかに失敗でしたが、だからといって安易に改善努力を放棄し、利用者に責任を押し付けるのではなく、上の図のような別の可能性を模索すべきだと私は思います。元々、多摩川サイクリングロードに比べれば夢のように恵まれた幅員です。これを適切に運用できないのでは宝の持ち腐れです。



関連する外部サイトのページ