以前、小池都知事が鉄道の混雑緩和策として通勤電車の2階建て化を提案していましたが、その非現実性は既に各所で論じられています。一方、ニューヨークやロンドンでは近年、公共交通の整備が追いつかないペースで増える人口の移動需要に迅速に応える目的で、車道の一部を転換する形で自転車専用の通行空間を急速に整備しています。これは、乗用車より自転車の方が断面あたりの輸送力が高く、同じ道路空間をより効率的に使えるからです。東京にとっても通勤電車の過大な負荷を分散する一手段として自転車は有望と思われます。
しかし現在の東京で警視庁や東京都建設局が進めている自転車インフラ整備は、鉄道からの転換の受け皿として見た場合、甚だ不十分です。
第一に、警視庁が主要幹線道路の車道への設置を急速に進めている自転車ナビマーク(自転車と車を混在通行させるサイン)ですが、これは諸外国の設計指針では危険すぎるため許容されていない形態です。幹線道路での車道混在通行による自転車利用者の死亡・重傷事故リスクの高さは既に国内外の調査で明らかにされており、人道的に許されるインフラ形態ではありません。加えて、そのような死の恐怖と隣り合わせの環境では、自転車通勤を検討している人が利用を躊躇するため、整備効果は極めて限定的です。東京都や一部の区が整備した自転車レーン(車道の端をペイントし、自転車の通行空間として視覚的に示したもの)も路上駐車に塞がれて機能不全に陥る例が散見され、整備効果は芳しくありません。
2017年6月に調布市小島町で撮影
第二に、東京都建設局がこれまで整備してきた自転車歩行者道(東八道路、山手通り、浅草通り、外堀通りなど)は、安心感こそ高いものの、路面の平滑度、幅員、線形、視距、建築限界、バス停・交差点周辺の設計などに問題があり、鉄道からの転換先として自転車を現実的かつ魅力的な移動手段に見せるには力不足です。
海外基準に照らせば自転車通行空間は最低幅員基準違反、植栽は建築限界違反の整備事例。
2017年6月に三鷹市牟礼で撮影
2017年6月に三鷹市牟礼で撮影
後者の問題は設計者の単なる知識不足が招いたものであり、所与の空間資源の中でより質の高いインフラを整備することも可能です。
2015年4月に新宿区中落合で撮影
同じ空間で実現可能だった自転車通行空間のイメージ
しかし前者については車の既得権益との衝突があり、その解決には強力な政治的リーダーシップが求められます。車道の一部を自転車専用空間に転換した方が道路全体の交通容量が高まって合理的な場合でも、個々のドライバーにとっては不利益に映り、抵抗されやすいからです。これは自転車道の設置義務が法的に定められた1970年以降、実に半世紀近くも続いてきた構図で、警視庁が自転車インフラ整備を単なるナビマーク設置で済ませようとしているのも、その抵抗運動の一種と言えます。
2013年4月に港区芝で撮影
翻ってロンドンでは、東京にも況して狭い道路を背景に、2003年から渋滞課金が導入され、渋滞を緩和してきました。車道幅員を大胆に削減し、代わりに広々とした自転車道を設置することで、朝夕には大量の自転車通勤者が行き交うまでなった背景には、この渋滞課金制度も一因としてあったと考えられます。
これに倣うならば、東京が交通問題の本丸として取り組むべきは通勤電車の二階建て化などではなく、空間利用効率の低い車という交通モードの利用抑制です。東京では渋滞課金の検討が2001年頃に頓挫し、以来放置されてきましたが、車への過剰な空間配分は自転車利用の可能性を抑え、間接的に通勤電車の殺人的混雑や痴漢の蔓延に繋がっているとの見方もできます。騒音や排気ガスの被害は言うまでもありません。これらの観点から、いま再び渋滞課金の導入に取り組むべきです。
「交通空間の配分」Fabián Todorović Karmelić氏の作品。本人のウェブサイトはこちら。@BICITIZEN @Muni_provi @sandrinapost @FelipeAraos @josefaerrazuriz distribución del espacio de transporte pic.twitter.com/8cLH3HEsLr— Fabian Todorovic (@fabiantodorovic) February 12, 2016
一方ニューヨークには、道路の大規模修繕期を待たずとも短期間に安価で施工でき、路上駐車・荷捌き需要とも共存できる自転車通行空間の整備事例が見られます。自転車道の整備は単なるペイントと違って莫大な時間と費用を要すると思われがちですが、分離工作物の設置を要所に絞り、路上駐車枠を車道と自転車レーンの間に配置することで、正式な自転車道と同等の機能を持つ通行空間が実現できます。
以上、東京の交通問題の解決になぜ自転車の利用促進が有望なのか、どのような施策を取れば良いのかを説明しました。私は東京の過去の交通行政が、交通社会全体を見渡した上での合理的な判断をせず、車という非効率な交通モードの局所最適化に拘ってきたと考えています。そのような施策は都民の幸福の最大化を妨げるものであり、肯定できません。今回の選挙においては、こうした旧来の不合理な思想と決別し、真に合理的な施策を実現できる候補者を支持するつもりです。
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