2017年6月27日火曜日

乗客の一部が自転車に転換した場合の田園都市線の混雑率緩和効果の試算

以前ツイートした試算のメモ。東京でも特に混雑率の高い東急田園都市線の三軒茶屋付近を例に、国道246号の最外側車線を自転車道に転換した場合の混雑緩和効果を大雑把に推測しました。試算で用いた国内の設計指針の問題点も深く掘り下げています。

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東急田園都市線の池尻大橋→渋谷間の混雑率 198%
(出典:国土交通省(2007)「主要路線の混雑率」

東急8500系の編成定員 1424人
(出典:Wikipedia(2017)「東急8500系電車」

池尻大橋駅の渋谷方面行き最混雑列車 8時14〜21分発の4本
(出典:東急電鉄(2015)「オフピーク通勤・通学と分散乗車のお願い」
※次列車との間隔も含めるとピーク時間帯は9分間

ピーク時間帯の推定乗客数 1.98 * 1424 * 4 = 11278.08
※混雑率を編成平均と仮定した場合

国内基準での自転車道の交通容量 2400(1)〜3120(2)台 / h
(出典:国土交通省(1974)「自転車道等の設計基準について」
*1 幅3mで双方向通行の場合
*2 幅3mで一方通行の場合

自転車道が9分間で捌ける自転車の台数 468(1)〜720(2)
*1 自転車道が一方通行の場合
*2 道路両側に双方向通行の自転車道を設け、両側とも都心向きに通行できるようにした場合

乗客が自転車に転換した場合のピーク時9分間の混雑率 185〜190%
※元々の自転車利用者がゼロで、自転車道の容量上限まで乗客が自転車に転換したと仮定し、マイカー・バス通勤者の交通行動の変化を無視した場合


\8〜13ポイントの混雑緩和/


なお、自転車道の交通容量は次のような考えから定められたもので、
実験結果により自転車の速度と車頭間隔から最大限通行可能な容量を試算すると,走行速度 15 km/h とし,車頭間隔 7.0 m 程度とすれば往復で 約 4,000 台/h となるが,自転車の走行は群としての走行が主で,一定間隔,一列縦隊の走行はあまりない。また快適な走行からも望ましくない。さらに実験もかなり理想的な道路,交通条件のもとに行われているので,余裕をみて上記の数字の半分の2,000台/h/2 車線を基本交通容量とした。

// 中略

自転車歩行者道,自転車歩行者専用道路は歩行者が混在することを前提としている。また,自転車道,自転車専用道路においても実際には歩行者が通行する場合もありうる。一般の自転車道等において自転車交通を主体に考えると,歩行者交通が自転車交通に及ぼす影響からくる補正係数は 表−3 のように推定される。

// 中略

この数字は一応数式を推定して求めたが,ここでは割愛するとし,グラフのみを示したのが 図−4 である。

// 中略

以上の補正係数からそれぞれの自転車道等の標準的な実用交通容量は 表−4 のように求まる。表−4 の計算において歩行者による補正係数は歩行者を 400人/時 の場合を用いた。

表−4
分類 基本交通容量 台/時/2車線(A) 計画水準による補正係数(B) 歩行者による補正係数(C)歩行者 400人/時) 実用交通容量 台/時/2車線(A×B×C)
A種 2,000 1.0 0.8 1,600
B種 2,000 0.8 0.8 1,300

出典:自転車道技術基準調査特別委員会(1973-08)「自転車道等に関する技術基準調査報告」『道路』390, 68–76

ユトレヒトやコペンハーゲン、ロンドンの自転車利用の実態と比べれば余裕の大きな水準という印象です。慎重な見積もりは結構ですが、慎重すぎる見積もりは政策上、自転車の交通モードとしての可能性を低く誤認させる可能性もあり、公道での実証実験が強く求められる所です。

参考として海外の研究を見ると、幅員2.5mで2,000〜10,000台 / hとかなり幅が広い報告が見当たります。

出典:Thomas S. Buch, Poul Greibe. (2015). “Analysis of Bicycle Traffic on One-way Bicycle Tracks of Different Width”

この数字を採用した場合、自転車道がピーク時の9分間で捌ける自転車は推定300〜1500台、乗客が自転車に転換した場合の混雑率は172〜193%まで下がると考えられます。この場合は


\5〜26ポイントの混雑緩和/


です。まあ、いずれにせよ甘すぎる予測なので現実にはここまで効果は無いでしょうが。



追記1
自転車は都心部の駐輪場不足の問題があるのでLRT の方が良いかも。数個の車体を連接したLRTであれば輸送効率も4,000〜9,000人/hと高いです。

出典:国土交通省(2005)「まちづくりと一体となったLRT導入計画ガイダンス 第3章 LRT導入の対象となる領域」

それと、この試算では田園都市線と246号のペアをモデルに使いましたが、鉄道も道路も際立って混雑が激しい路線なので、あまり良い例とは言えないかもしれないですね。他には
  • メトロ東西線と都道10号
  • 都営新宿線と都道50号
  • JR総武線と国道14号
  • 京成線と国道6号
  • JR常磐線と国道4号
  • メトロ南北線と国道122号
  • 都営三田線と国道17号
  • 東武東上線と国道254号
  • 西武池袋線と都道8号
  • 西武新宿線と都道440号
  • JR中央線と都道4号
  • メトロ丸ノ内線と都道14号
  • 京王線と国道20号
  • 京急線と国道15号
などが考えられます。


追記2(2017年6月29日)
現実的には自転車に転換可能な通勤移動は(地形にも因りますが)せいぜい10〜15km程度(旅行速度15km/h計算で40〜60分)まででしょう。例えば、ロンドン市交通局は5〜64歳が通勤通学目的のトリップで自転車に転換しうる片道距離は10kmまでと設定しています。

出典:Transport for London. (2017-03). “Analysis of Cycling Potential 2016 Policy Analysis Report

オランダの資料では、短距離移動における自転車の交通分担率を論じる文脈で 7.5 km という閾値がよく出てきます(旅行速度 15 km なら30分)。

出典:P. Schepers, D. Twisk, E. Fishman, A. Fyhri, A. Jensen. (2014-11). “The Dutch road to a high level of cycling safety”. Proceedings, International Cycling Safety Conference 2014.

東京の場合、JR総武線やメトロ東西線のような平坦な地形を走る路線や、武蔵野台地側でも尾根筋に沿ったルートであれば起伏が少なく楽ですが、田園都市線の場合は多摩川を挟んで向かい合う下末吉台地・武蔵野台地の縁や渋谷周辺に急な坂があるので非電動アシスト自転車で毎日通うのは大変そうです。

ではその短距離区間だけを自転車に転換して意味があるのか。メトロ東西線の都心方面行き列車に乗って混雑率をレポートした記事には、浦安駅(大手町駅から約12km)の時点で既に混雑率200%であるものの、そこから先の駅で更に乗客が乗り込んで混雑が苛烈になっていく様子がまとめられています。

出典:須永 太一朗(2016-12-01)「混雑日本一!朝の東西線で乗客が目を閉じる理由」『日経ビジネスONLINE』

であれば、最後の10km区間の乗客だけでも自転車に転換すれば、混雑率の上限を「体がふれあい相当圧迫感があるが、週刊誌程度なら何とか読める」200%に抑える効果は有りそうです。

もちろん、通勤・通学先に駐輪場を確保したり、鉄道の通勤手当に対する非課税範囲(国税庁「No.2582 電車・バス通勤者の通勤手当」)を縮小したりなどの工夫を伴わなければ、高規格な自転車通行空間を整備してもあまり使われず無駄になるでしょうし、自転車でもまだ吸収しきれないほど移動需要が大きいなら、長期的には路面電車を復活させて鉄路の二重化をした方が良いかもしれません(いずれにせよ渋滞課金などによるマイカー抑制で車道空間を削減する事が前提)。
}追記ここまで


補足1
上に引用した自転車道技術基準調査特別委員会は自転車道の幅員に関して「車線」という概念を持ち出しています。「車線」は1.0m幅の通行空間を指しており、3.0m幅の自転車道は「3車線」と表現されています。3.0m幅でもセンターラインで二分すれば2車線だと思うんですけど…。

日本における自転車道の設計基準の確立は、道路設計で車道幅員の決め方が幅員主義から車線主義に大転換した時期に近接しています。恐らくですが、その思想に陶酔した技術者が自転車道にも同じ概念を適用すれば良いと安直に判断したのだと思います。しかし、車道の設計では道路の階級に応じて「車線」の幅も2.75mから3.50mまで0.25m刻みで定められている(道路構造令5条4項)のに対し、自転車道の設計基準では「車線」幅は1.0m固定です。

しかもこの1.0mという幅は、日本道路協会(1974)『自転車道等の設計基準解説』の走行実験のグラフを見ると、蛇行する自転車が物理的に占有し得る範囲であり、他の自転車や柵などへの接触(および「接触するのではないか」という恐怖)に対する余裕は含まれていません。単にキリのいい数字という以上の合理性は認めがたいですね。



補足2
大脇(2011-03-01)に拠れば、日本における幅員主義から車線主義への転換は、昭和33年の道路構造令改正の際に既に検討されていた可能性があるものの、当時はまだ自転車や荷車が車道を通行しており、それらが交通容量に与える影響が大きかったため、車線主義への転換は見送られたと推測されるそうです。そして昭和45年の改正時に車線主義に踏み切ったのは、車道を純粋に車の通行空間とし、自転車・歩行者を分離するとの方針を打ち立てたから。

出典:大脇鉄也(2011-03-01)「技術基準・温故知新 第3回 道路構造令(2) 幅員主義から車線主義へ~昭和45年構造令の全面改定~」『道路』840, 57–61

つまり車線主義で構築された車道空間には、安全上の問題から本来は自転車を通行させてはならないんですが、まるでその経緯が忘れ去られたかのように、今の日本では幹線道路の端に自転車のピクトグラムがせっせと設置されています。なんと阿呆な国であるか。