2015年2月8日日曜日

三鷹市かえで通りの自転車道


かえで通りの自転車道は、設計上、興味深い工夫が幾つか見られます。ただ、交差点周辺では車の右折レーンの確保に拘った所為で皺寄せを受けるなど、依然としてクルマ最優先の価値観が根強い事が窺えます。



まずは関連資料の一覧をどうぞ。

三鷹市
佐々木正義、大森高樹(2009)
たかつき交通まちづくり研究会(2010年10月3日)


自転車道整備前の様子(Google Street View, 2009年7月撮影

佐々木・大森(2009, p. 1)に拠れば、道路全体の幅員は16mで、自転車道の整備前はこの内、実に11mもの幅を車道に割り当てていたとの事です。


「広報みたか」No.1424に掲載されている調査結果に拠れば、自転車の歩道通行率は、
  • 自転車道の整備前 歩道 80.9% 車道 19.1%
  • 自転車道の整備後 歩道 6.1% 自転車道 93.9%
と、劇的に減少しています(調査の時間帯や方法、定義は不明ですが)。

ここまで高い効果が観測された例は、車道の端を単にペイントしただけの自転車レーンには無いのではないでしょうか?


かえで通りの南端である東八道路付近から北に向かって順に見て行きます。

自転車道の幅員は2.0mで、
  • 縁石や柵で囲まれた
  • 双方向通行
の空間としては狭過ぎます。単独で走っていても狭さを感じて中央に陣取りたくなりますし、対向車が来た時は最徐行して端に寄らないとぶつかりそうで怖いです。他の自転車を追い越すのはまず無理ですね。最低でも2.5mは欲しかった所です。


安心感の大きな通行空間

車道の端をペイントしただけの自転車レーンと違って構造的に分離されている自転車道は利用者の大きな安心に繋がります。自転車での犬の散歩や、後述する子供の自転車利用が普通に見られるのは、この安心感という設計要件が満たされてこそのものでしょう。

(自転車での犬の散歩に関しては、ネット上で「道路交通法違反」だとする誤情報が飛び交っていますが、正確には道路交通法ではなく、各都道府県が「○○県道路交通規則」などの名前で定めている条例が根拠です。ただ、そうした条例の背景には、自転車が安全に走れるインフラの整備を怠ってきた事も有ると考えられるので、私は条例の社会的正当性には疑いを持っています。)


沿道の駐車場に車が出入りする部分

自転車通行空間のブルーペイントは、このように車と動線が交差する箇所だけに施してあり、費用を賢く節約しています。


ん? なんでこんな半端な所に矢羽根のピクトグラムが?

三鷹市にこのピクトグラムの設置意図を問い合わせた所、
自転車が左側通行であることを、入口部分だけでなく、自転車道内でも自転車利用者に認知してもらうため
との回答でした。

(「入口」というのは、自転車道が交差点の周辺で途切れてしまうので、その再開地点を指しています。本来なら入口も出口も無く連続しているのが理想です。)

本当にそうかなあ。海外のインフラ事例を、その設計意図を理解せずに真似した結果なのではないかと勘繰ってしまいます。


オランダであれば、通行方向を示す矢印はこのように描きます。

この矢印は本来、自転車利用者に向けたものではなく、自転車道を横切る車のドライバーに対して「両方向から自転車が来るから気をつけろ」という意味で描かれるものです。だからこそ、ドライバーが気付くように、目立つ位置に大きく描くんです。

三鷹市のように、ドライバーの視界から外れた所にこんな小さな(しかも遠目には何が描いてあるのかすら分からない)ピクトグラムを設置しても無意味です。

過去の関連記事
オランダの逆走自転車対策


自転車道を避ける利用者

ここは植栽の枝が伸び放題で実質的な幅員が1.5mくらいになっちゃってますね。体感的にかなり窮屈なので、車道を走りたくなる気持ちは良く分かります(車道は車道で40km/h制限なので安心感は大幅に損なわれますが)。


交差点の先で自転車道が再開する地点

青いペイント、ピクトグラムによって自転車を誘導しています。

自転車道は単路では車道と同じ高さですが、交差点の手前のスロープで歩道と同じ高さまで持ち上げています。スロープの周辺では、自転車が誤って縁石に乗り上げたり落下したりしないように、
  • 縁石を白く塗って目立たせる
  • 再帰反射材付きの樹脂ボラードを立てる
という細やかな配慮が見られます。これには感心しました。


交差点周辺の構造

自転車道が途切れ、拡幅された歩道に吸収されます。通行空間の連続性は損なわれていますが、自転車は車道の停止線で足止めされず、赤信号の間に交差点の最前線まで進んでおく事ができます。

信号待ちの位置が車道の車より10m以上も前になるので、青信号に変わった時、左折車が来るより先に渡り終える事ができます。


信号が青に変わった瞬間の自転車・歩行者と車の位置関係

停止位置の前出し(左折巻き込み事故を防ぐ為に自転車の停止位置を車より前に出す事)というのは本来これくらい圧倒的な差を付けないと意味が有りません。

千石一丁目交差点では車道の自転車レーンの停止線を僅か1m前にずらしただけで「前出し」と称しています(※)が、ちゃんちゃらおかしいです。

停止位置の前出し(千石一丁目交差点)

※国土交通省 東京国道事務所 警視庁交通部(2013年12月25日)
自転車、ナビラインで歩道から車道へ。ドライバーからも好評価。」(p. 2, 6, 7)
注意 この調査には様々な統計のウソが有り、実態を歪めています。

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青くペイントされた自転車横断帯

歩道上の柵や電柱が自転車の動線に被さってきている。

バス停

バス停は交通島になっており、自転車にはバイパス通路が用意されています。

バス停横の自転車道は1.5mまで縮小されています。

写真のように、気心の知れた相手と並走するなら何とか自転車道の中に収まりますが、見ず知らずの人、特にハンドル操作が危うい高齢者の対向自転車とすれ違うような場合は、最徐行したとしても怖くて、とても1.5m幅の空間には収まりません。どちらか片方が歩道にはみ出してしまいます。


浅い角度の縁石

ここでまた妙に配慮の行き届いた構造です。自転車が歩道に乗り上げる事を前提にしているのか、鋭角で乗り上げてもタイヤが取られて転倒しないように、縁石の角度が非常に浅くなっています。


バス利用者が降りてきました。

おお! ちゃんと自転車道を避けて歩いていますね。

自転車と歩行者の空間区分がうまく認識されているようです。
ゼブラや青のペイント、縁石による区分が効いたのでしょうか?


バス停を抜けた直後

ここで再び自転車道は車道と同一水準までスロープで下がっています。


沿道のコンビニ

車が歩道と自転車道を横切る箇所ですが、ここはブルーペイントが施されていません。植栽もこんもりと茂っていて、車と自転車の相互認知を妨げている可能性が有ります。

もし車道が完全に通過交通用にできていて、横道との接続や沿道への出入り口が一切無いのであれば、このように植栽で目隠しするのもアリですが、そうでない場合、ツツジのような高く成長する植物を植えたらダメです。どうしても緑が欲しいなら芝にすべきです。


駐車場から出て車道に合流しようとする車の待機位置

歩道と自転車道を完全に塞ぐ形になります。


縁石の段差が2連続している

車に対する速度抑制効果は高そうです。


横道との無信号交差点

自転車横断帯が車道のすぐ横に隣接しているので、左折車は自転車道に鋭角で進入する事になります。ドライバーがミラーを介さず直接自転車を目視するのが難しくなるので、認知エラーのリスクが有ります。

過去の関連記事
浅草通りの自転車歩行者道 (3)

浅草通りの例

左折車が、

自転車の動線上に差し掛かっても、

自転車を窓から直接目視するのは、

困難です。


路面に埋め込まれた境石

この境石は一体何なんでしょうね。そういえば上で見た写真にも、

交差点の先で自転車道が再開する地点

同じ石が埋め込まれていました。設計者の報告書を読むと、

佐々木・大森(2009, p. 4)
i)自転車道導入部箇所の自転車道と歩道の区画には段差 0 cmの境石を使用した。
と書かれています。区画する意味はさておき、飽くまで利用者視点に立って評価すると、この境石は通過時にタイヤに衝撃が来るので、無い方が良いです。書類上は「段差0cm」であっても、現実の構造物まで完全に平滑に仕上がる訳ではありません。そこまで考えが至らなかったんでしょうか?


ここも不適切な矢印標示が為されています。


道路反対側の路上駐車(停車)

なんと! 車体が自転車道を塞いでしまわないようにスペースを空けています! 自転車に配慮する路上駐車は初めて見たかも。自転車道が無ければ有り得なかったでしょうね。


子供が自分の自転車で走っている。

上で見た犬の散歩と同じく、安心感の大きなインフラならではの光景です。


沿道のマツモトキヨシ

都心では駐車場が無いのが当たり前ですが、東京も三鷹まで来るとかなり車社会ですね。


交差点の手前でまたしても途切れる自転車道



ここも特殊な縁石

ただ、やはり少し衝撃がタイヤに来ます。縁石などで区切らず、同じアスファルト舗装で完全に一続きに仕上げてあるのが理想です。


植栽が撤去されて(?)広々としている歩道


集合住宅の駐車場出入り口

車椅子には厳しい急な横断勾配

交差点周辺では横断待ちの歩行者や自転車が、

直進する自転車の動線を妨害する位置になってしまう。



再び植栽。歩行者空間が足りないのに。優先順位を間違えています。

ランナーが自転車用の空間に入って来るのは各地でしばしば見られますね。

ここも角度の浅い縁石です。

バス停のバイパス構造

幅員減少の注意喚起が有ります。

自転車道の直ぐ横を走る路線バス

柵が途切れていると少し恐怖感が有ります。


反対車線側の自転車道は交差点の手前で早々に消滅

車道から一段上がって自転車道、もう一段上がって歩道という構造


交差点

車道の右折レーンを確保するため、交差点の手前で自転車道が打ち切られてしまっています。

スポーツ自転車の利用者は自転車横断帯を無視して直線的に通過しています。



武蔵境駅

かえで通りの自転車道は駅まで300mも残したまま終わってしまいます。その駅自体もエキナカ開発にばかり熱心で、建物に駐輪場が統合されておらず、改札口から半径100m以内には駐輪場が有りません。線路の南側に限れば、最寄りの駐輪場まで400mも有ります。


駅から折り返して、かえで通りを逆方向に辿ります。

右折レーンに空間を割いてしまった為、自転車道を設置する余地が失われています。


歩道はかなり狭いです。

狭い歩道を走ってくる自転車

「歩道は歩行者優先」という垂れ幕が見えます。じゃあ自転車が優先される空間は一体どこに有るんだって話です。


自転車道の復活部分

車道側は柵で塞がれているので、車道を走ってきた自転車は自転車道に入れません。


自転車が歩道を走ってくる前提です。

単路区間に柵の切れ目

ところどころ柵が途切れていますが、低い縁石は続いているので、自転車が鋭角に進入しようとするとタイヤを取られて転倒するリスクが有ります。

実際にやってみれば転倒しないのかもしれませんが、車道で後続車に追い立てられている状況ではとてもそんなリスクは取れません。


おお! ミニバンも自転車道を塞がないように遠慮して駐車してますね。

まあ実際はドアゾーンのリスク(突然開いた車のドアに自転車が衝突するリスク)が有るので、これだけ踏み込まれてしまうと、自転車が安全に通行できる空間はもう50cmくらいしか残らないんですが。


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以上見てきたように、いくつか細やかな工夫も見られたかえで通りですが、安全上最も重要な交差点周辺では、車道の右折レーンで空間を食い潰し、自転車通行空間を途切らせてしまうという「失敗」を犯しています。

私がこれを「失敗」と表現するのは、それが
  • 空間制約上、どうする事もできなかった事ではなく、
  • 自転車や歩行者の安全を犠牲にして車の利便性を取るという選択をした結果
だと考えるからです。かえで通り周辺の道路網を見てみましょう。


加工前の地図画像は Google, ZENRIN (2015)
以下同

かえで通りをピンク色の線で示しました。


例えば車道を南向きの一方通行にすれば、

右折レーンがそもそも不要になるので、交差点周辺でも自転車道を諦める必要が無くなります。では車道の一方通行化によって、ドライバーが堪えがたいほどの遠回りを強いられるかというと、

かえで通りの西にも東にも、わずか数百メートルの距離に並行道路が有ります。

路線バスの経路変更など課題も有りますが、全くの不可能という訳ではないでしょう。

マイカー抑制と自転車促進という観点からも、車を不便に、自転車を便利にする一方通行化案は一挙両得なのですが、これをどの程度「現実的な案」として受け止められるかは、住民の意識の高さ次第ですね。