2016年4月22日金曜日

ケージとゲージの混同

自転車仲間やショップ店員が言い間違える度に
「(ボトルゲージじゃなくてボトルケージ!)」
と内心突っ込んでいる全国の皆様、ごきげんよう。

今回はこの間違いが生まれた原因について考えてみました。



本題に入る前に念のため確認しておくと、

ボトルケージ

これがケージ(cage)で、


プレッシャー・ゲージ(圧力計)

こちらがゲージ(gauge)。


リアディレイラー・ケージ

これがケージ(cage)で、


ディレイラー・ハンガー・アラインメント・ゲージ

こちらがゲージ(gauge)です。


用例数

まずは用例数をGoogleで検索してみました(2016年4月21日現在、以下同)。
  • ボトルケージ 536,000件
  • ボトルゲージ 244,000件
「ゲージ」と書いている用例が全体の31%を占めました。私が思っていたよりは低い割合でしたが、それでも絶対数はかなり多いですね。ディレイラーのケージもこれに近い誤表記率でした。
  • ディレイラーのケージ 1,240件
  • ディレイラーのゲージ 617件
「ゲージ」率 33%

  • ロングケージ 18,800件
  • ロングゲージ 6,580件
「ゲージ」率 26%

  • ショートケージ 30,900件
  • ショートゲージ 9,530件
「ゲージ」率 24%


しかし「ディレイラーケージ」では何故か
  • ディレイラーケージ 1,550件
  • ディレイラーゲージ 87件
と、誤表記率は5%に留まっています。


自転車以外の分野

そもそも「ケージ」を「ゲージ」と言い間違えるのは自転車界隈に限った現象なのでしょうか。調べてみると他の分野にも同様の言い間違いが見付かりました。

ゴルフ
  • ゴルフケージ 4万0400件
  • ゴルフゲージ 8680件
「ゲージ」率 18%

ペット飼育
  • ペットケージ 34万2000件
  • ペットゲージ 32万0000件
「ゲージ」率 48%

野球
  • バッティングケージ 6万5400件
  • バッティングゲージ 13万5000件
「ゲージ」率 67%

分野によって誤表記率がかなり違います。正しい語形に触れる機会の多さや、間違いを指摘する事の心理的な敷居の高さが違うのかもしれません。


言い間違えの理由(消極的原理)

ではなぜ「ケージ」を「ゲージ」と言い間違えるのか。まずは消極的な原理として思い浮かぶものから。


耳馴染みの薄さ

清音と濁音の取り違えはどんな単語でも起こっているものの、普通は話し手、書き手が直ぐに気付いて修正しています。日常的な語として完全に定着している「ケース」を例に「スマホケース」で調べてみると、
  • スマホケース 24,300,000件
  • スマホゲース 9件
で、誤表記率は極めて低いです。対する「ボトルケージ」の誤表記の多さは、「ケージ」も「ゲージ」も日本語ではそれほど一般的な語ではなく、どちらが何の意味か、曖昧にしか覚えていない人が多い為、間違いを直す機会が無くそのまま定着したと考えられます。


競合する同音語の不在

「ケージ」を「ゲージ」と言い間違えても他の同音語と競合しないのであれば意思疎通に支障は無いので、間違いだと気付いた人もわざわざ指摘しないでしょう。ゲージ単体では自転車で使う他の道具の名称と競合しますが、「ボトルケージ」のように複合語の要素としてなら誤解の余地はありません。「ディレイラーのケージ」のように文脈から明らかな場合も同じです。


言い間違いの理由(積極的原理)

ランダムに起こる間違いがそのまま定着したのではなく、話し手、書き手の能動的な意志で「ゲージ」と言っている可能性も有ります。


過剰修正

スクトップ(desktop)」を(「ディ」が発音できない日本人が「デ」で置き換えたのだと誤解して)「ディスクトップ」と言ってしまうあれです。英語と日本語、共通語と方言、古語と現代語などの間で発生します。

自転車界隈では「トー・ストラップ(toe strap)」を「トゥー・ストラップ」と言ってしまうのがその一例かもしれません(単純に"shoe"からの類推という可能性も有りますが)。

しかし、「ボトルケージ/ボトルゲージ」の場合、「ケー」も「ゲー」も元から日本語の音声として普通に使われているものなので、過剰修正が作用したと考えるのは苦しいですね。


連濁
もう一つ考えられる原因は複合語の連濁です。
  • 古狸(ふる + たぬき → ふるぬき)
  • 隠れ里(かくれ + さと → かくれと)
  • 燕返し(つばめ + えし → つばめえし)
  • 一番星(いちばん + ほし → いちばんし)
ただ、この現象は基本的に和語でしか起こりません。和語には濁音(有声子音)で始まる語が少なく、有声化する事でそれが単なる並列ではない複合語だと示せますが、漢語や外来語は有声子音で始まる語も普通に有り、下手に有声化すると他の語と同音競合してしまうからです。

日本語に深く浸透した語は漢語でも連濁する事が有りますが、
  • 水鉄砲(みず + てっぽう → みずっぽう)
  • 株式会社(かぶしき + いしゃ → かぶしきいしゃ)
カタカナ語ではまず起こりません。
  • 隠れキリシタン → ×隠れギリシタン
  • LANカード → ×LANガード
和語であれば連濁した方が複合語としての一体感が高まり、座りが良くなると感じられますが、その感覚で「ボトルゲージ」と言っている人がどれほどいるかは疑問です。

また、複合語ではなく「の」で繋いだ名詞句の中でも「ゲージ」と間違えた例が見られるので、
  • 犬のケージ 163,000件
  • 犬のゲージ 95,900件
連濁が原因とは考えにくいです(連濁で有声化した「ゲージ」が、連濁ではなく元々その形だったと誤解されて、複合語から取り出した単体の状態でも「ゲージ」と言われるようになった、という可能性もゼロではないでしょうが)。


ちなみに

「ケージ」の「ジ」を無声化した用例も少数ながら見付かりました。
  • ボトルケーシ 245件
  • ボトルゲーシ 10件
日本語では促音の有声破裂音を(同一語幹内に複数の有声音がある場合に)無声化するという規則が有りますが、
  • ドッ → ドッ
  • ベッ → ベッ
  • バッ → バッ
一部の話者は無声化規則を語末の有声摩擦音にまで拡大して、
  • ペー → ペー
と発音しています。「ボトルケーシ」もその一例と言えそうです(「ボトルゲーシ」は凄いですね。濁点の位置が移動してしまっています。用例が極端に少ないので単なる打ち間違いでしょうが)。