2020年6月12日金曜日

屋井氏インタビュー「日本独自の自転車環境作りが大切」の疑問点

国土交通省の広報改革プロジェクトとして公開されている雑誌風のサイト『Grasp』に東京工業大学副学長の屋井鉄雄教授のインタビューが掲載されていますが、疑問に感じる点があったので指摘メールを送りました。その一部をここにも載せます。


屋井 鉄雄氏のインタビュー記事後編(https://www.magazine.mlit.go.jp/interview/vol18-c-2/)を拝見しましたが、改正道路構造令に関して屋井氏が二つの重要な点を看過しているので、下記の通り指摘します。

ドア開放事故リスクの看過

第一に、「3.5m以上の車線は1.5mを自転車通行帯に、2.0m以上を停車帯にできる」という主張ですが、この発想は駐車車両によるドア開放事故のリスクを見落としています。

この事故リスクを知らずに自転車レーンと停車帯を隣接させて整備してきた海外では、ドア事故が類型別の自転車事故で最多件数になっている都市がある [1] ほか、ドア衝突を発端とする多重衝突による死亡事故も発生しています。[2]

このため海外の現行の設計指針は、ドア事故防止のために自転車通行帯と停車帯の間に0.5–1.0m程度の緩衝帯(buffer)を挟むことを求めるようになっています。[3][4][5]

つまり3.5m幅の車線では、自転車通行帯と停車帯を両方設置し、且つ安全を確保することはできません。屋井氏のような誤った認識に基づく道路整備で日本でも犠牲者を量産するのは絶対に避けていただきたいです。

Parking-protected bike laneの普及の看過

第二に、「外国では通行帯の横に停車帯を設けるのが常識」という主張ですが、北米で2007年頃から急速に広まりつつあるのは「歩道|自転車通行帯|停車帯」というレイアウト(parking-protected bike lane)で [6]、言うなればこれが現在の常識です。

屋井氏が指している改正道路構造令の「歩道|停車帯|自転車通行帯」というレイアウト(conventional bike lane)は、米国では1980年代に標準化され [7]、各地で整備されてきたものの、
  • 自転車通行帯が車の二重駐車で塞がれる
  • 大多数の自転車利用者にとって不安感が大きい
  • 自転車利用促進(歩道通行の抑制)の効果が弱い
などの問題があり、2010年代以降は撤去(protected bike laneへの改修)が始まっています。これはオーストラリア [8]、ネーデルラント [9] など他地域でも同様です。


屋井氏はconventional bike laneが道路構造令に載ったことについて、「日本でも遅ればせながらようやく解決に向かえます」と評価していますが、これは大きな誤解で、実際は、海外の約30年間分の失敗の歴史を日本が今更になって辿り始めようとしているという構図です。

国土交通省の方には、自分たちの施策が人の命を左右するものだとの自覚を持って、正確な事実認識に基づいた仕事をしていただきたいと思います。

「守」を飛ばした「守破離」

なお、インタビューの締めくくりに屋井氏は「今からアメリカやヨーロッパの国々に追従するよりも、むしろ日本独自の新たなスタイルを様々なモビリティーが乱立する前に示すべき」と提案していますが、日本が思い付くようなアイディアはもう海外が実行していると考えた方が良いでしょう。

例えばネーデルラントでは以前から自転車道 (fietspaden) がハンドサイクルや超小型福祉車両(gehandicaptenvoertuig) にも使われていますし、アメリカではprotected bike lanesが電動キックボードやローラースケートにも使われています。多種多様なモビリティーの受容でも遅れている保守的で経験値不足の日本が、なぜ一足飛びに独自路線を確立できると思うのか、甚だ疑問です。

海外に追従するよりも…という言葉は、やるべきことをしなくても目的を達成できる楽な道がある、と甘言を弄しているように聞こえます。ただでさえ、COVID-19対策で各国がpop-upbike lanesを早々に実現している [10] 中で、日本はいまだに一本も設置できていないんです。これ以上国際社会から落伍しないよう、自国の立ち位置を認識して危機感を持っていただきたいです。

出典

  1. https://www.dutchreach.org/dooring-problem-prevalence/
  2. https://www.abc.net.au/news/2015-02-27/cyclist-car-doored-before-being-killed-by-passing-truck/6270058
  3. https://nacto.org/publication/urban-bikeway-design-guide/bike-lanes/buffered-bike-lanes/
  4. https://nacto.org/publication/urban-bikeway-design-guide/cycle-tracks/one-way-protected-cycle-tracks/
  5. Rik de Groot, H. (ed.) (2017) Design Manual for Bicycle Traffic. Amersfoort: CROW (record, 28). p.110
  6. http://www.nyc.gov/html/dot/downloads/pdf/2014-11-bicycle-path-data-analysis.pdf
  7. https://www.westernite.org/annualmeetings/18_Keystone/Presentations/5B/5B.SagarOnta.AASHTO%E2%80%99s%20%20Green%20Book%20for%20Bikes.pdf
  8. https://www.vicroads.vic.gov.au/planning-and-projects/melbourne-road-projects/protected-intersection-at-albert-and-lansdowne-street
  9. https://bicycledutch.wordpress.com/2014/04/24/before-and-after-in-eindhoven/
  10. https://togetter.com/li/1505117