ちょっと道路交通法から例を引いてみる。
第二十一条
車両(トロリーバスを除く。以下この条及び次条第一項において同じ。)は、
左折し、右折し、横断し、若しくは転回するため軌道敷を横切る場合
又は危険防止のためやむを得ない場合を除き、軌道敷内を通行してはならない。
1. 文法違反
普段から法律に親しんでいる人は気付かないかもしれないが、
「左折し、右折し、横断し、……」こうやって連用形で繋がれたらOR接続ではなくAND接続だと思う。
法文以外の現代日本語ではそういうルールが働いているからだ。
(法文の基になったであろう江戸時代の文語文法は違うかもしれないが。)
そこを
「左折し、右折し、横断し、若しくは」と繋げて来るから、途中で予想を引っくり返される。
だから読みにくい。
端的に言って、この法文は現代日本語文法に違反している。
本来なら
「左折、右折、横断、若しくは……」とか
「左折する場合、右折する場合、横断する場合、若しくは……」などの形になるだろう。
2. 長過ぎる修飾部
同じく二十一条から。
「車両は……軌道敷内を通行してはならない。」の間に挟まった
修飾部が長過ぎる。読んでいる途中で文の構造を見失う。
関係詞が使える印欧語ならともかく、
修飾部を前置きするしかない日本語は
一つの文にあれもこれも詰め込むのに適していない。
二つか三つの文に分解すれば良いのに。例えば、
第二十一条の様に。
車両は軌道敷内を通行してはならない。 但し以下の場合を除く。
・ 左折、右折、横断、又は転回するため軌道敷を横切る場合
・ 危険防止のためやむを得ない場合
なお、この条及び次条第一項において「車両」はトロリーバスを除くものとする。
3. 「若しくは/又は」の使い分け
これは上の二つに比べれば些細な問題。
法律の文では「若しくは」と「又は」は
{A 若しくは B}又はCという構造を示す為に使い分ける慣用が有る。
この入れ子構造が三層以上になる場合は
{{{A 若しくは B}若しくは C}若しくは D}又は E (**)と、最後だけ「又は」を使うそうだ(*)。
「若しくは/又は」は日常語では特に使い分けが無く、
法文では意味を細分化しているだけだから、
或る種の上位互換性は保たれている。
ところがAND接続の「及び/並びに」が
三層以上になる場合は、OR接続とは異なり、
{{{A 及び B}並びに C}並びに D}並びに E (**)と最初だけ「及び」を使うそうだ(*)。
誰だよ、こんなルール考えたのは……。
そもそも階層構造を示す為に言葉を使い分けるなら、
層の数に応じて言葉を増やすのが自然だ。
それをたった二語で賄おうとするから無理が出る。
かといって語彙を徒に増やしてもややこしくなる。
ならば最初から括弧や改行を使えば良かったのに。
こういう用法は慣例に過ぎず、法律自体の中では定義されていない。
本当は一般人に法律を読まれたくないのだろうね。
ついでに、法律を書く特権も手放したくないのだろう。
* 田島信威 2005 『最新 法令用語の基礎知識 【三訂版】』 ぎょうせい
** 青/黄の色覚異常が有るとマーカーの色が見え難いかもしれない。