これでは「巨人の肩に乗る」どころか「巨人の首筋に斬り掛かる」ではないか——
『道路構造令の解説と運用』の各版を読み比べて気付いた点のメモです。
2016年8月17日 追記あり
現在の道路構造令は、戦前の旧・道路構造令と(今は無き)街路構造令を戦後に一本化して1958年に制定されたものに端を発します。この新・道路構造令について、規定の意図や詳細な技術情報を纏めた『道路構造令の解説』が1960年に出版され、以後、政令が大改正される度に解説本も改訂されてきました。1970年の大改正と同年に出版された版からは書名が『道路構造令の解説と運用』に変わり、以後、1982年大改正後の1983年版、2003年大改正後の2004年版と版を重ね、現在は2015年版が最新です。
道路構造令に「自転車道」(*)の規定が登場したのは交通戦争時代の1970年改正からですが、その後、実際に急速な整備が進んだのは、この時の改正で同時に設けられた「自転車歩行者道」で、自転車道の方は殆ど整備が進まないまま今日に至り、その技術的な知見は半世紀近く経った今でもあまり蓄積されていません。
* 車道からも歩道からも構造的に分離された自転車専用の通行空間
しかし、『道路構造令の解説と運用』の自転車道についての記述は版によって大きく変わってきています。この内、私が注目したのは「概説」と「分離の基準」の2点です。道路構造令の周辺の動きも合わせてその流れを追ってみましょう。
1970(昭和45)年版
該当する節 | 5–7 自転車道及び自転車歩行者道 |
ページ数 | 5 (pp.128–132) |
節の構成 | 5–7–1 概説 5–7–2 自転車道等の設置基準
|
概説
大改正で新設された自転車道(自転車歩行者道も含む)について、分類と定義を1ページ分未満の分量で手短に説明しています。自転車道の規定が設けられた社会的背景の説明は、
p.128
自動車、自転車、歩行者の雑然たる混合交通を排除して、自転車及び歩行者が安全に通行できること、またこれにより交通安全に寄与することを目的として自転車道の整備等に関する法律(昭和45年法律第16号)が制定されたが、と非常に淡白です。自転車歩行者道については、
p.129
自転車道は、これまでも多くの実施例があり、決して目新しいものではないが、自転車歩行者道は正式には今回始めて/*原文ママ*/出てきた考え方である。と、可能な限り自転車を車から構造的に保護しようとしていた事が分かります。これは現在の方針とは正反対ですね。
自転車歩行者道は歩道又は自転車道に、それぞれ自転車又は歩行者の通行を認めたもので、自転車の車道からの分離をできるだけ広い範囲でやれるようにとの考え方から採用されたものである。
自転車歩行者道は構造的に自転車道と歩道の境界をなくしただけのもので、一般には自転車道と同じ考え方で良い。
分離の基準
自転車と車の速度差、車・自転車・歩行者それぞれの交通量などの判断基準を挙げています。
車との速度差が大きい場合
p.129
一般的には自動車と自転車との走行速度差が大きいところでは極力自転車交通を分離することが望ましい。自転車の走行速度は 5〜30km/h の範囲であり、平均的には 17〜18km/h と考えてよく、自動車の走行速度が50km/h を越える/*原文ママ*/ような道路では比較的に少ない自転車交通量に対しても自転車交通を分離するべきであり、この場合、自動車交通量が3,000台/日以上で自転車交通量が200台/日以上または自動車交通量が2,000台/日以上で自転車交通量が500台/日以上のときに自転車道を設けるのがよいとする西独の基準が参考になる。と海外基準を紹介しています。本文内には出典が書かれていませんが、巻末(p.551)の参考文献には1本だけドイツ語の資料
"Richtlinien für die Anlage von Strassen", Forschungsgesellschaft für das Strassenwesen E. V., 1963が有るので、これを引用したのかもしれません(が、そうだとしても学術的な引用のルールを逸脱しています)。ここで言う「走行速度」が規制速度か実勢速度かは分かりませんが、速度については「を越える」、交通量については「以上」と使い分けている点が引っ掛かりますね。原文でも"mehr als ..."、"... und mehr"のように区別されていたんでしょうか?
車との速度差が小さい場合
自転車を車の円滑な通行の阻害要因と捉え、両者の分離が必要な水準を自転車の交通量から計算しています。
pp.129–130
自動車走行の際、運転者の目に常に自転車が見える状態は、明らかに自動車交通に障害をおよぼす状態と考えるならば、自転車の平均車頭間隔 L=500m、自転車の平均速度 V=20km/hとすれば、片側1時間当たり自転車交通量はこれはおかしい。ついさっき自転車の平均速度は17〜18km/hと書いたばかりです。平均速度を20km/hに水増ししたのは、分離の閾値を少しでも高くしようとしたからかもしれません。当時は、爆発的に増える車を捌く為に車道空間の拡充を求める声が非常に強く、その阻害要因となる自転車道の整備を最小限に抑えようとする圧力が働いていたと考えられるからです(*)。車の交通量については根拠が示されていません。先ほど出た西ドイツの値をそのまま使ったのでしょうか。
N=1,000V / L により N=40台/時とする。
したがって両側自転車交通量は80台/時となり、自転車交通量が80台/時(約700台/日)以上となれば、自動車走行に障害を与え、自転車交通も危険な状態になるといえよう。このような考慮と現実に自転車交通の分離が要望されている箇所の自転車交通量を勘案すると、自転車交通量が700台/日程度で最左車線の往復交通量が2,000台/日ないし、3,000台/日を越える/*原文ママ*/か否かが自転車交通を分離する際の判断基準となろう。
* 国会会議録(1969年7月8日)「第061回国会 建設委員会 第24号」
○松永忠二君 /* 中略 */ むしろそれよりも拡幅したいところである、いま日本の国の道路の実情は。むしろ拡幅をしたいのです。その拡幅さえなかなかできないときに、交通災害を防ぐために外側にそうした道路 /* 自転車道 */ をつくる余裕があるのかないのか。そういうところが一体どこに、具体的に日本の国の中にあるのか。
地方部の道路
「工場、学校、役場等の公共施設附近」(p.130)で分離の必要性が高いとしていますが、地方固有の閾値は示さず、「前記の交通量と沿道の状況を考慮して区間的に自転車交通を分離するのが一般的な方法である。」(p.130)との記述で済ませています。
都市部の道路
p.130(マーカー強調は引用者)
道路網の密度が高いので、自転車交通の処理についても網全体として計画すべきであり、安易に網としての繋がりのない自転車道などを設ける場合は交差部で困難を生じることになろう。自転車交通は一般に最短経路を選びたがる傾向に留意すべきではあるが、特に主要な幹線道路では、自転車を他の道路に迂回させる等の検討を行なうことも必要である。以上のような考察から都市内では数値的基準を機械的に適用することは適当でないが、英国の都市内の基準を参考とすれば、自転車交通が1500台/日程度以上となれば、都市部においても自転車交通を分離することが望ましいといえよう。1970年の時点で既に自転車にとってネットワーク形成や最短経路の提供が重要であるとの認識が有った事が分かります。海外基準は再び出典不明ですね。巻末(p.551)の参考文献には英語の資料が3本掲載されていますが全てアメリカのものです。
参考文献
巻末(p.551)の参考文献は僅か23本。広範な分野を専門的に扱う書籍としては驚くほど少ないです。資料の並び順は海外の資料が先になっています。
1983(昭和58)年版
該当する節 | 3–6 自転車道、自転車歩行者道および歩道 |
ページ数 | 14 (pp.126–139) |
節の構成 | 3–6–1 概説
|
概説
事故防止の観点でしか自転車道を捉えていなかった1970年版の概説とは違い、1983年版では環境面の利点も説明に加えています。
p.126
歩道、自転車道、自転車歩行者道は、歩行者および自転車の安全な通行空間を提供し、あわせて自動車交通の安全性と円滑性を高めるものである。さらに、沿道に対しては、通風、採光等の空間を拡大することにより、自動車交通に起因する障害を軽減し生活環境の保全に役立つほか、公共的な占用物件を収容するスペースの一部として、都市機能の維持に資するものである。ここで言う「障害」は恐らく車の排気ガス・振動・騒音と、高架道路による日陰でしょう(「公害」と書けば良いのに)。「占用物件」は電話ボックスやベンチでしょうか。車が最優先だった時代からは価値観が変わってきた事が読み取れます。しかし、1983年版の概説の最大の特徴はその続きです。少し長いですが全文引用します。
pp.126–127
わが国の交通事故は諸外国に比べて交通事故死者のうち歩行者および自転車の占める割合が高いという特徴がある。昭和55年の統計についてみると、歩行者の死者数は全体の32%を占め、これに自転車利用者を加えると43%となり、道路交通上の弱者である歩行者および自転車の死者数は全体の約半数を占めているという状況である(表 3−4)。驚いた! ともすれば冷酷になりがちな技術書でここまで熱い文が読めるとは思いもしませんでした。しかも、様々な自転車事故の発生メカニズム(*)をありありと描写しています。この段落の著者は自転車の事を本当に良く分かっている。
また統計上はつかみにくいが、歩行者、自転車の飛び出しを避けるための自動車の急激な避走動作が追突や衝突の原因になることも多く、歩行者、自転車を車道から分離することは自動車相互の事故の減少にも結びつくものである。
更に歩行者、自転車の多い道路における自動車の走行は、速度の低下をきたすとともに運転者の神経を著しく消耗させるものであって、事故発生の素地ともなっている。
一般に自転車は路面の砂利等の障害物により、あるいは電柱、防護柵、歩行者、自転車、自動車等と軽く接触することにより、あるいは荷台の重さにより、時には不慮の横風により、常に転倒の危険にさらされている。転倒しているところに自動車が通りかかれば直ちに死亡事故に結びつくおそれが大きい。また駐車している自動車や路上を占拠している物件を避けて自転車が車道側に出る時、後方からの自動車にとっては、いきなり目の前に飛び出された形になり、衝突あるいは接触により、直ちに死亡事故に結びついてしまうおそれが大きい。
このため、歩道、自転車道または自転車歩行者道を設け、歩行者・自転車を自動車交通から分離し、その安全性の確保を図ることが必要である。
* 自転車事故の原因には自転車の転倒や飛び出し以外にもドライバーの見落としや判断ミスなども有るので、上の文は網羅的とは言えませんが。
文章構成も上手く、歩行者・自転車を車から分離する事はドライバー自身の為にもなるという説得や、最後の「直ちに死亡事故に結びつく」という強烈な表現の繰り返しなど、通行空間の構造的な分離の必要性を何としても読者に理解させようと訴えているのが印象的です。
このような強い危機感の滲む文が、交通戦争時代まっただ中の1970年版ではなく、死亡事故件数が一気に半減してやっと落ち着いてきた頃の1983年版に掲載された事にはどういう事情が有ったのか。もしかしたら、1970年の時点では自転車と車の混合通行の危険性は誰もが熟知していたものの、自転車の歩道通行解禁から10年以上経過した事で、実務担当者の間でも嘗ての「戦争」の記憶が薄れつつあったのかもしれません。
道路行政の実務に携わっている人には胸に手を当てて考えてほしいのですが、上に引用した種々の事故リスクは、道路環境の改善した現在、解消されているでしょうか? そんな事は無いですね。舗装率や路面の管理水準は向上したかもしれませんが、横からの突風は高層ビル建設によって増えたと考えられますし、自転車レーンや矢羽根型路面表示などの視覚的介入が行なわれても路上駐車は相変わらず発生しています。半世紀近く前の指摘は今日でも生きているのです。
分離の基準
自転車道の設置が必要と判断する基準は概ね1970年版の記述を踏襲しており、車との速度差が大きい場合については引き続き「西ドイツの基準が参考になる」と海外の基準を丸写ししています。但し、1983年版は巻末の「主な参考図書」(p.521)からドイツ語の資料が無くなっており、出典のヒントが完全に失われています。
車との速度差が小さい場合の分離の考え方もほぼ変わりませんが、結論として示された自転車交通量の閾値は「500〜700台/日」(p.131)と、低い方向へと幅を持たせています。
2016年8月17日追記{
一方で、車の交通量の閾値は削除されています。
1970年版(p.130) | 1983年版(p.131) |
このような考慮と現実に自転車交通の分離が要望されている箇所の自転車交通量を勘案すると、自転車交通量が700台/日程度で最左車線の往復交通量が2,000台/日ないし、3,000台/日を越える/*原文ママ*/か否かが自転車交通を分離する際の判断基準となろう。 | このような点を考慮すると、自転車交通量が500〜700台/日を超えるか否かが自転車交通を分離する際の判断基準となろう。 |
}
参考文献
「主な参考図書」(p.521)の本数は23本と、1970年版から変わりませんが、
"Richtlinien für die Anlage von Strassen", Forschungsgesellschaft für das Strassenwesen E. V., 1963が削除され、代わりに
「自転車道等の設計基準解説」日本道路協会(昭和49年10月)が追加されています。
2004(平成16)年版
該当する節 | 2–7 自転車道、自転車歩行者道および歩道 |
ページ数 | 24 (pp.217–240) |
節の構成 | 2–7–1 概説
|
概説
平成に入って最初の改版で目を引くのは道路の都市空間としての側面の重視(シンボルロード)や交通バリアフリー法への対応(歩道のセミフラット構造やスムース横断歩道)ですが、その一方で、自転車と車の混合通行の危険性を熱く語っていた1983年版の文章は丸ごと削除されました。また、歩行者と自転車の接触事故の増加にも言及しています:
p.218
わが国の交通事故は諸外国に比べて交通事故死者のうち歩行者および自転車の占める割合が高く、歩行者・自転車事故に占める子供や高齢者の事故が多いことや、歩行者と自転車による接触事故が増加している等の特徴がある。特に、車道における自動車と自転車の輻輳、自転車歩行者道における自転車と歩行者の輻輳などによる交通安全上の問題に留意する必要がある(図2−18、図2−19)。なお、2枚の図(p.219)が示しているのは
- 交通事故死者に占める歩行者・自転車の割合が高い事(図2−18)
- 歩行者・自転車事故に占める子供や高齢者の事故が多い事(図2−19)
分離の基準
この版でも自転車道が必要と判断する基準はこれまでと概ね同じですが、速度差が大きい場合については決定的な違いが見られます。
p.224
一般的には自動車と自転車との走行速度差が大きいところでは極力自転車交通を分離することが望ましい。自転車の走行速度は 5〜30 km/h の範囲であり、平均的には 17〜18 km/h と考えてよい。自動車の走行速度が 50 km/h を超えるような道路では比較的少ない自転車交通量に対しても自転車交通を分離するべきである。過去の版との差分を確認してみましょう。
1970年版(p.129) | 2004年版(p.224) |
一般的には自動車と自転車との走行速度差が大きいところでは極力自転車交通を分離することが望ましい。自転車の走行速度は 5〜30km/h の範囲であり、平均的には 17〜18km/h と考えてよく、自動車の走行速度が50km/h を越えるような道路では比較的に少ない自転車交通量に対しても自転車交通を分離するべきであり、この場合、自動車交通量が3,000台/日以上で自転車交通量が 200台/日以上または自動車交通量が2,000台/日以上で自転車交通量が500台/日以上のときに自転車道を設けるのがよいとする西独の基準が参考になる。 | 一般的には自動車と自転車との走行速度差が大きいところでは極力自転車交通を分離することが望ましい。自転車の走行速度は 5〜30 km/h の範囲であり、平均的には 17〜18 km/h と考えてよい。自動車の走行速度が 50 km/h を超えるような道路では比較的少ない自転車交通量に対しても自転車交通を分離するべきである。 |
1970年版に書かれていた通行量の閾値が2004年版では削除され、技術基準として曖昧さを増しています。また数字の出所(「西独の基準」)も完全に消され、恰も『解説と運用』の著者が自分で考えた(無根拠な)値であるかのようになってしまっています。
参考文献
巻末の「主な参考図書」(pp.665-667)が一気に68本と3倍近くに増えています(*)。また並び順が変更され、海外の文献が一番後ろに回されています。
* 但し、オランダのCROWが発行するDesign manual for bicycle traffic. (2007)は自転車交通だけを扱った書籍であるにも関わらず参考文献は79本と、これを上回ります。
2015(平成27)年版
該当する節 | 2–7 自転車道、自転車歩行者道および歩道 |
ページ数 | 23 (pp.223–245) |
節の構成 | 2–7–1 概説
|
概説
概説は2004年版の記述を踏襲していますが、その次の「設置の考え方」の節に大きな変更が見られます。
設置の考え方
2004年版との差分を確認してみましょう。
2004年版(p.221) | 2015年版(p.227) |
道路構造令の規定では、歩行者、自転車、自動車それぞれの交通量に応じて歩道、自転車道等を設置することとしているが、実際の設置にあたっては交通量以外に、対象とする道路のネットワーク特性、地域特性を十分考慮する必要がある。すなわち、幹線道路か生活道路かといった道路の種類や、沿道の立地状況や気象条件を含めた地域特性を考慮して、歩道、自転車道等を設置するか否かを決定することが重要である。 | 道路構造令の規定では、歩行者、自転車、自動車それぞれの交通量と、安全かつ円滑な交通の確保のための設置の必要性に応じて歩道、自転車道等を設置することとしているが、実際の設置にあたっては、対象とする道路のネットワーク特性、地域特性も十分考慮する必要がある。例えば自転車通行空間の確保には、交通状況等を踏まえ、自転車道以外にも車道に自転車専用通行帯やピクトグラム等を設置することで自転車通行空間を確保することができる。すなわち、幹線道路か生活道路かといった道路の種類や、沿道の立地状況や気象条件を含めた地域特性を考慮して、歩道や自転車通行空間を設置するか否かを決定することが重要である。 |
2015年版で追加された部分の内、「安全かつ円滑な」から始まる部分は2004年版当時の道路構造令(10条2項)にも見られる文言なので、特に新しくはありません。
その次の「例えば自転車」から始まる部分は、2012年に国土交通省と警察庁が発表した「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」が示す整備指針(p.I-9; 2016年に発表された改定版ではp.I-12)を受けたものと思われます。文脈を考えずに強引に捻じ込んだ結果、前後の文との論理的な繋がりが壊れて意味不明な文章になっていますね(*)。酷い編集です。
* 追加部分の「例えば」が前文の例示になっておらず、その後ろの「すなわち」も追加部分の敷衍的説明になっていない。
分離の基準
分離の基準も大きく変化しました。1970年版から2004年版まで引き継がれてきた「西ドイツの基準」が完全に削除され、代わりに「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」を大々的に引用しています。
p.229
歩行者、自転車、自動車の交通を分離するかどうかは、三者の交通量、速度差、沿道の状況等を総合的に考慮して判断しなければならない。これは2012年版ガイドラインのp.I-8とp.I-9の文章を合成したもの(なので表現が冗長)ですが、引用元の文と完全に同一ではなく、部分的に変更、または削除されています。以下に原文を引用し、変更・削除箇所をマーカー強調で示します。
例えば、「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」(国土交通省道路局、警察庁交通局)によると、自転車ネットワークを構成する路線において、
とされている。
- 自動車の速度が高い道路では、自転車と自動車を構造的に分離するものとする。自転車と自動車を構造的に分離する場合、自転車道を整備するものとする。
- 自動車の速度が低く、自動車交通量が少ない道路では、自動車と自転車は混在通行するものとする。自転車と自動車を混在通行とする場合、必要に応じて、自転車の通行位置を示し、自動車に自転車が車道内で混在することを注意喚起するための路肩のカラー化、車道左側部の車線内に帯状の路面標示やピクトグラムの設置、自動車の速度を抑制するための狭さく、ハンプの設置等を検討するものとする。
- 上記において中間にあたる交通状況の道路では、自転車と自動車を視覚的に分離するものとする。自転車と自動車を視覚的に分離する場合、自転車専用通行帯を設置するものとする。
p.I-8
自動車の速度が高い道路(A)では、自転車と自動車を構造的に分離するものとする。また、速度が低く自動車交通量が少ない道路(C)では、自転車と自動車は混在通行とするものとする。その中間にあたる交通状況の道路(B)では、自転車と自動車を視覚的に分離するものとする。
p.I-9
(2) 整備形態の選定
- 自転車と自動車を構造的に分離する場合
自転車道を整備するものとする。- 自転車と自動車を視覚的に分離する場合
自転車専用通行帯を設置するものとする。- 自転車と自動車を混在通行とする場合(以下、「車道混在」という。)必要に応じて、自転車の通行位置を示し、自動車に自転車が車道内で混在することを注意喚起するための路肩のカラー化(写真I-1参照)、車道左側部の車線内に帯状の路面表示(写真I-2参照)やピクトグラムの設置(写真I-3参照)、自動車の速度を抑制するための狭さく、ハンプの設置等を検討するとともに、自動車の一方通行規制や大型車の通行抑制等を検討するものとする。
なお、路肩のカラー化の検討は、歩道と車道とが区分されている道路に限って実施するものとし、歩道のない道路では、自転車の通行位置を示す方法としての路肩のカラー化は実施しないものとする。また、自動車の速度を抑制するための狭さくやハンプを検討する場合には、沿道への騒音、振動の影響や二輪車に対する走行安全性の確保について留意するものとする。
この他、2012年版ガイドラインは分離の目安となる速度・交通量の閾値も示していますが、
p.I-8
(1) 交通状況を踏まえた分離の目安
分離に関する目安としては、地域の課題やニーズ、交通状況等を十分に踏まえた上で、以下を参考に検討するものとする。
(自転車と自動車の構造的な分離の目安)
(自転車と自動車の混在通行の目安)
- 自動車の速度が高い道路とは、自動車の速度が50km/hを超える道路とする。ただし、一定の自動車及び自転車の交通量があり、多様な速度の自転車が通行する道路を想定したものであるため、交通状況が想定と異なる場合は別途検討することができる。
- 自動車の速度が低く、自動車交通量が少ない道路とは、自動車の速度が40km/h以下かつ自動車交通量が4,000台/日以下の道路とする。
2015年版の『解説と運用』はこれらを引用していません。2004年版までは曲がりなりにも具体的な閾値を示していた事から考えると、技術参考書としての存在意義を失わせる変更と言えます。交通量が多い/少ない、速度が高い/低い、というような曖昧な表現なら道路構造令の条文にも書いてあり、わざわざ解説書を開く意味が無いからです。
しかし、この引用の最大の問題はそれではなく、国交省・警察庁のガイドラインに書かれている分離基準が、(少なくとも表向きには)他ならぬ『道路構造令の解説と運用』(2004年版)のみを参考資料としたものである事(*)、つまり、『解説と運用』と「ガイドライン」が循環参照を起こしている事です(**)。これは使い方次第では、何も無い所から自分の主張に都合の良い根拠を生み出せてしまう、一種の捏造行為に成り得ます。
なお、検討委員会の配布資料には、資料作成者が目にしたはずの、『解説と運用』より情報量の豊かな図がなぜか引用されていないという不審点が有る事が指摘されています(***)。仮にその図が裏の根拠で、『解説と運用』が外向けのデコイだった場合、循環参照問題は解消されますが、今度はガイドライン策定過程の不正疑惑が強まります。
* 作成者不明(2011年12月15日)「第2回 安全で快適な自転車利用環境の創出に向けた検討委員会 資料3 ガイドラインの記載方針(案) 3–1 自転車走行空間整備に係わる計画」p.10に参考情報として道路構造令と『道路構造令の解説と運用』が引用されている。
** 正確には正体不明の「西ドイツの基準」が出発点なので、「西ドイツ基準」→『解説と運用』→「ガイドライン」→『解説と運用』という6の字型の参照構造になっています。
6の字型の参照構造
*** あしプラ管理人(2014年11月27日)「「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」の欠陥(1)-2:整備形態選定の根拠を隠蔽する国土交通省」『 サイクルプラス「あしたのプラットホーム」』