2019年5月14日火曜日

引用を忌避する日本語版Wikipediaのいびつな文化

私はたまにWikipediaの記事に加筆訂正をしているので(*)意識しやすいのかもしれませんが、日本語版Wikipediaの編集者の間には、出典の文章を一字一句変更せずにコピーする「引用」を憚り、何らかの言い換えをする文化があるように感じます。英語版Wikipediaでは原典そのままに文を引用した記事が普通にあり、初めて見たときは軽く驚きました。

* 直近では「US-2 (航空機)」を編集しました。

百科事典にとって最も根本的な引用という部分で、なぜこれほどの文化差が生じているのか疑問でしたが、その一因はWikipediaのガイドライン(絶対ではないが推奨される書き方)の違いにあるようです。



英語版ガイドラインは “Do not include the full text of lengthy primary sources”(長い一次ソースの文章を丸ごと全部は写さないこと)ですが、これに言語間リンクで関連付けられている日本語版ガイドラインは「原典のコピーはしない」で、全く別の趣旨になってしまっています。

英語版ガイドラインは原典をコピーした引用は記事執筆上の前提として認めており、
  • 引用部分が記事の内容と関係があること
  • 引用部分が適切な長さであること
  • 長い原文は適度に要約し、全文は出典へのリンクを貼って参照してもらうか、(著作権が無い場合は)Wikisourceに置くこと
など、具体的な引用方法について指針を示しています。

対して日本語版ガイドラインは、2014年7月以前の版
原典からの丸写しは避けてください。自分で新たに書き起こした、自らが著作権を保有する文章表現を持ち寄るのが、ウィキペディアの原則です。
の一点張りで、法律上認められている引用まで禁じているかのように読めます。

同ガイドラインのノートでは、正当な引用部分まで削除する編集が一部の記事で行なわれていると指摘されており、その後、誤解を避けるための注意書きがガイドラインに追加されました:
※このガイドラインは引用を禁じたものではありません。引用された文章をこのガイドラインに基づいて削除しないでください。
しかし修正後のガイドラインも全体としては依然として「禁止」色が濃く、さらにもう一歩踏み込んだ書き直しが必要だと感じます。前述の提案をした編集者も、
この方針は極めて誤解を招きやすいものになっているため、題名の変更と、量・範囲が問題であること、英語版に存在しない"検証可能性との関係"は削除するか、丸写し・剽窃をしないということを中心に書き直すこと、また引用に関する明記など大幅な改訂が必要
指摘しており、暫定状態が放置されているのが現状と言えます。

なぜ「引用禁止」の誤解が有害なのか

前述のように日本語版Wikipediaでは、「原文を一字一句変えずコピーするのは禁止」という誤解ルールを回避するためか、言い換えを加えた上で資料を利用する例が多々見られますが、文意を保ったまま言い換えるのはかなり高度な言語力が要る作業で、意図せず情報を歪めてしまいがちです。難易度の高い伝言ゲームをしているようなものですね。百科事典の存在意義の一つが正確な知識の共有であるなら、これは本末転倒です。

それに、Wikipediaは誰もが編集に参加できることが大きな強みのはずです。興味関心が異なる多様な人々が事典の充実に関われるという利点を十全に活かすなら、誤解を解いて伝言ゲームの難易度を下げるべきでしょう。