2019年5月28日火曜日

日本で狭すぎる自転車道が作られ続ける理由——設計基準の日蘭比較付き

大井埠頭中央海浜公園横の品川区道 準幹線35号に整備されつつある自転車道が2.0m幅(交差点手前は1.5m幅)という狭さで批判が巻き起こっています。



東京・亀戸の京葉道路や岡山の国体筋で散々批判され、2.0mでは足りないことが既に分かっているのに、なぜこうした自転車道の整備が繰り返され、税金が無駄に溶かされてしまうのでしょうか。それも今回は総幅員30mという広さの道路で!

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改めて関連資料を漁ったところ、自転車道の詳細な設計基準が45年間も見直されることなく放置されてきたことが原因の一つとして浮かび上がりました。



道路構造令

まず基本をおさらいすると、自転車道の幅員について道路構造令10条3項は、
自転車道の幅員は、二メートル以上とするものとする。ただし、地形の状況その他の特別の理由によりやむを得ない場合においては、一・五メートルまで縮小することができる。
と下限値だけを示しており、それ以上の幅については同条5項で、
自転車道の幅員は、当該道路の自転車の交通の状況を考慮して定めるものとする。
と注釈を加えています。しかし具体的にどのような状況(通行台数、速度分布、追い越し・すれ違いの発生頻度など)で何メートル幅にすべきかという客観的な基準は無く、個々の実務担当者の裁量に委ねられているように見えます。

知識と経験と使命感に乏しい設計者なら、確たる根拠なく広い自転車道を作ってしまうよりは、明確な数値規定のある最低幅で作ろうとするだろう、というのが今までの私の推測でしたが……


道路構造令の解説と運用

この10条5項について『道路構造令の解説と運用』(p. 235) の説明を読むと、
幅員2mの自転車道の交通容量(2方向)は,「自転車道等の設計基準」(昭和49年3月5日都市局長・道路局長通達)によれば1,600台/時であり,計画交通量がこれを超える場合は,計画交通量に応じ適切な幅員とすることが必要である。
と書いてあるではないですか。基準通りなら、2.0mを超える幅員が実現するのは1時間に1,600台超の自転車の通行が見込まれる環境だけということになりますが、これは凄まじく高いハードルです。

具体的にイメージしてみます。都市部で自転車道が設置されるのは大抵、信号機のある幹線道路ですから、自転車の流れは信号サイクルによって断続的に遮られます。1,600台の自転車は1時間に均等に分布するのではなく、赤信号で堰き止められていない時間に集中するはずです。仮にそれを30分間とすると、自転車が流れているフェイズでは1分間に53.3台、ほぼ毎秒1台という驚きの高密度運転です。ユトレヒトやコペンハーゲンならともかく、東京でそれほど引っ切り無しに自転車が走っている場所があるでしょうか? 車の少ない商店街ではなく、幹線道路ですよ?


幹線道路の自転車交通量

道路交通センサス(現時点の最新版は2015年)を見る限り、都内の国道、都道で自転車交通量が1,600台/時を超えた調査地点は一箇所たりともありません。昼間12時間合計でやっとポツリポツリと出てくる程度です。

23区内と区外それぞれで特に台数の多い調査地点を取り上げると、
で、やっと閾値の半分に届こうかという水準です。

道路構造令は交通実態に応じた柔軟な設計を求めているように見えて、実際は2.0m幅の自転車道だけ整備していれば良いという暗黙のメッセージを発しているわけです。


普通品質の自転車道は属人的なレア作品

もちろん2.0m超の幅員での整備が不可能というわけではありません。整備事例の中にはごく稀に基準より広い幅員のものもあります:
個人的な印象を言えば、双方向通行の自転車道として特に不満なく快適に使えるのは、幅2.5mからです。そんな普通の(であってほしい)自転車道が、知識と熱意のある一握りのエンジニアの手からしか生み出されないというのは、かなり残念な状況です。

能力の高低に関わらず誰でも一定以上の水準のインフラが作れるようにするのが設計基準の存在意義ですよね。なのに、普通レベルのインフラは属人的なレア作品で、設計基準は劣悪なインフラを蔓延させる方向に働いてしまっている。税金と空間資源を無駄遣いし、自転車道に対する世間の悪評を強めてしまう。そんな設計基準は早急に改訂すべきでしょう。


日本とオランダの幅員基準の比較

最後に日本の自転車道の幅員基準をオランダの現行の設計マニュアルの基準と比較します。グラフ下部にも書き込んだ出典はオランダがこちら日本がこちら

薄いオレンジ色の部分は幅員基準が範囲指定であることを意味する。

圧倒的ですね。日本が自転車に対してどれほど空間を出し惜しみしているか、よく分かります。グラフの左端で既に0.5mの差が付いていますが、そこからさらにオランダが急激な伸びを見せ、日本に2倍以上の差を付けています。だいぶ遅れて日本が3.0mと追い上げを試みますが、現実の交通量に照らせば試合終了後の足掻きと言って良いですね。

なお、日本を1,600台/時で突然1.0m跳ね上げる形に描写したのは、「自転車道等の設計基準」が自転車道の幅員を通行帯(1.0m幅)単位で考えているからです。同基準が定められた1970年代は車道設計が「幅員主義から車線主義へ」と大転換した時期で、自転車道の基準もその一大ムーブメントに乗ったのでしょうが、乗り物としての性格が違いますし、1.5 m + 1.5 m = 3.0 m の2車線自転車道を「3車線」と呼ぶのは無理があるでしょう。