なぜどれも判で押したように幅員が2.0mなのでしょうか。
国内でいち早く自転車道を整備した
国交省・岡山国道事務所に訊いてみたところ、
どうやら道路構造令に根拠を求めているようです。
その是非を、岡山・国体筋の自転車道で考えてみました。
1. 自転車道整備の背景
まずはその自転車道が整備されるに至った背景事情から。
国道53号、通称「国体筋」の岡山駅付近から岡山大学付近までの区間は、
沿道には学校施設や病院等が多数立地し,
自転車通行量が最大 6,800 台/12 hと多く,
以前から自転車と歩行者の輻輳が問題となっていた。(*1)
という交通実態が有るようです。
(「輻輳」っていうか「錯綜」じゃないかな……。)
*1「岡山市内国道53号の自転車道利用促進に向けた交通社会実験」
寺崎健雄、内海宏臣、大石学、宇都宮裕樹、阿部宏史 (2008)
実際、2011年7月に撮影されたStreet Viewでも、
岡山大学付近の交差点では自転車がたくさん写っています。
Google Street View より
撮影地点 34.681603,133.92068
撮影地点 34.681603,133.92068
撮影年 2011年7月
同上
このような背景も有って、道路を管理する
国土交通省の岡山国道事務所は、
2005年、岡山国体の開催に合わせて
道路の片側に自転車道を設置しています。
自転車道と言えば東京都江東区亀戸のものが有名ですが、
亀戸の自転車道は供用開始が2008年なので、実は岡山の方が先です。
2. 岡山の自転車道の構造
さて、そんな岡山の自転車道ですが、
元から有った広い歩道上に自転車通行帯をペイントするのではなく、
車道を削って自転車道を設置するという画期的な手法が採られています。
(その判断の後ろには、岡山大学・地域環境計画学の
阿部教授の功績が有ったようです。)
Google Street View より
(撮影地点は画像のファイル名を参照)
歩道と自転車道が縁石と植栽で構造的に区分されている。
歩道と自転車道が縁石と植栽で構造的に区分されている。
同上
沿道の駐車場の出入り口付近では
植栽ではなく縁石により歩道と区分。
植栽ではなく縁石により歩道と区分。
見通しの良さが確保されている。
同上
歩道が広いので、歩道上に駐輪しても通行の障害になりにくい。
日本では路上駐輪は美観の面で眉を顰められがちだが、
小規模の駐輪場が分散して存在し、各店の目の前に停められるというのは、
実は商店街として理想に近く、オランダでは積極的に取り入れられている。
日本では路上駐輪は美観の面で眉を顰められがちだが、
小規模の駐輪場が分散して存在し、各店の目の前に停められるというのは、
実は商店街として理想に近く、オランダでは積極的に取り入れられている。
3. 自転車の通行量
ただし、この自転車道は自転車の通行量に対して
幅員が狭すぎるという問題点が有ります。
自転車道が整備された直後(2005年)の調査(*2)では、
歩行者・自転車それぞれの通行量は、昼間12時間(両方向)で、
区間2(清心町交差点〜運動公園前交差点の東側区間)(引用元の記述を元に要約)
歩行者 457人
自転車 3554台
区間3(運動公園前交差点〜岡大入口交差点の東側区間)
歩行者 162人
自転車 4739台
*2 「岡山市内国道53号線における自転車道整備効果の検証」
阿部宏史、崎大樹、岩元浩二、冨田修一 (2009)
と、トラフィックの大部分は自転車でした。
グラフ化するとこうなります↓
(*2の論文の記述を元に作成)
圧倒的ですね。
しかし、車道を削って設置された自転車道は2m幅に過ぎず、
Street View
歩道の広さに対して自転車道の狭さが目立ちます。
4. 自転車道の利用率
実際、自転車道を通行する自転車の割合は、
整備後の2007年の調査(*3)によれば、
地点Aの両方向の平均 16.7%
地点Bの両方向の平均 20.0%
地点Cの両方向の平均 20.0%
(07:00から19:00の平均。引用元の記述を要約した。)
であり、自転車道の通行を促す標識などを設置した後の
2009年時点の調査(*3)でも、
地点Aの両方向の平均 34.8%
地点Bの両方向の平均 33.2%
地点Cの両方向の平均 33.2%
(07:00から19:00の平均。引用元の記述を要約した。)
と、かなり低調で、自転車道の整備後も
歩道を通行する自転車が全体の2/3ほどを占めているようです。
*3 「岡山市内国道53号における自転車道利用促進のための施策と効果」
寺崎健雄、田中淳 (2010)
5. 自転車道を走らない理由
同論文(*3)が示すアンケート調査結果では、
自転車利用者が自転車道を使わない理由として、
岡山大学の学生は、
- 朝夕は交通量が多いため歩道を走行
- 前に自転車が走行していると、自分のペースで走行できないため、
追越しができる歩道を通行- 友人と一緒に移動する際には、並列して走行できる歩道を通行
- 自転車道通行中、対向が 2 列で並走してくると歩道へ移動
- バス停や交差点部で一旦歩道に上ると
そのまま歩道を通行することが多い- 特に意識せず、通行しやすい方を通行
一般の自転車利用者は、
- 意識して自転車道を通行することが多くなった
- 沿道に用事がある場合には、手前から歩道を通行
- 案内板や路面標示は知っているが、歩道の方が走りやすい
- 学生の通学はスピードが速く、その流れに乗れないため歩道を通行
- 自転車道と歩道の舗装が同じで走りやすさに
違いがないため、自転車道を通行する必要性を感じない
という理由を挙げており、
自転車道が狭くて追い越しやすれ違いに困難が有る一方、
歩道は十分に広くて快適に走れる事が、
自転車道の利用が低迷する原因の一つのようです。
実際、その事を明示的に指摘する論文(*4)も有ります。
現況調査から自転車道利用低迷の要因として、以下の(1)〜(4)を整理した。
(1) バス停や交差点前後の自転車道進入箇所の道路構造
(2) 自転車道を案内する標識や路面表示の不足
(3) 自転車・歩行者通行量と自転車道・歩道幅員のバランスの悪さ
(4) 沿道施設の商品陳列や違法駐輪による通行障害など利用者モラル
(同論文の著者らは、これらの認識に基づいて
自転車道の構造を改良する実験を行なっていますが、
改良メニューの中には「自転車道の拡幅」は含まれていません。)
*4「岡山市内国道53号の自転車道利用促進に向けた交通社会実験」
寺崎健雄、内海宏臣、大石学、宇都宮裕樹、阿部宏史 (2008)
6. 整備前の通行量
では、自転車道を計画していた段階では
もっと自転車が少なかったのかというと、
先に挙げた論文(*2)に拠れば、
(*2の論文の記述を元に作成。2001年時点での調査結果。)
と、やはり以前から自転車が圧倒的に多かった事が分かります。
以上から、岡山の自転車道の構造は、
設計段階から既に問題を含んでいた事が分かります。
7. なぜ狭い自転車道を作ったのか
ではなぜ、このような狭い自転車道を作ってしまったのでしょうか。
国土交通省・中国地方整備局の岡山国道事務所に訊いてみました。
以下に回答を転載します。(原文に適宜改行を加えています。)
現在、歩道部分の横に自転車専用の通行部分
(以下、「自転車道」といいます。)を追加設置する形で
整備していますが、自転車道を整備するにあたっては、
既存歩道の地下部分に既に電線共同溝が整備されており、
併せて設置された電線共同溝の地上機器(変圧器等)の取扱いが
自転車道を設計する際の条件となりました。
自転車道の幅員を広く設計するためには、
地上機器の設置位置を歩道側に移し、また、
地下の電線共同溝を1.1kmの区間にわたり
移設することが必要でしたが、その場合、
工事が大規模かつ長期間にわたることが予想されました。
そのため、地上機器の位置はそのままとし、
車道部分の幅員を縮小し、
既存歩道の外側に整備することとしました。
設計の結果、自動車道/*原文ママ*/の幅員は、
道路構造令で規定する2メートルとしました。
なんと、そういう事情が有ったんですね。
地下設備の存在を考慮したという事は、計画当初から
歩道と自転車道に高低差を付けて物理的に分離する事が
決まっていたという事でしょう。これは画期的な判断です。
普通なら、元から広かった歩道に線を引いて、
こっちは歩行者、そっちは自転車ね
と言って済ませるところです。早くて安くて簡単なので。
実際、東京都の都道ではこの手の整備事例が急増しており、
その煽りで自転車はますます車道を走りにくくなっています。
ただ、岡山は元々かなり広かった歩道をそのまま温存したため、
自転車道との幅員バランスが崩れてしまったようです。
8. 「2m」の根拠
岡山の自転車道で惜しい点は、
車道を潰してまで作ると決めた自転車道を
2m幅にしてしまった点です。
広い歩道と比べてアンバランスなだけでなく、
自転車道単体として見ても、追い越しやすれ違いが困難な
(少なくとも利用者が心理的に負担に感じる)幅員です。
この2mの根拠として、回答は道路構造令の名前を出しています。
(断定は避けていますが。)
ところが、(2013年8月10日時点での)道路構造令には
自転車道の幅員を2mにせよとは書かれていません。
10条3項
自転車道の幅員は、二メートル以上とするものとする。
ただし、地形の状況その他の特別の理由により
やむを得ない場合においては、
一・五メートルまで縮小することができる。
あくまで「2m以上」であって「2m」一択ではありません。
(その「2m」という数字も、机上の空論で適当に決まったもので、
何ら科学的な根拠が無いのではないかと私は疑っています。
これは過去の記事でも指摘しました。
)
それどころか、同条の続きにはこんな事も書いてあります。
10条5項
自転車道の幅員は、当該道路の
自転車の交通の状況を考慮して定めるものとする。
3項と合わせて考えれば、2mは最低水準で、
交通量次第では3.8mとか5.2mも有りだよって意味です。
(オランダの事例も参照。)
9. 車道との兼ね合い?
岡山は道路構造令の意味を理解できなかったのでしょうか。
それとも、車道との兼ね合いで2mが精一杯だったのでしょうか。
Street Viewで見ると、
車道外側線と自転車道の縁石の間に余白が有ります。
この空間は車の風圧から自転車を守る緩衝地帯としても機能しますから
丸っきり無意味とは言えません。
しかし、縁石と白線の組み合わせでは車が縁石ギリギリまで
寄れてしまうので、緩衝帯としての機能は不十分です。
確実を期したなら、オランダの自転車道のように
一段高くなった安全地帯のような構造にしたはずです。
Street Viewより
Amersfoort の Barchman Wuytierslaan 通り
(ちなみにオランダでは自転車の並走が法律で認められています。)
(ちなみにオランダでは自転車の並走が法律で認められています。)
という事は、やはり岡山は
道路構造令の2mという部分だけを読んで早合点し、
自転車道の幅員を決定したのかもしれません。
10. 増殖する誤解
「2m以上」を「2m」と誤解したと思しき例は、
岡山以外の自治体にも散見されます。
東京都調布市「自転車施策の検討」2010年10月21日
(オリジナルのファイル名は不明。PDF文書のタイトルは
Microsoft Word - ⑤101001資料2-2_自転車施策.doc)
p.18(ノンブル基準)
いずれもやむをえない場合における幅員であり、
望ましい幅員は自転車道 2m(道路構造令:やむをえない場合 1.5m)
千葉県我孫子市「3-4幅員構成の検討」2008年5月30日
(これもオリジナルのファイル名が不明。PDFもuntitled)
p.28(ノンブル基準)
自転車道を単独で設置する場合は、
道路構造令によれば原則として幅員2m、
やむをえない場合には 1.5m必要です。
どちらも「2m以上」の「以上」が抜けています。
この他、実際に整備された自転車道、
歩道上の自転車通行帯でも、
自転車の通行量や歩道の幅員とは無関係に
一律に2.0m幅で整備されている事例が見られます。
例
山手通り(渋谷区)
山手通り(新宿区)
京葉道路(江東区)
永代通り(江東区)
荒川河川敷の通行区分実験(足立区)
いずれにせよ、誤解の背景には道路構造令の
文章上の問題が有ると考えられます。
例えば、「二メートル以上」ではなく
「少なくとも二メートル」と書くべきでしたね。
また、そもそも日本の道路関係者は依然として車中心の発想で、
自転車にはあまりスペースを割きたくないと考えている節が有りますから、
最初から「2m」なんて小さな数字を出したら駄目です。
例えば、5.2mを標準としておいて(数値は適当)、
交通量が少ない場合に限り3.5mにして良いとか、
自転車道が一方通行で、且つ自転車の速度の分散が極めて小さく
追い越しが発生しない場合に限り1.8mまで縮小して良いなど、
幅を狭める方向に対して条件を設けるべきでした。
11. それって本当に「自転車道」?
最後におまけ。
道路交通法では、道路に「自転車道」が有る場合、
「普通自転車」には「自転車道」を通行する義務が課されます。
(63条の3)
この規定に基づくと思われる記述が、
先に挙げた論文(*3)の中にも見られます。
また、平成20年度の社会実験前に実施されたアンケートでは、
回答者の83%が
原則として自転車は自転車道を通行しなければならない
ということを知らないと回答していた。
これは一般論としては大体合っています。
*3 「岡山市内国道53号における自転車道利用促進のための施策と効果」
寺崎健雄、田中淳 (2010)
しかし、岡山の自転車道に限って言えば間違いで、
あれは法的に厳密な意味での「自転車道」ではありません。
交差点やバス停の付近で歩道と一体化しているからです。
道路交通法2条1項
3の3 自転車道
自転車の通行の用に供するため縁石線又はさく
その他これに類する工作物によつて区画された
車道の部分をいう。
この件についても岡山国道事務所に問い合わせていました。
以下がその回答です。
国体筋東側の自転車道は
道路交通法上の自転車道に指定されておりません。
また、道路交通法上の指定については
公安委員会において意志決定がなされます。
つまり、岡山の国道53号の(自称)自転車道は、
「自転車道(道交法2条)」ではないので、
自転車は別にそこを走る義務は有りません。
(個人的には、「自転車道」であるか否かは
その構造で自動的に決まるものだと思っていたので、
公安委員会の意思が挟まるというのは意外でした。)
日本ではこのように、厳密には「自転車道」でないものを、
学識経験者までもが「自転車道」と呼んでしまっている現実が有ります。
本物の「自転車道」をほとんど誰も見た事が無いという
特殊事情を考えれば、やむを得ないのかもしれませんが、
この種の誤解が法廷の中にまで入り込んでいるってのは
ちょっとヤバいんじゃね?