2013年7月11日木曜日

『自転車事故過失相殺の分析』の感想 (6)

『過失相殺』感想文シリーズ6回目です。

今回はこまごまとした問題点を拾っていきます。


注意事項
  • 引用部分の中に、原文に無い改行やマーカー着色を加える事が有ります。
  • 事故状況についての情報が限定的なので、本記事での指摘が
    見当違いなものになっている可能性が有ります。


歩道と路側帯の混同

p.193
同国道東端より約1メートル幅の白線をもつて区別された
歩道上の中央よりやや西よりを、

判決文の一部です。
道交法の定義上、これは歩道ではなく路側帯ですね。

道路交通法 第2条
二  歩道 歩行者の通行の用に供するため
縁石線又はさくその他これに類する工作物
によつて区画された道路の部分をいう。

三の四  路側帯 歩行者の通行の用に供し、
又は車道の効用を保つため、歩道の設けられていない道路
又は道路の歩道の設けられていない側の路端寄りに設けられた
帯状の道路の部分で、道路標示によつて区画されたものをいう。

裁判官のこの誤解については本書も指摘しています。

p.195
もっとも、本件において「国道東端より約1メートル幅の
白線をもって区別された歩道」という判示から見ると、
道路交通法上の「歩道」ではなく「路側帯」ではないのか
という疑問もある。「路側帯」については自転車の走行が
原則として認められることになるので(道交17条の2)、
仮にそうだとすれば、被害者の過失相殺率は、
やや増加させることもできるであろう。

判決を左右し得る誤解じゃないですか。
なんで裁判中に誰も異議を唱えなかったんだろう。


ところで、上の判決文に
「約1メートル幅の白線」ってのが出てきました。
どんだけ太いんだよ。

正しくは、
「約1メートル幅の、白線をもって区別された歩道」
か、
「白線をもって区別された約1メートル幅の歩道」
とすべきです。

句読点の使い方も分かってないし、語順にもまるで無頓着。
これが裁判官の文章力か……。



自転車道の誤認定

p.260
本件事故は、別紙図面のとおり、交通頻繁な
国道2号線の南側の自転車道におけるものであり、
右自転車道は巾約2メートル、その側の歩道は巾約4メートル
……であり、自転車道はレンガ色で、歩道部分はベージュで、
両道に段差等はない。

/*中略*/

なお、原告は前記レンガ色が自転車道を意味することは知らなかった。

兵庫県西宮市和上町4番15号先 国道2号線

ここですね。

事故現場のガス器具店の前は自転車道に見えなくもないですが、
同じ地点から右を振り向くと、

street view 撮影は2012年4月

なんだ、ただの自歩道か。

(舗装や標示が真新しく見えるので、
事故当時とは変わっている可能性も有りますが。)


道路交通法 第2条
三の三  自転車道 自転車の通行の用に供するため
縁石線又はさくその他これに類する工作物によつて
区画された車道の部分をいう。

本件現場は、少なくとも2012年の写真で見る限り、
工作物によって区画はされていますが、「車道の部分」
ではなく「歩道の部分」なので、道交法が定義する
「自転車道」には当たりません。

こういう「自転車道もどき」を自転車道だと
誤認している判例が他にも出てきます。

上の判例に対しては本書の論評が
誤認の可能性を指摘していますが、

p.260
日本では、自転車道が整備されていないこともあって、
自転車道上における事故類型は本件以外には発見できなかった。
また、本件では、自転車道と認定されているが、
歩道上の普通自転車通行指定部分(道交63条の4第2項)
と類似する形状となっている。

p.326の判例では何ら指摘が無く、

大阪市東住吉区中野1丁目14番22号先 路上

p.317の判例に至っては、

大阪市生野区小路東1丁目5番26号先 路上

pp.318-319
自転車道があるのにそこを走行せず、
車道を走行した
事実は重視されていないようである。

と、判決に対して甚だ不適切な論評をしています。
だからそれは自転車道じゃないっつーの。 

なまじ法律(道路交通法63条の3)が
自転車に「自転車道」の通行義務を課している以上、
こういう誤解は悪質極まりないですね。

「自転車道もどき」が絡む事故の場合は、
弁護士や裁判官の無知の所為で
謂れの無い過失を被せられる事が有るって事ですか。

こわいこわい。



ところで、国土交通省資料(p.6)では、
2006年時点での日本国内の「自転車道」は
総延長1273kmという事になってます。

でも裁判でこれだけ誤解が有るって事は、
国交省の集計も怪しいもんです。

道交法の定義に合致する正真正銘の「自転車道」は、
実は全国でも数百メートルしか無いのでは?
(亀戸駅前が唯一の実例という疑惑)


2013年7月12日 追記
{
岡山駅近くの国道53号線に自転車道が整備された
との記述を見つけたのでstreet viewで見てみましたが、
単路部分が自転車道で、バス停・交差点付近が
自歩道という不思議な構造でした。

これも純然たる自転車道ではないですね。
法律的な扱いがややこしくなりそうです。
}


「飛び出しとはいえない」

歩行者が家から歩道に出てきたところに、
歩道上を走ってきた自転車が衝突した事故です。

p.196
なお、被告は、原告が歩道上に飛び出した旨主張するが、
通常の歩行の範囲を超えた速い速度で歩道上に出たと
認めるに足りる証拠はない。

事故防止の観点からは、歩行者の歩行速度だけを取り上げて
飛び出しか、そうでないかを議論するのは本質を外しています。

重要なのは、視界に入ってから衝突するまでの
時間的・空間的余裕で、衝突地点の直近まで死角が迫っているなら、
ゆっくり歩いたって「飛び出し」と同じ事です。

このような状況では、歩行者は死角から出る直前に
一度完全に立ち止まり、それから微速で歩み出るべきで、
普通の速度で歩いて出たなら、それはもう過失です。

(もっとも、この判例で問題とされた場所は、
2010年に撮影されたstreet viewを見る限り、
それほど死角の大きい場所ではないようです。
個人宅なので写真は載せません。)


上の判例と同様の「飛び出しとはいえない」発言は他にも、

p.199
原告の移動速度がそれほど大きくはないと認められる
や、

p.201
しかしながら、原告は、特に走ることもなく、
歩いて『公開空地』に出たものである……
の判例に見られます。



自転車通行の可否

広い歩道の中程に並んでいた植え込みの間から
車道の方に向かって出てきた歩行者と、
歩道上の車道寄りを走行していた自転車が衝突した事例。

p.201
そして、本件歩道が自転車通行可能な歩道であったか否かは
判決文上不明であるが、通行不可であれば、
歩行者が飛び出したとしても自転車の過失は大きくなろう。

判決に対する論評ですが、自転車通行の可否を
自転車接近の予見可能性と結びつけているのであれば、
その論理は成立しません。

自転車通行が許可されていたか否かに
判決文自体が触れていないという事実からも分かるように、
世間一般は、自転車は歩道を走るのが当たり前、
許可の有無なんて関係ないと考えていると推測できます。
(少なくとも本件事故発生の平成13年時点ではそうでしょう。)

これは次の判例からも明らかです。
歩道の真ん中に立ち止まって携帯電話で通話していた歩行者に、
その背後から自転車が衝突したという事故です。

p.210
本件歩道が自転車通行可能であったか否かについては不明である
原告も被告も主張していない)が、通行不可の歩道であれば、
そのこと自体で過失相殺をしないという判断も可能と思われる。 

では、論評の意図した論理が、
自転車が通行禁止の場所を通行した事を以て
全面的に自転車に非を押し付ける
というものだった場合はどうか。

これは歩行者保護の観点からは合理的ですが、
  • 自転車にとって歩道に代わる安全な通行環境が無い
  • 自転車に対するドライバーの攻撃行動が間々見られる
という状況が依然続く日本の道路事情を鑑みれば、
本書の過失相殺の議論は乱暴すぎると言えます。



自業自得

レンタルビデオ店の従業員が店から歩道に出た時、
同店が歩道上に設置していた看板が死角になって、
歩道を走行してきた自転車と衝突したという事故です。(p.206)

大阪府大阪市浪速区敷津東2丁目5番16号先 歩道

判決では自転車にも過失が認定されていますが、
傍目には、同店が不適切な位置に看板を設置した事も
事故要因として相当大きく、店側の自業自得に思えます。

裁判にはレンタルビデオ店の経営者が
原告補助参加人として参加していますが、
看板設置に関しては何のお咎めも無し。

判決に対する本書の論評も看板についてはスルーしています。



勾配の単位を混同

急な下り坂で発生した事故。
図中では車道部分に「傾斜角 約6度」と書かれています。(p.266)
ところが判決文では、

p.267
本件道路は、南北方向の道路で、南に向かって
6%の勾配がついた上り坂になっており、

あれ、勾配の単位が「度」から「%」に
変わってますね。この二つは大違いです。

  • 度 斜面が水平面と為す角度
  • % 斜面を100m進んだ時に何m上がるか(下がるか)

最初の図に書かれている「約6度」を%に直すと、
約10.5%です。判決文の倍近い急勾配です。

実際、現地はどうなっているかというと、

大阪府高槻市中川町5番30号

うわ、自転車降りて押してる。
地形的にも、芥川の水面と近いレベルの市街地から
川の堤防に向かって急なスロープとなっている箇所です。
これは10.5%なんじゃないかな。

単位間違いによる事実誤認ですが、
本書の論評も間違いを指摘してません。



「道路」=「車道」

日常会話で「道路」と言えば「車道」を指す事が多いようですが、
道路交通法では、これとは違う定義を用いています。
しかし裁判官は意味の違いに気付いていないようです。

p.292
……道路は歩車道の区分はないが、
道路左右に0.6メートルの路側帯が
設けられており、道路の幅員は、3.9メートルである。

StreetViewで事故現場付近の横断歩道を見ると、
左右の車道外側線の間にゼブラの白帯が5本入っています。


白帯の幅は450mm、帯と帯の間隔も450mmなので、
車道外側線の間(正確には車道外側線の幅も除く)が
3.9mという事になります。

「道路の幅員は、3.9メートル」という判決文は間違いです。
しかし、本書の論評はこの間違いを指摘していません。


道交法第2条
三の四  路側帯 歩行者の通行の用に供し、
又は車道の効用を保つため、歩道の設けられていない道路
又は道路の歩道の設けられていない側の
路端寄りに設けられた帯状の道路の部分で、
道路標示によつて区画されたものをいう。

まあ、この定義文もどうかとは思います。
主要部後置型の日本語の弊害が全開なので。
誤解を避けるためには、例えばこう書くべきでした。

路側帯
道路の部分。道路標示によって帯状に区画される。

以下のいずれかの箇所の路端寄りに設けられる。
・ 歩道が無い道路
・ 片側にしか歩道が無い道路の、歩道が無い側

以下のいずれかの目的で設置される。
・歩行者を通行させる事
・車道の効用を保つ事

なお、「道路」を「車道」と誤解したと思しき記述は
本書の他の箇所にも出てきます。(後述)



両足が地面に着くか

小学生対象の自転車安全教室では、
両足が地面に着く高さにサドルを調整しましょう
などと教えているようですが……。


pp.293-294
被告は自転車を止めて両足を地面に着けることができたことは、
前記認定したとおりであるから、地面に両足を着けつつ
ブレーキをかけて止めることは十分可能であった

は? 靴ブレーキって事?
それで制動距離が縮まると思ってるんでしょうか。

仮に靴底のゴムが自転車のタイヤと同等の
高い摩擦係数を持っていたとしましょう。

それでも、タイヤは転がりながら僅かな滑り率で
路面をグリップできるのに対し、靴ブレーキでは
地面と靴の相対速度が基本的に自転車の速度と同じですから、
動摩擦係数はかなり小さくなると考えられます。

しかも、靴を接地させれば、その分タイヤに掛かっていた
荷重が減少しますから、タイヤの摩擦力は減少します。
つまり、タイヤが許容できる制動力の上限が低下するわけです。

雨天などで自転車のブレーキ装置の制動力が
低下していたならともかく、

p.292
右道路は、本件事故当時、アスフアルト舗装され、
平坦で乾燥していた。

(これも酷い語順。事故当時の道路が
舗装作業中だったようにも読めます。)

のだから、本件の状況下で最大の制動力を得られる操作は、
裁判官の直感に反して、

両足をペダルにしっかり載せ、
ブレーキレバーを握り込む

というものだった可能性が高いです。

(実際は、接地面積と荷重と摩擦力の関係が
必ずしも単純な線形ではないので、
実験で確かめないと分かりません。)

一方、自転車のサドルを足が着かない高さにしていた事を
過失として認定している判例も有ります(p.332)。

確かにこの事例では、サドルが高すぎた事が、
咄嗟に急停止した原告が自転車ごと
倒れてしまった一因だと考えられます。

しかし、上の「靴ブレーキ」の判例からは、
高いサドルを無条件に危険と見做す
論調が有るように感じられます。


参考 西嶋法務事務所のwebページ
サドルが高く地に足が届かない場合などの
自転車運転者の身体とのサイズ不一致による
「不安定走行」は、……


スポーツ自転車の乗り手からすれば、
サドルを身体に合わせた適正高さにしているだけで
過失認定を食らう可能性が有るって事です。

実際は、別に地面に足が着かなくても、
止まる時にサドルから腰を下ろす動作を
習慣付けていれば危険ではないんですが、

サドルの低いママチャリがあまりにも蔓延している所為で、
自転車の正しい降り方を知らない人が多数派になり、
「足が着かない=危険」という固定観念が
定着してしまっているのだと考えられます。

乗り手は、スポーツ自転車が一般人の常識からかけ離れた
異文化の乗り物である事を自覚して臨まないと、
裁判で意図せず不利になるかもしれないという例ですね。

実際、そういう異文化摩擦とも言えるような
判例が有りましたが、それはまた別の記事で。



歩道の「逆走」

p.323
Bは、赤信号違反は認めつつも、停止線がないので
ゆっくりと通行した、これに対して、Aには、
道路右側に設けられた歩道を走行した重過失がある
主張していた。

p.322
原告車が進行方向に向かって右側である本件歩道を
通行していたことは、前記認定のとおりであるけれども、
一般には、自転車が通行を許されている歩道においては、
道路の右側を通行する自転車が間々見られることも事実であって、
その存在を予見することは決して困難であるとはいえない。

ちょっと待って?
歩道に逆走も何も無いよ?

判決文がこれでは、まるで道路右側の歩道の通行が
違法だと認めているようなものじゃないか。



誤植

p.344 左 下から8行目
「許さていない」



道路管理者の責任

公園から下ってきたスロープが歩道と接続する箇所で
起こった自転車同士の衝突事故です。

東京都練馬区光が丘3丁目7番9号先


p.364
本件現場は、見た目にも傾斜の度合いの強いスロープであり
(証拠略)、スロープ上方の入口付近には、東部公園管理事務所名で
『危険です(スリップ)自転車はおりて下さい』との
コンクリートの足のついた警告版が設置されている(証拠略)。

スロープの両脇は生垣となっており、交差する光が丘大通りの
歩道(以下、『本件歩道』という。)の左右の見通しは
極めて悪い(証拠略)。

スロープの下方の本件歩道に接する付近には、コンクリートの
足つきの車止めの鉄柵(足の長さ約65センチメートル)があり、
スロープを下りて歩道に出るか、または歩道からスロープに
進入するには、右鉄柵の左または右を通り抜けなければならない
(証拠略)。

こういう箇所では、通行者の動線を左右する柵は
慎重に位置決めしてほしいところですが、
管理者は得てして無神経に設置しがちです。

事故現場では柵を中央に置き、通行者の動線を左右に分けています。
これがまさしく、通行者を死角に誘導する形になっています。

この事故裁判でも柵の設置・管理者の責任は
一切問われていませんが、柵をスロープの左右に設置し、
動線をスロープの中央に誘導していれば
防げた可能性の有る事故でした。



左側追い越し

先行する自転車の左側を後続の自転車が
追い越そうとしたところ、先行車が合図無しに
左折を始めて衝突した事故です。(p.395)

判決でも本書の論評でも、なぜか後続車の追い越し方法違反
(道路交通法28条1項)を指摘していません。

車両は、他の車両を追い越そうとするときは、
その追い越されようとする車両
(以下この節において「前車」という。)
右側を通行しなければならない

同様の事故形態・判例・論評のセットが他にも
p.397とp.399に見られます。
いずれも追い越し方法の違反は無視されています。

これに関連して、本書は第2章で、

p.18
また、道路交通法28条は、歩道又は路側帯における
追越しには適用されない(道交16条・17条4項)。

と書いていますが、これは大嘘です。
道路交通法の16条(の1項)は、
28条を含む道交法第3章の通則で、

道路における車両及び路面電車の交通方法については、
この章の定めるところによる。

と書いていますが、これは「車道」外での
交通方法を除外するものではありませんし、
17条4項は単に左側通行を定めたもので、
追い越しとは関係ありません。

おそらく本書の執筆者の誰かが、
16条の「道路」を「車道」の意味に誤解したのでしょうが、
こういう間違いは本当困ります。



その他

本書で取り上げている判例の中に
「(原文ママ)」と注記された箇所が結構出てきます。

助詞の「は」と「に」を間違えているとか、
当事者の進行方向の東向きと西向きを取り違えているとか、
原告と被告が入れ替わっているとか(!)。

判決文と言っても、結構間違いが有るものなんですね。



その他2

2013年7月12日 追記

本書では第2章で自転車・歩行者に関係する
交通法規の解説をしています。

解説の中で、
自転車は車両通行帯の中のどこを走っても良い
という、ほとんど知られていない18条1項の規定を
紹介している点は高く評価できます。

しかしその一方で、
追い付かれた車両に課される二つの義務
  1. 後続車に追い越されるまでは加速してはならない
  2. 後続車に道を譲るために道路の左端に寄らなければならない
の内、前者については車両通行帯の有無が関係ない事を
明記しているのに、後者の条件については何も書いていません。
(法規定では、車両通行帯が有る場合は左端に寄る必要は無い。)

なんだかアンバランスな記述ですね。

また、〈追い越しは右側から〉ルールが本当は
道路全域で効力を発揮するのに、法を誤解して、
歩道・路側帯は除外されると書いているという
問題点も有ります(先述)。