信じられないほどの簡潔さ。
法律がこんなに読みやすくて良いのか!
ちょっと日本の道交法と比較してみましょう。
どちらも歩行者の通行方法を規定した条です。
オランダの「交通規則と道路標識の規則」第4条
簡潔を極めた表現。第1項を英語に逐語訳すると、
Pedestrians use the sidewalk or the footpath.
(歩行者は歩道か歩行者道を使う。)
これだけです。たったの7語。
オランダ語の学習を始めて2週間の私でも読めます。
日本の「道路交通法」第10条
一方の日本は、第1項だけで147文字です。
長いばかりか、文章の構造も複雑に入り組んでいます。
大人でも読めない。
そこで、これを普通に読める日本語に翻訳する事にしました。
今回はとりあえず翻訳の指針を立てる事にします。
指針を作る上で、こんなものをヒントにしました。
- 自分で原文を読んでいて分かりにくいと感じた箇所
- 道交法に関して世間に蔓延る誤解や曲解
分かりやすい文章表現についての先行研究も有ります。
例えば、災害時の外国人への情報提供を目的とした
「やさしい日本語」のガイドラインがかなり使えます。
なお、今回作った指針は、
「これに違反すればするほど、
訳した文は読みにくくなり、
誤解されやすくなるだろう」
という程度のもので、「規則」というより「評価尺度」に近いです。
なので、或る程度は破られる事を前提に作ってあります。
Optimality Theory で使う constraint という発想のパクリです。
-----
語句レベルの指針
1. 普通の語句を使う
法文に特有な用語や表現を使わない。
2. 普通の意味で使う
普通の語句であっても、法文特有の意味では使わない。
3. 正確な定義をする
用語が必要な場合はその定義を書く。
定義には重複や漏れや曖昧さが無いようにする。
4. 意味を間違いやすい語句を使わない
字面が似ている用語を使わない。
幾つかの意味に取れる語句を避ける。
- 「車両」と「車両等」
- 「軽車両」と「軽自動車」
- 「その他」と「その他の」
- 「注意する(用心・忠告)」
- 「することができる(能力・状況可能・容認・権利)」
- 「の(同格・主格・対格)」
文章レベルの指針
1. 短くする
一つの文は50字以内にする。
従属節は25字以内にする。
2. 理解しやすい順序で情報を出す
一番重要な内容を先に書き、補足的な内容は後に書く。
補足事項は適用範囲が広いものを先に書き、狭いものを後に書く。
旧情報(前の文までで書いた事)を先に書き、
新情報(まだ書いていない事)を後に書く。
指示詞「それ・その・これ・この」などが指す対象は、
指示詞自体よりも前に書く。
(意味的に「その」と補える語句の場合も同じ。)
3. 文の構造を摑みやすいように書く
〈主語+目的語+述語〉をひと塊りに書き、
その間に他の語句を挟まない。
一つの文に二つ以上の述語を入れない。
(「AがBである場合は」だけで既に1つ使っている。)
列挙や条件文を入れ子構造*にしない。
(* { A + (B + C) } のような構造)
係り受け構造の途中に他の紛らわしい要素を挟まない。
(例:「警察署長が政令で定めるやむを得ない理由があると認めて」)
4. 客観的な表現を使う
数値基準や具体的な条件を書く。
主観的な表現の例
客観的な表現の例
- 安全な速度
- 充分な間隔
- 直ちに
- やむを得ない場合
- 20km/h以下
- 1.0m以上
- 0.5秒以内
- 路上に物が落ちている場合
条項レベルの指針
1. 最適な見せ方を選ぶ
文章よりも箇条書きや図表の方が理解しやすい場合は
それらの方法で表現する。
図表も本文の中に配置する。
別表とか言って文書の最後に投げない。
2. たらい回しにしない
関連が深い規定は一ヶ所にまとめる。
「自転車の交通方法の特例」のように
遠く離れた場所にポツンと置かない。
条文中で他の条項を参照する場合は、
番号を頼りにその条項を読みに行かなくても良いように、
大まかな内容を書き添える。
他の条項と組み合わせて理解しないと
誤解や都合の良い解釈をされる恐れがある場合は、
その関連条項を挙げて説明し、誤解の余地を潰す。
3. 「条、項、号」を分かりやすく書く
以下の書式例に従って表記する。
- 1条
- 2条 1項
- 3条 2項 1号
- 4-3条 2項 1号
書式の説明と理由
- 「第」を付けない。
煩雑で重々しいから。- 番号にはアラビア数字だけを使う。
「a, b, c」や「いろは」のような有限の記号を使わせない。
アラビア数字と漢数字の違いに意味を持たせるのは不親切。- 数字単独で書かず、必ず「条」「項」「号」を付ける。
どの階層を指す数字なのか分かりやすいように。- 条、項、号の間にスペースを入れる。
「第」を使わなくても誤解が無いように。
(古典では序数詞を「巻一」などと表現するので。)- 一つの条に複数の項が有る場合でも「1項」は「1項」と書く。
引用する時に便利なので。- 条の枝番号はハイフンで繋ぎ、「条」の前に置く。
「25条の2」という表記では 2 が項番号のように見える。
「条」の字を階層区切りと捉えて解釈するのが自然だから。
「25-2条」なら直感的で誤解が無い。
おまけ
以下は私一人の手には余る課題なので
今回の話とは関係ありませんが、
できれば実現してほしい事です。
1. 関連法令の統合
交通ルールは道路交通法だけ読めば全部書いてあるわけではなく、
さまざまな法・令・規則・条例に分散して存在しています。
中には「車両制限令」なんていう、
運転にはあまり関係無さそうな名前の法令も有ります。
道交法の中でも一切言及されていません。
これ、凄く不親切です。
ユーザー視点が欠けています。
原典はバラバラのままでも構いませんが、
一般市民が目にする段階では一つの文書にまとまっているべきです。
運転時に守らなければならない規則という点では、どれも同じなので。
2. 納得できるように書く
一つ一つの条項にも、その意義や根拠、成立背景を書いてほしいです。
法律は守られてなんぼのもんですから、
「何でこんなルールが有るのか分からない」と言われたら負けです。
(成立背景が広く共有されれば、条項が時代遅れに
なった時に変更・廃止しやすいという利点も有ります。)
普段はmoreタグで折り畳んであって、
「根拠を読む」をクリックすると見られるような形が良いですね。