2020年1月27日月曜日

渋谷区道865号の自転車レーンの実態と改善案

千駄ヶ谷小前歩道橋(地図)から見た新国立競技場方向(2020年1月撮影)

最終更新 2020年2月19日

目次




現況の観察


新国立競技場方面

(再掲)

路上駐停車が多く自転車レーンとして十分に機能していません。自転車ユーザーは路駐車両をよけて一般レーンに出た時、車に追突されたり、路駐車両のドアが急に開いて衝突する恐れがあります(脚注1)

自転車レーンの幅員はペイントされた部分だけで約1.5m(側溝の蓋部分も含めれば約2.0m)あり、良心的な方(脚注2)です。


整備前の様子(2015年10月撮影)

整備前も車道端は路上駐停車に塞がれていました。整備後も本質的には変わっていません。


自転車レーンを塞ぐ車、歩道を通行する自転車(2020年2月撮影)

自転車インフラ整備の目的の一つは自転車の歩道通行を解消して歩行者にとっての歩道を安全・安心にすることですが、それを達成するなら相応の質のインフラが必要です。


前方には路駐が立ちはだかり、後方には車が迫る(2020年2月撮影)

車道を走っている自転車ユーザーもいるにはいますが、


整備前の様子(2015年10月撮影)

それは自転車レーンの整備前も同じでした。

問題は、危険な環境をものともせず車道を走れる強いユーザーばかりではないことです。幹線道路を避けているユーザーや、自転車という移動手段自体を敬遠している潜在的なユーザーも含めれば、むしろそちらの方が多数派でしょう。

劣悪な自転車インフラの整備は、そうした弱いユーザーを蹴落としているのと同じです。


歩道上の障害物

坂の途中にある速度抑制ボラード(2020年2月撮影)

自転車レーンの整備以前から歩道には自転車を強制的に減速させるボラードが密集している箇所があります(坂の途中)。まともな自転車通行空間が歩道とは別に提供されていれば、こんな不毛な対策は不要でした。


原宿駅方面

同じく千駄ヶ谷小前歩道橋から見た原宿駅方向(2020年1月撮影)


整備前の様子(2015年10月撮影)

こちらも路上駐停車で車道端が塞がっている状況は相変わらずです。

渋谷区道865号は既に駐車違反の重点取り締まり路線に指定されていますが、それでもこの状況です。また、取り締まりの対象外になる「停車」でも自転車ユーザーにとっては安全上の脅威です。

駐停車需要の旺盛な場所にはそもそも自転車レーンという整備形態が適していないことが分かります。


交差点流入部

千駄ヶ谷小学校交差点の東側流入部(2020年1月撮影)

珍しく自転車レーンが交差点流入部で打ち切られていません。自転車は信号待ちの車列に阻まれず、停止線の直前までスムーズに進めます(路上駐停車が無ければ)。

これにより自転車は信号が青に変わったタイミングでいち早く交差点を通過できるので、左折車や対向右折車との交錯機会が減ります。


整備前は交差点への流入車線が3本だった(2015年10月撮影)


流出部

同じ交差点の反対車線(2020年1月撮影)

流出部も自転車レーンが引かれていますが、やはり路上駐停車に塞がれています。


全区間の実走動画


夜間


2019年9月撮影


2019年9月撮影


昼間


2020年2月撮影


2020年2月撮影


代替レイアウト案

道路を拡幅せずに実現し得る代替デザインを提案します。


現状

作図にはStreetmixというwebアプリを使用(以下同)

自転車と路駐車両が空間競合を起こしている一方、車道中央に余っている空間があります。右折待機する車が交通の流れを妨げないようにと設けられたものだと思いますが、自転車ユーザーや歩行者にその皺寄せを押し付けてまで確保すべきかは疑問です。


代替案(単路A)


既に整備されている自転車レーンをほぼそのまま活かした案です。自転車レーンと一般レーンの境界にゼブラ帯と樹脂ボラードを追加して分離の実効性と安心感を高めつつ、荷卸し機能も残しています。

「自転車レーンが広すぎる」とか「ゼブラ帯は不要」と感じる人もいるでしょうが(脚注3)、レーン内で自転車同士の追い越しができないと車道を走る自転車が出てくると予想されます。


代替案(単路B)


自転車通行空間を片側に集約して幅に余裕を持たせた案です。駐車帯は反対車線の歩道脇ではなく、自転車道の隣に配置しています(脚注4)

区道865号にはあまり適さないレイアウトですが、交差する明治通りでは選択肢の一つに含めても良いかもしれません。

自転車通行空間の幅がこれだけ広いと、大型のカーゴバイクの通行や、自転車同士の並走(脚注5)、追い越しが容易になります。


代替案(信号交差点)


車線幅を少しずつ詰めることで右折車線を維持したまま樹脂ボラードを追加しています。狭い中に無理やりボラードを立てているので、接触の不安感が少しでも和らぐよう、背の低いものを使っています。


単路からの遷移部の大まかなイメージ


代替案(バス停A)


駐車帯を中断して島式バス停に差し替えたレイアウトです。バスの本数が少ないので(都バス早81系統は毎時1〜2本)、ここまでする必要はないかもしれません。


代替案(バス停B)


片側の歩道を抉り取って自転車レーンを沿道側にオフセットし、停車中のバスを他の車が追い越せるようにしたレイアウトです。


関連記事

五輪事業としての自転車インフラ整備でロンドンの轍を踏む東京
都道123号・天文台通りの自転車レーン


脚注

1. ドア開放事故のリスク^

ドア開放事故は、自転車の歩道通行が一般的な日本では目立ちませんが、海外では件数で1、2を争う事故形態です。

ドア自体への衝突の他、ドアを回避した先で後続の別の車に轢かれるケースもあり、死亡事故も発生しています。


2. 自転車レーンの適切な幅員^

国内の自転車レーンには、ペイントされた部分の幅が最低基準(1.5m)未満の1.0mしかないものが多く見られます。側溝の蓋も含めれば1.5mになるからOKという解釈なのでしょうが、それは国交省・警察庁のガイドライン (p.II-17) に照らせば、例外的な縮小規定を常に適用しているのと実質的に同じになってしまいます。
幅員は、自転車の安全な通行を考慮し、1.5m以上を確保するものとする。ただし、道路の状況等によりやむを得ない場合(交差点の右折車線設置箇所等、区間の一部において空間的制約から1.5m確保が困難な場合)は整備区間の一部で1.0m以上まで縮小することができる。なお、縮小する場合であっても局所的なものに留めると共に、側溝の部分を除く舗装部分の幅員を1.0m程度確保することが望ましい


レーン幅員についての海外の設計指針

海外に目を向けると、ネーデルラントの現行指針 (p.111) は市街地と郊外、生活道路(ゾーン30)と幹線道路で推奨値を分けており、区道865号が該当する市街地の幹線道路では、推奨幅を2.25m、絶対的な最低幅を1.70mとし、自転車レーンと一般レーンの間に0.5m以上の緩衝帯を挟むべきとしています。


3. ゼブラ帯の必要性^

「追加するのは樹脂ボラードだけで良いのでは?」、「車道幅に余裕がない中でゼブラ帯まで設ける必要があるのか?」と感じる人がいるでしょう。実際、綾瀬では樹脂ボラードが自転車レーン上に設置されています。

都道314号 川の手通りの自転車レーン(2019年2月撮影)

しかしこれは望ましくありません。工作物に当たる不安感で実効幅員がゴソッと削られるからです。

日本国内の法令やガイドラインでは自転車ユーザーの心理に配慮した建築限界が確立していませんが、ネーデルラントの設計指針 (p.49) では工作物の種類や高さに応じて細かな基準が用意されています(下図)。

橋梁部の自転車通行空間のクリアランス

なお、自転車を囲む破線枠の750mmという幅は、同国の二輪自転車の車体幅上限です (ibid. p.43)。日本の普通自転車規格より広いことに注意。


前掲のクリアランス図を綾瀬の自転車レーンに当て嵌めて考えると、


縁石、樹脂ボラードに接触する不安感から両端は使えず、


快適に走れる範囲はこれだけ(タイヤの接地範囲)

この問題を考慮して、代替レイアウト案ではゼブラ帯を設けています。


4. 代替レイアウトの意図^


駐車帯を反対車線の歩道側ではなく、自転車通行空間のすぐ隣に配置することにはいくつかメリットがあります:
  • 車体が自転車ユーザーを騒音・排気ガスから守る壁になり、安心感も上がる。
  • バス停では駐車帯部分を島式バス停に差し替えられる。
  • 車道横断箇所では駐車帯部分を横断歩行者、自転車の滞留空間に差し替えられる。
  • 細街路との無信号交差点では安全に配慮したデザインにしやすい。


無信号交差点のデザイン案とその根拠

上掲のレイアウトだと路上駐車の車体が死角を生んで、生活道路や車庫に入るドライバーが自転車を見落とすと考える人がいるかもしれませんが、それはデザイン次第です。

下図のように交差点の周辺を縁石で囲み、物理的に駐車できないエリアにすることで見通しは確保できます。

車が幹線道路から生活道路に出る際の見通し

車が生活道路から幹線道路に入る際の見通し

このデザインには他にも、
  • 生活道路から入ってくる車のドライバーが、自転車道の手前では自転車だけ、車道の手前では車だけ確認すれば良くなる(認知負荷が分散する)。
  • 歩道と自転車道を平面で連続させることで、そこを横断する車に優先通行権がないことが直感的に分かる。
  • 車道から嵩上げされた部分(薄灰色)に車が乗り上げる際に速度が抑制される。
などの利点があり、ネーデルラントではゾーン30の出入り口に当たる交差点で広く採用されています。



近年イギリスもそのデザインに注目しており、詳細な解説記事が出ています。

統計上の安全性については、上述のデザイン要素のうち、
  • 自転車道が車道から2〜5メートル離されている
  • 横断する車に対して路面に凹凸がある
有意な効果があることが分かっています

交差点の前後への駐車を防ぐという点では、渋谷区が宮益坂で試行しているバルブアウト (bulb-out) と同じですね。

縁石の張り出しで交差点直近への駐車を阻止(2019年11月撮影)

関連記事「宮益坂のバルブアウト(歩道の拡張)


5. 並走に配慮すべき理由^

並走が可能なら、親子で自転車移動する際に親が子供の横に並んで伴走したり、友人同士でおしゃべりしながら走ることができます。

「おしゃべり」と言うと軽く聞こえますが、雑談は人の社会生活の重要な一側面で、他の交通モード(徒歩、電車、バス、マイカーなど)なら横に座って(または向き合って)会話しながら移動することは普通です。自転車だけ並進禁止ルールでそれが困難にさせられているのは、果たして妥当でしょうか。

実は、国際条約に照らしても道交法の並進禁止規定は過度に厳しい不合理なものです。

詳しくは関連記事「『月刊交通』臨時増刊号の感想——並進と自転車横断帯について」で。