2016年6月30日木曜日

『月刊交通』臨時増刊号の感想——並進と自転車横断帯について

道路交通研究会(編)(2013年2月25日)『月刊交通 臨時増刊号 良好な自転車交通秩序の実現のための総合対策』に所載の「道路交通法における自転車に係る規定の変遷」には、過去の道路交通法の改正とその狙いが簡単に纏められています。

私が以前から気になっていたのは並進禁止(道路交通法19条、同法63条の5)と交差点部の自転車横断帯の通行義務(道路交通法63条の7)の不合理さです。この2点について、交通警察の業界雑誌である『月刊交通』は一体どんな説明をしてくれるのでしょうか。

2019年10月28日 改稿


並進禁止

私が現行の並進禁止規定を不合理だと感じるのは
  1. 自転車に乗るという活動の社会的な側面を無視している
  2. 自転車の並進に関する海外の法規と比べて厳し過ぎる
  3. さほど危険ではない交通状況、道路環境でも関係なく常に並進を禁止している
  4. 並進禁止規定が道路管理者の思考を縛る可能性が有る
    からです。


    1. 自転車の社会的側面



    Mark Wagenbuur. (2014-10-23). "Why cycle alone, when you can do it together?". BICYCLE DUTCH
    Indeed, cycling in The Netherlands is really a sociable activity. With some rare exceptions, all infrastructure is built so people can ride two abreast. That gives parents the opportunity to ride next to their children, but everybody else can do it too of course.

    オランダでは自転車に乗る事は社交活動の一つなのです。稀に例外も有りますが、全てのインフラは2人並んで走れるように設計されています。そのお陰で親は子供と並んで走れますし、それ以外の人ももちろん並走できます。/* 引用者訳 */
    (和訳の第一文は「オランダでは自転車移動はおしゃべりの時間でもあるのです」とした方が良いかも。)

    日常的な乗り物、例えば電車やバス、乗用車、渡船などは移動中におしゃべりを楽しめるものが普通です。おしゃべりを楽しめるということは、社会的な動物であるヒトにとってとても重要な価値、便益です。それを自転車だけ困難にさせようとするからには相応の根拠があるはずです。

    しかし道路交通研究会(2013, pp.2-3)は、
    1. 並進禁止規定は(ジュネーヴ交通)条約加入を機に設けられた
    2. 自転車を含む軽車両が並進することは、その軽車両自体が危険である
    3. 他の交通の妨害となるおそれもある
      としか説明していません。これは本当に納得できる理由と言えるでしょうか。


      2. 海外と比べて厳しすぎる

      実は、他国の交通法では並進は交通状況次第でOKという所が多いです。これは以前の記事でまとめてあります。

      3. 状況によらず「常に並進禁止」はおかしい

      「その軽車両自体が危険」という指摘は、「その軽車両にとって」という意味かと思いますが、一口に危険と言ってもその程度には幅があります。

      蛇行しながら走る特性を持つ2輪の自転車であれば確かに、近づきすぎるとぶつかって転倒する事があるかもしれません。ただ、通行空間が広く、並進する自転車同士が充分な間隔を取れるならどうでしょうか。

      それに「軽車両」と言うなら荷車や人力車、3輪のカーゴバイク、高齢者向けの4輪自転車など、蛇行しにくい軽車両もあります。

      その一方で、道路交通法は自動車や原付自転車に対しては68条で並進を認めています。四輪の乗用車でもハンドル操作の下手な人なら平気で1mくらい左右にブレて走っていますが、なぜ自動車には並進を認めて自転車には認めないのでしょうか。不公平です。

      ジュネーヴ条約を改変して輸入

      道路交通研究会の説明にはジュネーヴ条約の名前が挙がっていましたが、実はその条約が一列通行を求めているのは、他の交通の妨害になるような場合だけです。

      Wikisource "Geneva Convention on Road Traffic", Article 16
      2. /* 中略 */ (b) Cyclists shall proceed in single file where circumstances so require  and, except in special cases provided for in domestic regulations, shall never proceed more than two abreast on the carriageway;

      自転車利用者は状況により必要な場合は一列で通行しなければならない。また、国内の規則で定めた特別な場合に該当しない限り、車道では3台以上並んで通行してはならない。
      ところが日本の道路交通法は、他の交通の妨害にならない場合にまで、然したる根拠も無く並進禁止規定を拡大してしまっています。

      3台以上の並進については、条約が禁じているのは車道上のみですが、日本の道路交通法は車道以外の場所にまで並進禁止を拡大しています。車の通らない広い河川敷道路のような場所でも一律に並進を禁じるのは行き過ぎです。

      これではまるで、条約加入を隠れ蓑に自転車の権利を制限したようなものです。

      このように穴だらけの警察の理屈を、なぜ我々市民は唯々諾々と受け入れ、あまつさえ他の自転車ユーザーを叩く根拠として使っているのでしょう。おかしいと思いませんか?


      4. 道路管理者の思考を縛る

      巷のサイクリストに「並進は法律で禁じられているからダメだ」と杓子定規な思考をする人がいるのと同様に、道路管理者の側にも道路交通法を根拠に「自転車通行空間に並進できる幅員は必要ない。むしろ並進できないような幅員にすべきだ」と考える人がいるかもしれません。千葉大学構内の整備事例がまさしくそれです。

      国立大学法人千葉大学 (2019) 千葉大学キャンパス内で「歩車分離」 学生の発案で実現, PR TIMES. Available at: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000375.000015177.html (Archived here).
      自転車レーンには中央線を引き、左側通行させるようにしたほか、レーンを広くしないことで、並走させず、徐行させる効果も期待しました。

      道路交通法には一応、標識の設置によって並進を許可するという規定(63条の5)もありますが、現実にはその適用は極めて稀ですし、交通状況に応じた柔軟な対応もできません。標識の設置を要するという心理的な敷居が、道路管理者の判断を並進不許可へとnudgeしている可能性もあります。

      並進を考慮しないインフラ整備で利用率低迷

      岡山市の国体筋は自転車道の幅員が狭く、並進+追い越し・すれ違いができないことが一因で利用率が低迷しています(並進抑制を目的に狭くした事例ではありませんが)。

      自転車インフラの整備は、日本では自転車と歩行者の分離が大きな目的ですから、それが達成できていないということは、事業として失敗だったということです。


      2018年1月16日追記{

      道路交通法以前にも並走を禁じた交通ルールがあったそうです。谷田貝(2012, p.13–15)に拠れば、1901(明治34)年の警視庁令 第61号が
      第9条 幅の狭い道では並進してはいけない
      との規定を設けたのを皮切りに、1902(明治35)年には神奈川県県令 第52号が
      第2条 道路では以下の行為を行ってはいけない
      1. /* 中略 */
      2. /* 中略 */
      3. 2両以上が並進してはいけない
      同年、高知県(県令?)が
      第10条 道路において他の自転車と並進してはいけない
      同年、秋田県自転車取締規則が
      第8条 市街地では次の行為を行ってはいけない
      1. /* 中略 */
      2. 2両以上が並進すること
      などと定めていました(いずれも出典は当時の自転車雑誌『輪友』。表現は原文ママではない?)。この時期は、並進の可否を市内外で区別しているルールと、一律に禁じているルールが混在していますね。

      ちなみにこれらの令や規則では、自転車の存在を周囲に知らせる為にベルを鳴らすことが求められており、やむを得ない場合以外のベル使用を禁じている現在とは正反対です。

      谷田貝 一男 (2012)「日本における自転車の交通安全対策の変遷」『自転車文化センター研究報告書』no. 4, pp.11–34. Available at: http://www.cycle-info.bpaj.or.jp/file_upload/100174/_main/100174_01.pdf (Accessed: 16 Jan. 2018).




      交差点の自転車横断帯

      交差点で歩道と歩道を繋ぐように引かれている自転車横断帯が有る場合、車道を通行してきて交差点を直進しようとする自転車もそこを通らなければならない、というのが道路交通法63条の7の規定(についての警視庁の現在の解釈)です。

      黄色い破線が警視庁が指示する交差点の直進方法
      (図の出典:警視庁「自転車の交通ルール」)

      この規定と解釈は、その走り方では却って車にぶつけられる危険が大きくなるのではないかと、近年のスポーツ自転車ブームで車道を走り始めた、交通法規に関心のある多くの人々を悩ませてきました。(実際、それが全国各地の警察による自転車横断帯の一斉撤去に繋がります。)

      自転車横断帯の導入(1978年)は自転車の歩道通行の容認(1970年)に続く施策なので、私は
      • もうこの当時は自転車が幹線道路の車道を通行する事を想定しなくなっていたのでは?
      • 自転車横断帯の通行義務から車道通行の自転車を除外するのを忘れていたのでは?
      とも思ったのですが、問題の63条の7は2項で、車道からの交差点進入を禁止する条件(「当該交差点への進入の禁止を表示する道路標示があるとき」)を示しています。という事は、車道通行自転車の想定漏れの線は消えますね。

      また同時に、その道路標示が無い場合は車道から交差点に進入し、かつ自転車横断帯を経由する動線を辿る訳ですから、当然それも適切な通行方法として想定していることになります。

      という事は、当時法改正に関わった人たちは、いま盛んに危険だと言われ、自転車横断帯の撤去の根拠になっている通行方法を、逆に安全なものと考えていたことにならないでしょうか?

      これについて何か解説が有るのではと期待して読み進みましたが、残念ながら自転車横断帯の導入についての記述で道路交通研究会(2013, p.9)はこの問題に全く触れていません。

      一方、63条の7の1項と2項で適用対象が異なる点(1項は「自転車」、2項は「普通自転車」)については、歩道を通行できない非・普通自転車にまで対象を広げてしまうと、非・普通自転車は交差点の手前でそれ以上前に進めなくなってしまうからだ、と説明しています。そこだけ腑に落ちる説明を用意されても……。