2017年12月20日水曜日

自転車関連事故における自転車の法令違反の種類は「安全不確認」が最多

ランキング日記というサイトで、自転車の右側通行が事故多発の最大要因であるかのように謳う疋田氏に対して、公的機関の事故統計などを元に、実際は、自転車が安全確認せず交差点に飛び出していることが最大の問題だと指摘した記事が発表されています。
この記事は死亡事故に焦点を当てていますが、負傷事故なども含めた自転車関連事故の全体について私が調べてみたところ、そちらも同じ様相であることが分かりました。
上の資料から作ったグラフです:

違反があった事故のみ


違反なしも加えた全体



2017年12月21日追記{

もし事故当事者が複数の法令違反をしていて、その中の一つだけが事故統計に反映されているとしたら、一種のバイアスが働いている事になります。場合によってはその所為で右側通行の統計上の件数が実態より小さく現われているのかもしれません。

そこでこの点について、警視庁の統計係に電話質問してみました(初めに警察庁に電話したら「その件なら警視庁ですね」ということだったので)。回答を以下にまとめます:
  • 警察庁の事故統計に用いる、全国共通の統計原票というものがあり、そこには一つの法令違反しか記載できない。
  • 統計原票の取り方は都道府県によって違うと思う。
  • 警視庁では、当事者が複数の法令違反をしていた場合、事故要因としての割合が高いものを記載する。従って、どの法令違反を記載するかは個々の事故によって異なる。
  • どの違反が最大の事故原因か分からない場合は過失の高いもの(罰条の多いもの)を記載する。
回答が早口で専門用語も多かったので聞き間違いがあるかもしれませんが、一応この聞き取り内容に基づいて考えれば、通行区分違反が少ないのは、
  • 当事者が右側通行と同時に行なっていた他の法令違反の方が事故要因として大きいと判断されるケースが多いからかもしれない。
  • どの違反行為が主因か判断できない場合も、他の法令違反の方が形式上、大きな過失と見做されているからかもしれない。
などと考えられますね。

ちなみに道路交通法では、左側通行を求める18条1項には違反に対する罰則がありませんが、左右の見通しが悪い交差点での徐行を求める42条1項や、無信号交差点の手前の停止線で止まるよう求める43条への違反には、それぞれ罰則(119条1項2号、同条2項)が用意されています。
  • 電子政府の総合窓口(2017年6月2日最終更新)「道路交通法

これとは別に反則金制度の点数もあり、そちらでは通行区分違反は点数加算の対象行為ですが。



2017年12月28日追記{

関連記事
警察庁の交通事故統計を解釈する上での注意点——電話回答のメモ



2017年12月28日追記{

冒頭のランキング日記の記事にはちょっとした意外性がありましたが、自転車事故の大きな原因が自転車の飛び出しであることは、誰もが前々から直感的には分かっていた事だと思います。本来であれば、特に驚くような事実ではありません。

それが意外性を帯びたのは、疋田氏が従来の常識とは異なる意外な主張(「自転車の右側通行が事故多発の最大原因」)をして世間の耳目を集めていたところ、その主張に大きな詭弁が隠れていると暴かれたからでしょう。

斬新な説の思わぬ陰、二度驚きはありましたが、裏の裏で一周回って戻ってきただけ、と言えばそれまでです。

ただ、事故原因についての誤った主張を発したのが、社会的な発信力の強い疋田氏だった事もあって、その誤解は一般市民だけでなく国の機関にまで浸透しており、今でもその影響が残っているようです。それが窺えたのが、最近、警視庁広報課が流したこのツイート:
ツイートのテキスト部分では事故統計に現われている通り、
信号無視・一時不停止・安全不確認
を主な要因と指摘しているものの、添付のポスター画像では、
  1. 自転車は、車道が原則、歩道は例外
  2. 車道は左側を通行
  3. 歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行
  4. 安全ルールを守る
    • 飲酒運転・二人乗り・並進の禁止
    • 夜間はライトを点灯
    • 交差点での信号遵守
    • 一時停止安全確認
  5. 子どもはヘルメットを着用
と、統計上最多の違反行為については「その他」的な4番目の中に一緒くたに纏め、小さくしか表示していません(マーカー強調した部分)。素直にデータに基づいて広報するなら、これら三つを大々的に訴えて然るべきところです。

2番目の車道左側通行も事故リスクを左右する項目ではありますが、それを原因とする事故件数は、最多3類型の安全不確認+動静不注視+交差点安全進行の合計件数の約25分の1に過ぎず、rationalな順位付けではないですね。比率の面でも、合理性の面でも。

(ひょっとしたら、「大勢の人がこの違反をしている!」と広報する事で却ってその違反行為をする人が増えてしまうbad nudge効果を警戒しているのかもしれませんが……。)

そして1番目の「車道が原則」については、そもそもそれが本当に安全に繋がるのかどうかすら、まだ十分な証拠が揃っていない状況です。

これに関してはランキング日記の他の記事や、
もっと専門的には以下のような論文が、

  • Lusk, A. C. et al. (2011) ‘Risk of injury for bicycling on cycle tracks versus in the street’, Injury Prevention, 17(2), pp. 131–135. doi: 10.1136/ip.2010.028696.
  • Teschke, K. et al. (2012) ‘Route Infrastructure and the Risk of Injuries to Bicyclists: A Case-Crossover Study’, American Journal of Public Health, 102(12), pp. 2336–2343. doi: 10.2105/AJPH.2012.300762.
  • 横関俊也 (2015) ‘自転車の通行区分による危険性比較 (特集 自転車交通の実態をさぐる)’, 月刊交通, 46(5), pp. 23–31.
歩道通行と車道通行の事故リスクに有意差がないか、部分的には車道の方が危険であると指摘しています。

以上見てきたように、公的機関の施策判断に非科学的な流言が入り込んでしまっているのが日本の現状である以上、自明な事であっても客観的データに基づいて指摘しているランキング日記の記事は、やはり意義深いものだと思います。