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雅楽で用いられる篳篥のリードは
蘆(あし)から作られるので蘆舌(ろぜつ)と呼ばれる。
同じリード楽器であるオーボエやクラリネット、サックスに比べて
楽器本体に対するリードの比率が大きく、また分厚い。
リード部分だけを摘まんで楽器を持ち上げるといった、
オーボエ吹きが真っ青になるような事もできる――
――いやできるけど、そうではなくリードが大きい故に
リードが音色に与える影響が非常に大きい。
感覚的にはリードこそが楽器の本体だと言っても良い。
下に付いている管は極論すればただの音程調節器だ。
そんなリード、蘆舌をレビューしてみる。
蘆舌は自然素材から作られる工芸品で、基本的に一点物だから、
レビューに何の意味が有るのかと思われるかも知れない。
そこで今回は複数本の蘆舌それぞれのジオメトリを測定し、
数値が吹奏感や音色にどう影響するのか考察する事にした。
対象は以下の五本。
下から。番号はID。
蘆の切断面が歪な円形になっている個体もある。
一般には真円度が高い物が良いとされる。
蘆の切断面が歪な円形になっている個体もある。
一般には真円度が高い物が良いとされる。
正面から。
蘆舌は演奏前に緑茶に浸すので茶渋が付着し、使い込むと濃さを増す。
色が浅い個体は余り吹いてない。鳴りが悪くて嫌いだから。
蘆舌は演奏前に緑茶に浸すので茶渋が付着し、使い込むと濃さを増す。
色が浅い個体は余り吹いてない。鳴りが悪くて嫌いだから。
側面から。
蘆本来の円筒形から炙って一端を平らに潰すので側面が割れる事が有る。
しかし割れが蘆舌の下端に至らなければ問題は無い。
蘆本来の円筒形から炙って一端を平らに潰すので側面が割れる事が有る。
しかし割れが蘆舌の下端に至らなければ問題は無い。
上から。
様々な幅、厚みの個体が有る。演奏者個々人の好みも有る様だ。
様々な幅、厚みの個体が有る。演奏者個々人の好みも有る様だ。
それぞれの責(せめ)。
蘆舌先端の息を吹き込む隙間を適切な範囲に留める。
この部品一つで蘆舌の特性がガラッと変わる重要な部品。
蘆舌先端の息を吹き込む隙間を適切な範囲に留める。
この部品一つで蘆舌の特性がガラッと変わる重要な部品。
測定は、蘆舌を熱い緑茶で湿潤させ、責を取り付けた状態で行なった。
また蘆舌の上端の隙間は種々の条件で開いたり閉じたりするので、
測定条件を揃える為に、一部の測定項目では蘆舌に帽子
(演奏前や演奏の合い間に蘆舌が開き過ぎない様に保持する部品)を被せた。
帽子を被せた蘆舌
測定項目 A1 全長
A2 蘆舌先端部の幅
A3 責上端部での蘆舌の幅
(責はピタッと一ヶ所で止まる様に蘆舌表面に段差加工がしてある。)
A4 責下端部での蘆舌の幅
A5 蘆舌下端部の外径(左右方向)
B1 蘆舌先端部の厚み
(挟み込んで隙間を閉じた状態で中央部を測定)
B2 責上端部での蘆舌の厚み (写真には無いが、帽子を被せて測定)
B3 責下端部での蘆舌の厚み (写真には無いが、帽子を被せて測定)
B4 蘆舌下端部の外径(前後方向)
(写真には無いが、帽子を被せて測定。帽子で先端を押さえられた分、末端側が変形する。)
C1 蘆舌下端部の厚み
D1 責の取り付け高さ
D2 責の幅
D3 責の内径(左右方向)
D4 責の内径(前後方向)
測定結果は以下の通り (単位 mm)
蘆舌本体のジオメトリ
ID | A1 | A2 | A3 | A4 | A5 | B1 | B2 | B3 | B4 | C1 |
1 | 59.0 | 16.3 | 15.3 | 14.9 | 12.0 | 1.8 | 6.2 | 7.4 | 10.9 | 1.2 |
2 | 59.8 | 18.1 | 17.0 | 17.0 | 12.4 | 1.6 | 5.1 | 6.9 | 12.0 | 1.2 |
3 | 60.7 | 16.7 | 15.8 | 15.4 | 11.0 | 1.6 | 5.3 | 6.5 | 10.6 | 1.1 |
4 | 58.5 | 15.3 | 15.3 | 15.2 | 11.1 | 1.4 | 5.4 | 7.3 | 11.2 | 1.3 |
5 | 61.3 | 16.2 | 15.3 | 15.0 | 11.3 | 1.8 | 6.2 | 8.0 | 10.5 | 1.2 |
A1 全長
A2 蘆舌先端部の幅
A3 責上端部での蘆舌の幅
A4 責下端部での蘆舌の幅
A5 蘆舌下端部の外径(左右方向)
B1 蘆舌先端部の厚み
B2 責上端部での蘆舌の厚み
B3 責下端部での蘆舌の厚み
B4 蘆舌下端部の外径(前後方向)
C1 蘆舌下端部の厚み
責のジオメトリ
ID | D1 | D2 | D3 | D4 |
1 | 14.8 | 3.3 | 18.0 | 6.4 |
2 | 13.1 | 3.3 | 21.0 | 6.0 |
3 | 14.8 | 3.6 | 17.5 | 5.4 |
4 | 14.1 | 3.6 | 17.5 | 5.0 |
5 | 14.8 | 3.8 | 17.5 | 6.8 |
D1 責の取り付け高さ
D2 責の幅
D3 責の内径(左右方向)
D4 責の内径(前後方向)
まず注目すべき値は蘆舌2番の項目A2からA4。
これらの項目は蘆舌の幅を表す。2番の蘆舌は際立って幅広に出来ている。
それから蘆舌5番の項目B2からB4。
厚みを示すこれらの値から、5番の蘆舌は責の近くまで厚みが保たれ、
そこから蘆舌の先端に向けて一気に窄まっている事が分かる。
これを念頭に試奏のインプレッションと合わせて考察する。
なお、蘆舌と責との組み合わせは以下の通り。
セットID | 蘆舌ID | 責ID |
a | 1 | 1 |
b | 2 | 2 |
c | 3 | 3 |
d | 4 | 3 |
e | 5 | 5 |
インプレッション
セットa. 標準音程の鳴りは良好。ppからffまで効率よく息が音に変換される。
塩梅(えんばい。ポルタメント)を掛けると音がやや不安定に。
蘆舌は中程度の硬さで、責がずり下がり易い。
先端の中央を指で挟むと隙間が落花生型に潰れる。
セットb. 標準音程で力強く鳴らず、迫力に欠ける。
塩梅を掛けると一気に音量が低下し、旋律の滑らかさが損なわれる。
蘆舌は柔らかく、責と形状が合っていない。
吹き始めると直ぐに責がずり下がってしまう。
先端の中央を指で挟むと隙間が一直線にピタッと閉じる。
セットc. 標準音程で強く吹き込んでも音に変換されずノイズになり、最大音量が小さい。
塩梅を掛けると音程は下がらず音量だけ下がりスカスカに。
さらに平調(E相当の音)と盤渉調(H相当の音)は上擦り易い。
蘆舌は硬く、先端の中央を指で挟むと隙間が一直線にピタッと閉じる。
セットd. 標準音程での鳴りは弱く、ノイズが多い。
塩梅を掛けても音程が殆ど変化しない。
蘆舌は5本の内最も硬いが、先端が薄く、隙間は落花生型に潰れる。
セットe. 標準音程での鳴りは最強。pppからfffまでノイズが乗らず、自在に吹ける。
塩梅も充分掛かり、深めに掛けても音量が低下したり音程が不安定になったりしない。
音色は芯が太く、輝かしい。ただし肺活量と口輪筋の筋力も要求する。
蘆舌は中程度の硬さ。 隙間は一直線にピタッと閉じる。
以上、手元に有る僅か五本の蘆舌からではあるが、
ジオメトリとの関係を考察すると、良い蘆舌と繋がりが有りそうなのは
側面の輪郭、つまり、蘆舌の末端から先端に向かって
どのように細くなっていくかという点だろうと思われる。
左はあまり鳴りが良くない3番の蘆舌。末端から先端に掛けて、直線的に細くなっている。
対して右の5番は、責の直前まで厚みを保ち、そこから急にカーブを描いて細くなっている。
この流線型に似た形が、雅で自在な塩梅を可能にしているらしい。
またその豊かで煌びやかな音色は、先端部の厚みと適度な柔らかさが影響していそうだ。
(5本中、最大の1.8mm厚は1番と5番の蘆舌だけ。)
以上、蘆舌のレビュー終わり。
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蛇足ながら、最近気になった事が有ったので。
和風ポップスや和風BGMの中で雅楽風の楽器が
長い音符の途中で上昇ポルタメントを使う例がやたら多いが、
篳篥が明確に技法としてポルタメントを使う箇所はそれほど多くないし、
登場する場合もフレーズの形が限定されている。
雅楽に馴染みが薄い人々が「雅楽っぽい」と認識しているだろう
ポルタメントは恐らく、息継ぎの後の最初の吹き込みで、
楽器の構造上、必然的に生じる上昇ポルタメントの部分だ。
(篳篥の蘆舌は大型で、息の圧力を受け止める余力が非常に大きいので、
吹き始めの弱い息ではどうしても低い音で鳴り始める事が多くなる。)
だから、長く延ばした音符の途中で上昇ポルタメントが入り、
上がったままの音程でまた延びるという様な事は基本的には無い。
また、篳篥ではなく笙の音色にポルタメントを付ける作曲家もいるが、
笙は構造的にポルタメントができない楽器なので、これも本来は有り得ない。