Matt Brown. (2014-08-19). "When London's Cylists Said "No" To Segregated Lanes". Londonist
記事の要約
1934年、Hanger LaneとGreenford Roadを繋ぐWestern Avenueに、全長4km、幅員2.5mでコンクリート舗装の自転車道が開通した(現在は自転車歩行者道として使われている)。前年だけで1324人ものサイクリストが事故死するという状況に対する野心的な試みだったが、サイクリストたちは反対運動を展開した。
自転車道の通行を義務づけられ、車道を走る権利が奪われるのではと恐れたからだ。また、誤った安心感から、交差点など自転車道が途切れる箇所で事故が起きやすくなると主張する人や、インフラ整備の為の自転車税の導入を恐れる人もいた。
当時のサイクリング・クラブ員たちに言わせれば、自転車道は不要で、ドライバーのマナー改善や罰則強化に注力すべき、だったのだ。
やがて反対運動はデモ活動に繋がる。サイクリストがWestern Avenueに大挙して、整備された自転車道を横目に“車道”を走ったり、自転車道の始終端を塞ぐように杭を立てたりした。またカウンター・デモとして自転車道を車で走るドライバーも現れた。
しかし翌1935年に実施されたアンケートでは、80%の利用者が自転車道に満足しているとの結果になり、反対を唱えていたのはヴォーカル・マイノリティーである事が明らかになった。その後も反対運動は続いたが、自転車道は各地で順調に整備が進み、1938年時点で193kmにまで延びた。
戦後は、構造分離への根深い反対運動、道路予算の高速道路網への優先配分、そして長引く緊縮政策が重なり、自転車インフラ整備は停滞した。
今日、大半のサイクリストは過去とは正反対に、“注意深く設計された”自転車道であれば、その整備を支持している。
ただ、80年前のサイクリストを安易に責める事はできない。当時は自動車交通の揺籃期で、車道の通行規則もまだ確立していなかったからだ。
自転車道への反対理由が現在の日本のサイクリストの主張と驚くほど似通っていますね。もちろん、現在の日本の議論の源流と思われる、1970年代から2000年代辺りまでのアメリカのvehicular cycling思想とも共通します。整理すると、
- 自転車道が整備されたらもう車道を走れなくなる。
- 自転車道は利用者に誤った安心感を与えるので却って危険だ。
- インフラ整備よりも、横暴なドライバーを何とかしろ。
- (一方、サイレント・マジョリティーは圧倒的に自転車道を支持)
こういう構図ですね。
2016年3月3日追記{
折よくYouGovの調査結果が出ました。
Jon Stone. (2016-03-02). "There's strong public support for building more segregated cycle tracks". Independent
自転車道の建設に71%が賛成、クルマ通勤しているドライバーを含めても過半数が賛成と伝えています。
}
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