交通事故総合分析センター(2011年4月)「イタルダ・インフォメーション No.88 特集:走行中自転車への追突事故」p.4の図の一部を強調表示(事故記録の集計対象は2001〜2009年)
日本では、自転車利用者に車道を通行させた方が(歩道通行時とは一転して交通弱者になるので)緊張感を持って交通ルールを守るようになるという言説がまことしやかに囁かれています。その原点と思われるのが古倉宗治氏の2004年の博士論文(「自転車の安全・快適・迅速な走行空間の確保及び利用促進のためのソフト面の施策に関する研究」)です。
論文内では、歩道通行が常態化した日本と、車道通行が当たり前な(と古倉氏が主張する)海外諸国を対比する形で「緊張感→ルール遵守→事故減少」説が繰り返し主張されていますが(pp.170–172, p.218, pp.442–447)、不思議な事に、その主張を支える基礎的な数字であるはずの海外の違反率は一切出てきません。
「データが入手できなかった」という言い訳は通用しません。古倉氏自身が博論の中(p.179)で別の目的で引用した資料にアメリカの調査結果が記載されているからです。それが冒頭に引用したTable 39です。
一方、日本国内のイタルダ集計に含まれていない2000年以前の違反率については古倉氏が博士論文の中で1970〜2003年の数字を表に纏めています(pp.171–172。但し、出典が「各年交通要覧(警察庁交通局編)」としか書かれておらず、原典には辿り着けませんでした)。
表中の「違反なし率」の列の数字は1970年の29.76%から徐々に低下し、1992年に24.30%まで下がっています。確かにこれは同時期のアメリカより悪い水準です。しかし、それ以後は上昇傾向が続き、2001年には1970年の水準を超えて30.36%に改善。最後の2003年には31.84%と、警察が自転車の車道通行原則を打ち出す2007年より前から数字は着実に改善し続けています。
客観的な根拠の無い単なる憶測を事実と強弁するような博士論文が、なぜ5名もの論文審査委員(*)の目をすり抜けたのか理解に苦しみますが、学術コミュニティーの外の一般人として私が言えるのは、博士号を無条件に信用するなという事です。
* 学位論文要旨から。誰一人まともに古倉氏の博士論文を読んでない疑惑。
- 大西 隆(東京大学教授)
- 小出 治(東京大学教授)
- 浅見 泰司(東京大学教授)
- 城所 哲夫(東京大学助教授)
- 大森 宣暁(東京大学講師)