これは……、良い教材になりますね。
商品の特徴を説明するページ(英語版)
http://www.bontrager.com/features/flare_r
Why is a daylight visible light important?
/* 中略 */
- 80% of cycling accidents occur during the day 1
- 40% of US cycling fatalities hit from behind 2
- Studies show riders overestimate their visibility by 700% 3
- Reported Road Casualties Great Britain: 2013: Main Results”, Department for Transport, 2014
“Collisions Involving Cyclists on Britain's Roads: Establishing the Causes”, TRL Report PPR 445, 2009- Every Bicyclist Counts, League of American Bicyclists, May 2014
- Wood, Tyrell, 2012 (Queensland University Technology and Clemson University)
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なぜ日中にライトを点灯させるのが重要なのかを説明している部分ですが、この部分には幾つか問題が有ります。順を追って説明します。
参考文献1
なぜか文献が2つ書かれていますが、前者の
Department for Transport (2014)には時間帯別の事故件数が書かれていないので、これは無意味な引用です。間違って入れてしまった文献情報を消し忘れたんですかね。
Reported road casualties in Great Britain: main results 2013
GOV.UK, Statistics
後者はどうでしょうか?(登録すれば無料でダウンロードできます。)
J Knowles, S Adams, R Cuerden, T Savill, S Reid, M Tight (2009)確かに、
Collisions involving pedal cyclists on Britain's roads: establishing the causes
TRL Report, PPR 445
- Knowles, et al. (2009) p. iv (pdf p. 10)
- Knowles, et al. (2009) pp. 22-24 (pdf p. 34-36)
- 事故の【件数】が多いからといって、
- あなた個人が事故に遭う【確率】が高いかどうか
p. 43 (pdf p. 55)
in many cases the risk (i.e. number of casualties relative to amount of cycling) cannot be reliably quantified.と断っており、実際、時間帯別では通行台数当たりの事故率を示していません。
更に、この論文は日中に起こった事故について事故形態(追突など)や事故原因(見落としなど)を記述していないので(夜間については記述が有ります)、日中の事故対策としてライト点灯が有望かどうかは判断できません。
まとめると、
- 日中の事故が多いという命題は真だが、
- その命題から日中のライト点灯が重要という結論を導くのは論理の飛躍
参考文献2
文献2は追突事故が40%を占めるという調査結果です。
The League of American Bicyclists (2014)
Every Bicyclist Counts
- http://www.bikeleague.org/content/new-report-every-bicyclist-counts
- http://www.bikeleague.org/sites/default/files/EBC_report_final.pdf
The League (2014, p. 4)
The majority of the information captured by Every Bicyclist Counts came from newspaper reports (56% of all reported sources), TV reports (25%) and blogs (19%).人の印象に残りやすい(情報が発信されやすい)種類の事故に偏っている可能性は有ります。ちなみに、公的機関が提供しているFARSのデータでは、追突事故は27%だったとの言及が有ります。
The League (2014, p. 6)
Approximately 40% of fatalities in our data with reported collision types were rear end collisions. This is higher than what was found in the 2010 FARS release that included PBCAT-based crash types (27% of fatal crashes with reported collision types),この食い違いについては幾つか理由が考えられますが、一つには、The Leagueによる集計が死亡事故のみを対象にしている事が挙げられるでしょう。
The League (2014, p. 4)
Since the Every Bicyclist Counts dataset is limited to fatalities it does not contain any information on injuries, near-misses, or general exposure to risks.もし追突事故の致死率が高いのであれば(日本の調査では実際にそうです)、FARS の統計より追突事故の比率が高まるのも頷けます。
ただ、この資料でも追突の原因が何だったのかは書かれていないので、やはり日中のライト点灯という結論には繋がりません。
参考文献3
3つ目の文献については出典表記の要件すら満たしてないですね。これだけではどの文献から引用したのか特定できません。通常、出典情報には
- 誰が
- いつ
- 何というタイトルで発表した論文で
- どの雑誌の
- 何巻何号の
- 何ページから何ページに掲載されたものか
- 誰が
- いつ
幸い、この著者の場合は研究業績一覧が見付かったので絞り込みは簡単でしたが、並んでいる論文タイトルを見てみると、ボントレガーが参照したのは2012年ではなく2013年の論文である事が分かりました。またもや引用ミスです。
ちなみに間違えて参照した2012年の論文は皮肉にも、自転車のライトは視認性(正確には誘目性)を高めないというものでした。
Wood, J.M., Tyrrell, R.A., Marszalek, R., Lacherez, P., Carberry, T.P., and Chu, B.S. (2012). Using reflective clothing to enhance the conspicuity of bicyclists at night. Accident Analysis and Prevention, 45, 726-730.
The presence of a bicycle light, whether static or flashing, did not enhance the conspicuity of the bicyclist; this may result in bicyclists who use a bicycle light being overconfident of their own conspicuity at night.※ visibility(視認性)とconspicuity(誘目性)の違いについては
FEMA (2009) Emergency Vehicle Visibility and Conspicuity Study
p. 10 (pdf p. 12) を参照
本来引用しようとした方の論文はどうかというと、
Wood, J.M., Tyrrell, R.A., Marszalek, R., Lacherez, P., and Carberry, T.P. (2013). Bicyclists overestimate their own night-time conspicuity and underestimate the benefits of retroreflective markers on the moveable joints. Accident Analysis and Prevention, 55, 48-53.
ライトや反射テープなど誘目性を高める装備について、サイクリストが実際の効果よりも過大な評価をしているというものですが、これは夜間についての実験結果なので、やはり日中のライト点灯に関しては論拠にならないと考えられます。(但し、私は概要しか読んでいません。気になる方は論文を購入して全部読んでみてください。)
おまけ1
ボントレガーのこの新製品については自転車系の雑誌も取り上げていますが、
CYCLE SPORTS.jp(2015年4月3日)
ボントレガー:自転車用デイライト『Flare R』テールライト
論拠となる参考文献を日本国内の資料に置き換えるという謎の改変を加えています。
■なぜ日中にテールライトが必要なのか
自転車事故に関して、以下のようなデータが発表されている。
-死傷事故の約80%が日中に発生*1
-後方からの追突事故による致死率は、出会い頭事故に比べ、約10倍高まる*2
-サイクリストは自身に対するドライバーからの視認性を700%も過大評価している*3
*1. (財)交通事故総合分析センター 2011年4月号 No.88
*2. (財)交通事故総合分析センター 2011年4月号 No.88
*3. Wood Tyrell, 2012(Queensland University Technology and Clemson University)
つまり、サイクリストにとって日中に後方への被視認性を高めることが、これからの事故を防ぐ大きな要因になると考える。
しかもボントレガーと同じく、サイスポも不適切な引用と誤った推論をしています。そこまで真似しなくても良いのに。
一応問題点を列挙すると、
- 参考文献の1と2は同じなので2つに分ける意味が無い
- しかも採録雑誌名を表記していない(『イタルダ・インフォメーション』です)
- 日中が約80%というのは全事故中の割合であって、追突事故に限れば53%
- 「日中に後方への被視認性を高める」のが事故防止に有効との結論に直接繋がる論拠を一つも示していない
2015年4月6日追記
{
出典表記として
(財)交通事故総合分析センター 2011年4月号 No.88としか書かれていなくても資料に辿り着く事は可能でしたが、それはこの機関から出ている刊行物が限られていて、幸運にも巻号の形式だけで特定できたからです。そうでない場合、上のような出典表記は、
講談社 2011年4月号 No.88と書いているようなもので、不完全かつ不親切です(伝わるかなあ、この感覚)。
ちなみに、この『イタルダ・インフォメーション』2011年4月号 No.88ですが、p.7以降には昼間に発生した追突事故の状況や原因の考察も載っていて、そちらの方がテールライトの日中点灯の議論によほど有益です。なぜサイスポがそれを引用しなかったのか謎。
}
おまけ2
内容から察するにサイスポの記事を鵜呑みにしたと思われるのがマイナビニュースの記事です。
マイナビニュース(2015年4月3日)
自転車事故の80%は日中に起きている! だから日中の視認性を高めるライトを
交通事故総合分析センター(2011年4月号)のデータによると、死傷事故の約80%が日中に発生しており、後方からの追突事故による致死率は出合い頭事故に比べ、約10倍にも高まるという。つまり、サイクリストにとって日中に後方への被視認性を高めることが、これからの事故を防ぐ大きな要因になりえる。不適切な出典表記も誤った推論もそのまま引き継がれています。ただ、
通常、テールライトは夜間に使用されるものだが、「Flare R」は昼夜問わず2km以上の被視認性をもたらす最大65mの明るさを実現し、後方からの追突や事故を軽減する。
マイナビニュース(2015年4月3日)
サイクリストにとって日中に後方への被視認性を高めることが、これからの事故を防ぐ大きな要因になりえる。この文を単独で提示していれば間違いではなかったんです。文頭に「つまり」を付けてしまったが為に、誤った推論になってしまいました。それから2つ目の段落の
マイナビニュース(2015年4月3日)
後方からの追突や事故を軽減する。は、それまでに提示された論拠からは真偽が確定できないので、やはり不適切な表現です。「事故の軽減が期待できる」と書くべきでしたね。