2015年4月11日土曜日

国交省のガイドラインに沿った自転車レーンで事故発生

岡山市中心部の市役所筋の自転車レーンで事故が起こりました。
KSB瀬戸内海放送が報じています。


2015年4月17日追記 上の動画は削除されて現在は見れなくなっています。

なぜ事故は起こったのか、背景を考えてみました。



1. 危険なバス停の構造

事故が起こった地点のバス停の構造は、国土交通省が2012年11月29日に発表した
安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン
の pdf p.54 で示されていた整備形態(下図)と良く似ています。

国交省(2012, pdf p.54)

KSB瀬戸内海放送(2015)の報道も指摘している(動画の2'40"〜3'25")ように、この構造ではバスと自転車の動線が鋭角に交差するので互いが死角に入りやすく、認知エラーのリスクが高いと考えられます。事故は起こるべくして起こったという印象を受けます。

2015年4月17日追記

動画が削除されてしまったので補足しますが、岡山の場合、正確にはバスが第2通行帯(自転車レーンを含めずに数えた場合)から第1通行帯と自転車レーンを斜めに横切ってバスベイに入る構造でした(現地の Street View)。

第1通行帯の渋滞にバスが巻き込まれないようにする為の措置で、第1通行帯はバスベイの入口と出口に当たる部分だけ停止禁止枠を描いてバスの動線を確保しています。この変則的な運用によって、第1通行帯の渋滞車列が死角を作り、バスと自転車の相互認知を妨げていたようです。


この危険箇所について岡山市は、

KSB瀬戸内海放送(2015: 3'25")
ルールの周知を図ります
という姿勢を取るようですが、これをルールの問題と言い張るのはかなり苦しいですね。ルールというより注意力の問題だと言いたいのかもしれませんが、それが意味するのは、
  • 全ての道路利用者が常に完璧な注意を払う必要が有る
  • 誰かがミスを犯すと事故に直結するリスクが高い
という事で、ヒューマン・エラーに対して脆弱すぎます。どんなに気を付けていても、ヒトは必ず間違える——間違えるのが人間です("errare humanum est")。それを想定しないシステムは本質的に安全ではありません。



2. 安全なバス停の構造

ではヒューマン・エラー耐性の高い構造とはどんなものでしょうか? オランダ、アームスフォートの中心市街を取り巻く幹線道路上のバス停を見てみましょう。

幹線道路沿いのバス停
(Google Street View 2009 @52.154598, 5.383827)

自転車道(左)と車道(右)の間にバスの待合・乗降所が挟まれている構造です。バスと自転車の動線が交差しないので、岡山市のような事故は起こりません。

また、バス乗客と自転車の交錯についても、乗降空間がしっかり確保してある事で、バスを降りた先にいきなり自転車が来て衝突、というパターンの事故の可能性も無い。これならバス乗客と自転車利用者が互いに落ち着いて間合いを読めるので、衝突を避けるのは容易でしょう。

なお、このような待合・乗降所の幅について、国交省のガイドラインは何の数値も示していません(*1)が、オランダの自転車インフラ設計指針は、

CROW (2007) Design manual for bicycle traffic, p. 132
This platform should be at least 2.00 m wide. If the bus stop has a shelter, the platform will be wider (2.50 m), with the distance between the cycle track and the shelter being at least 0.65 m.
乗降所の幅は少なくとも2.00 m必要だ。もしバス停が風除けを備えている場合はさらに広くし(2.50 m)、自転車道と風除けの間隔は最低0.65m空ける。
と、付帯設備が有る場合も含めて明確な数値を示した上に、バス停前後の自転車道の屈曲や視距についても注意を払うよう細かに記述しています。

*1 国交省ガイドラインのバス停は、その図の寸法感から見て、恐らく待合所としての機能は考えてないですね。乗降に必要最低限の幅しか考えてないっぽいです。これは次のような問題を起こすかもしれません:
  • これからバスに乗る乗客を歩道上で待たせる事になるので、バスが来た時に注意がバスに向き、自転車への注意が疎かな状態で自転車道を横断させる事になる。
  • バスを降りた乗客の人数が多く、かつ自転車道の自転車の流れが途切れない場合、乗降所から乗客が溢れてしまう。



3. 交通実態にそぐわない分離形態

市役所筋の自転車レーンは、交通の激しい幹線道路であるにも関わらず、(一部区間のポストコーンを除けば)構造的な分離が無く、ペイントしただけの自転車レーンという点も問題です。

ニュースの中でも、自転車レーンが路上駐車に塞がれてしまっていたり、

KSB瀬戸内海放送(2015: 1'49") 
レーンを塞いで停めた車が。駐車違反でしょうか。/*自転車が*/車道に大きくはみだして避けていますね。 
路上でインタビューを受けた利用者が、

KSB瀬戸内海放送(2015: 1'16")
トラックとかが脇を通ると風圧でちょっと持って行かれそうになったりとかは感じる時も有りますけどね。
と答えているので、
  • 単にペイントしただけの自転車レーンでは不充分
  • 自転車通行空間と車道の構造的な分離が必要
  • それに加え、自転車道と車道の間に風圧を和らげる緩衝帯が必要(*2)
だと分かります。

*2 これと全く同じ問題が、同じ岡山市の国体筋でも生じていました。



4. 歪んだ発想から生まれた二重インフラ

市役所筋の自転車インフラには他都市に見られない特徴が有ります。車道端の自転車レーンと並行して、歩道上にも自転車レーンを整備するという二重の整備をしている点です。

関連資料

これは、
  • 車道上の自転車レーンが正しいという専門家の意見と、
  • 高齢者などが怖がって歩道を通行するという現実
の食い違いに対する妥協的な解決策として考案されたようです。

しかし、
  • 路上駐車に塞がれて車道にはみ出さざるを得ない
  • すぐ横を通過する車の風圧に吸い込まれそうになる
  • 自転車レーンを鋭角に横切るバスと衝突した
こうした現実を見れば、端的に言って専門家の意見は誤りで、歩道と車道それぞれに中途半端な通行空間を整備したのは無駄だったのでは、との疑いを抱かずにはいられないでしょう。

それよりは、
  • 誰もが安心して使えるように、
  • 車道からも歩道からも構造的に分離され、
  • 充分な幅員(*3)が有って、
  • 双方向通行できる
質の高い自転車道1本の方がよっぽど空間を効率的に使えたのではないでしょうか?

*3 上記の岡山市(2014年10月30日)の資料に拠れば、空間をちまちまと小分けにしなければ、車道の車線数を削らずとも、道路の両側に3.5m幅の自転車道が整備可能だった事が分かります。



5. 理論と現実の認知的不協和

この事故を受けて、岡山市の担当者はさぞ狼狽しているでしょう。国交省や専門家が正しいと言っている車道上の自転車レーンを作ったのに、事故発生という現実を突き付けられて、強烈な認知的不協和に襲われているはずです。

市が認知的不協和を解消する手段は二つ有ります。
  • 自分が間違いだったと認めるか
  • 利用者に責任を押し付けるか
そして上述の通り、市は後者を選びました。今回の場合、この選択は、失敗から学ぶ能力が無いと自ら宣言しているようなものです。

一度決めた事は正しかった事にして、検証を放棄し、不都合な事実はねじ曲げて解釈する。典型的な無謬神話の実践例ですね。



6. メディアの姿勢

この記事で引用したKSB瀬戸内海放送のニュース・レポートは実に的確な事故原因分析をしていました。保護の無い自転車レーンという道路構造の問題点を鋭い視点で抉り出しており、国交省や岡山市、専門家たちの非科学的で無責任な態度を批判するのに充分な材料を揃えたという点で注目に値します。

それだけに、レポートの最後を締め括る言葉は非常に残念でした。

KSB瀬戸内海放送(2015: 4'44")
まあ市も取り組んではいるんですけども、やはり、ルールを決めたりですとか、市民に周知する事が必要だと感じました。
そうじゃないいいいいい!



7. 資料

引用した資料(ウェブページは全て2015年4月11日に最終閲覧)

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