2014年3月24日 全体的に表現を修正
国土交通省が2012年11月29日に発表した
安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン(PDF)
の問題点を指摘していくシリーズです。
p.21(pdf 基準)では、
自転車レーンを物理的に分離するかどうかの目安として、
車の速度を挙げていますが……。
p.21 は以前にも取り上げたので指摘が重複しますが、
もう一度細かく見ていきます。
ガイドラインからの引用は全て p.21 からです。
1)交通状況を踏まえた整備形態の選定
自転車は「車両」であるという大原則に基づき、
自転車が車道を通行するための道路空間について検討するものとする。
その原則が合理的だったのは、
車の性能も舗装水準も低かった遠い過去(大正時代)の話です。
今となっては、歩行者と車両という二分法よりも
- 歩行者(pedestrians)
- 自転車(non-motorized vehicles)
- 自動車(motorized vehicles)
その上で、現場ごとの交通実態に合わせて、
- 歩行者と自転車を混合させたり(歩行者が稀な郊外道路など(*))
- 自転車と自動車を混合させたり(車の速度が充分に低い道路など)
- 三者全てを混合させたり(住宅街の細街路など)
* 自転車に歩道走行をさせるという意味ではありません。
車道と自転車道だけで道路空間を構成して、歩行者には
自転車道を歩いてもらうという形です。
この場合、「車道を通行する自転車」の安全性の向上の観点から、
自動車の速度や交通量を踏まえ、
自転車と自動車を分離する必要性について検討するものとする。
事故統計に現われる客観的な「安全性」だけでなく、
利用者一人ひとりが感じる主観的な「安心感」も非常に重要です。
安全性が高くても安心感が低ければ、
実際に使ってもらえるインフラになりません。
実際に使われないのであれば、そのインフラは
車から自転車へのモーダルシフトを起こせません。
(ただ、モーダルシフトの要因はインフラだけではないですね。
2011年の震災と原発事故後は、公共交通への信頼性低下や
環境意識の高まりから、利用者の側の要因で自転車通勤が広まりました。)
具体的には、図I-3に示すように、自動車の速度が高い道路(A)では、
自転車と自動車を構造的に分離するものとする。
また、速度が低く自動車交通量が少ない道路(C)では、
自転車と自動車は混在通行とするものとする。
その中間にあたる交通状況の道路(B)では、
自転車と自動車を視覚的に分離するものとする。
これは以前にも指摘しましたが、
自動車の速度と交通量の他に、
路上駐車需要の多寡も考慮する必要が有ります。
これを無視して自転車レーン(視覚分離型)を整備しても
路上駐車に塞がれてしまい、レーンの意味が無くなるからです。
一部路線では取り締まりの強化によって路上駐車を減らしていますが、
今後自転車レーンが増えるに従って取り締まりの手が回らなくなれば、
路上駐車はすぐに復活してしまうでしょう。
路駐の需要自体が消えて無くなったわけではないからです。
(しばらくの間は、厳しい取り締まりの名残りで
近隣の駐車場などに車を入れる習慣が続くかもしれません。)
そのような道路では、車の速度、交通量が閾値以下であっても、
構造的に分離された自転車レーンを整備すべきです。そして、
自転車レーンよりも車道中心側に駐車スペースを用意すべきです。
自転車レーンと浮き島型の駐車スペースの大まかなイメージ
(2013年7月撮影の Google Street View を加工)
(2013年7月撮影の Google Street View を加工)
本格的に整備する予算が無い場合の例です。
車の交通容量にあまり影響しない単路区間で車線数を減らし、
空いたスペースに自転車レーンと駐車スペースを設置する形です。
上のイメージでは明示していませんが、
交差点の少し手前から駐車スペースを無くし、
車と自転車の間の死角を解消しておきます。
実際の施工例・オランダ、セルトーヘボス
赤色部分が自転車レーン、その外の灰色部分が歩道です。
車道と自転車レーンの間に駐車スペース(左)や芝地(右)が挟まっています。
ゼロから作り直すならこのように整然とした構造も考えられます。
(自転車と自動車の構造的な分離の目安)
・自動車の速度が高い道路とは、自動車の速度が50km/hを超える道路とする。
ただし、一定の自動車及び自転車の交通量があり、
多様な速度の自転車が通行する道路を想定したものであるため、
交通状況が想定と異なる場合は別途検討することができる。
(自転車と自動車の混在通行の目安)
・自動車の速度が低く、自動車交通量が少ない道路とは、
自動車の速度が40km/h以下かつ自動車交通量が4,000台/日以下の道路とする。
「50km/hを超える」というのは51km/h以上という意味ですから、
50km/hまでは自転車に車と同じ空間を走らせても差し支えない、
構造的な分離は不要だという判断ですが、これは乱暴すぎます。
ガイドラインの作成に関わったメンバーは、
車が50km/hで走っている車道を
実際に自転車で走った事が無いのでしょうか。
私個人の感覚で言えば、40km/hでもまだ安心とは言えません。
視覚分離のレーンで済ませようというなら、
車の速度が30km/h以下で、かつ、追い越していく車が
1.0m以上の側方間隔を必ず取るという条件で、
やっと許容できます(*)。
* 仮に、車と自転車がそれぞれのレーンの中央を走るとして、
車の車線幅を3.5m、車体幅を2.5m(バスを想定)とすれば、
自転車レーンの幅は最低でも1.6m必要です。
車の車線幅が3.0mなら、自転車レーン幅は2.1mです。
なお、側方間隔1.0m以上という値の根拠は諸外国の法令です。
(過去の関連記事:【国際比較】自転車を追い越す際の側方間隔)
ガイドラインの基準が心理実験(*)に基づく妥当なものなら、
私一人の許容リスク水準が低すぎるという事ですから問題は有りません。
* 年齢も性別も様々な被験者を集めて自転車で車道を走行させ、
車の速度や車との距離がどの程度に達すると、彼らが不安感、
恐怖感を抱き始めるのかを測定し、被験者全体の95%までが
安心できる閾値を求める、など。
しかし、もしそのような実験をせず、
単純に海外の基準を丸写しにしたのであれば、
そこには解釈の誤りが入り込む可能性が有ります。
それを次の調査報告で見てみます。
小林 寛、山本 彰、岸田 真、吉田秀範(2013)
「自転車通行空間の整備形態選定の考え方に関する海外比較」
『土木技術資料』 55-2, p.37
国交省の研究官らが作成した報告書です。その中から、
各国の整備形態の選択指針をまとめた図を引用しました。
ここで私が注目するのはオランダの基準です。
6ヶ国の中で(恐らくは先進各国の中でも)最も高い
自転車のモーダルシェアを誇っており、その背景には
優れたインフラが有ると考えられるからです。
そのオランダですが、市街地の内外で異なる基準を使っています。
オランダの郊外と言えば、だだっ広い牧草地が
延々と広がっているような環境ですから、
日本の都市部にとってはあまり参考になりません。
そこで、市街地内の基準を取り出して拡大します。
なぜか30km/hから50km/hの間が空いています。
望ましい定義とは「漏れも重複も無い」定義ですから、
図のように空白を含む定義は、普通に考えれば欠陥です。
2014年3月21日追記
あれ? もしかして誤解をしているのは自分なのか?
「空間共有」が、「同一平面を車と自転車が共有する事
(視覚的分離の有無は問わない)」だと思ったのですが、
もしかしてこの図は、青色部分が「車道混在(レーン無し)」
白色部分が「視覚分離レーン有り」なんでしょうか。
これは参考文献そのものを確認しないと分からないですね。
早く手に入れないと……。
ですが、実はオランダで一般的な制限速度は、
30km/hの次がもういきなり50km/hです。
Wat is de maximumsnelheid voor het wegverkeer?
「道路交通の最高速度は?」(オランダ政府の公式サイト)
このページの表を見れば分かる通り、
一般的な自動車の市街地内の制限速度は50km/hです。
(通則と異なる制限速度も標識を立てれば可能ですが、
オランダの道路ではあまり見掛けません。また、
超小型車やモペッド(原付)などは45km/hですが、
オランダではこれらの車種は少数派なので、
実質的には、【市街地内】の【車道】では、
殆どの車が50km/hという事になります。)
で、制限50km/hの主要道路のすぐ下位には
ゾーン30(30km/h-zone)の街路網が広がっていますから、
その間の速度帯域については基準が無いのだと考えられます。
ところが、これを見た日本の国交省や大学の研究者は、
この空隙を「50km/hまでは視覚分離で良い」と捉えてしまい、
それをそのままガイドラインに盛り込んでしまったようです。
日常的に自転車に乗っていない人間がやりそうな事です。
2014年3月21日追記
引用した図の解釈に自信が無くなってきたので、
仮に図の空白部分を〈視覚的分離レーン〉の領域と捉える事にします。
国交省のガイドラインが示した指針に近い解釈ですね。
しかしこの場合でも、ガイドラインには深刻な欠陥が有ります。
なぜなら、オランダの視覚分離型の自転車レーン(fietsstrook)は、
車道の幅員や交通実態に合わせて幅員を非常に柔軟に変えているのに対し、
(自転車レーンの幅員を実測した動画。
車道にペイントで引かれた一方通行の自転車レーンの場合、
幅員の実測値は狭い方から、160, 170, 180, 190, 275 cm と多様。
過去の関連記事:オランダの自転車レーンの幅員)
日本の国交省のガイドラインは最低限の幅員を示すのみで、
道路環境や交通状況に応じた幅員の拡大の仕方については
全く触れていないからです。
『ガイドライン』p.43
幅員は、自転車の安全な通行を考慮し、1.5m以上を確保することが望ましいが、道路の状況等によりやむを得ない場合は1.0m以上1.5m未満とすることが できる。
そして、実際にガイドラインを使う各地の自治体は
上からの指示を機械的に実行するだけの思考停止集団なので、
「1.5m以上」と言われても、実際には「1.5mきっかり」の、
最低限の幅の自転車レーンしか作ろうとしません。
「やむをえない」の文言を良い事に1.0mで作る例すら有ります。
(うーむ、国交省としては「考える材料」として、
敢えて曖昧な部分を残したままのガイドラインを提供し、
各自治体の自主性に期待したのかもしれませんが、
自治体は自治体で、上が何でも決めてくれると期待して、
ガイドラインを「構造令」のように捉えている節が有りますね。)
するとどうなるかというと、車道の狭さ、車の速さに見合わない、
極端に狭い自転車レーンが出来上がり、車がすぐ横を通る不安感から、
利用者の大半は相変わらず歩道を走り続ける事になります。
この事から得られる教訓
道路構造の設計指針というものは、各部が緊密に繋がり合った
分離不可能な一体物であり、バラバラにしてはならない。
各国の指針から特定の一項目だけを取り出して横断的に比較し、
それを単純に平均化するような研究手法は間違っている。
2014年3月21日の追記ここまで
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困った事に、このガイドラインは
各地の道路整備主体に実際に使われ始めています。
以下にその例を列挙します。
国土交通省・北陸地方整備局(石川県金沢市)
http://www.hrr.mlit.go.jp/kanazawa/douro/bicycle2/img/development.pdf
pdf p.2
宮崎県宮崎市
http://www.city.miyazaki.miyazaki.jp/www/contents/1390368504211/files/shiryou2-1.pdf
pdf p.1
愛媛県松山市
http://www.city.matsuyama.ehime.jp/kurashi/kurashi/seibi/keikaku/jitennsyanetto.files/4.pdf
pdf p.3
福井県大野市
http://www.city.ono.fukui.jp/page/kensetu/jitensyakeikaku_d/fil/keikakusoukoukuukan.pdf
pdf p.1
福岡県福岡市
http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/40423/1/251129koutsuu-shiryou2.pdf
pdf p.5
神奈川県藤沢市
http://www.city.fujisawa.kanagawa.jp/content/000379443.pdf
pdf p.2
愛知県豊橋市
http://www.city.toyohashi.lg.jp/secure/9443/2501siryo3.pdf
pdf p.3
神奈川県小田原市
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/161272/1-20140120102036.pdf
pdf p.22
大元で犯した間違えがそのまま拡大再生産されていますね。