その考え方を理解する為に、オランダの地方都市で実例を見てみましょう。
ゾーン内の道路を走る路線バス
(2010年現地で撮影)
(2010年現地で撮影)
セルトーヘボス(s'-Hertogenbosch)、通称デンボス(Den Bosch)は、
アムステルダムの南、約80kmの所に位置する地方都市です。
アムステルダムからは車で1時間、電車でも1時間、
自転車なら5〜6時間ほどの道のりです。
面積は91.26km2、人口は14万1893人(2012年)で、
規模的には千葉県佐倉市(2013年)に近いです。
かつて城壁が張り巡らされていた中心市街には
教会や広場が有り、賑わいの中心になっている。
教会や広場が有り、賑わいの中心になっている。
(2010年、現地で撮影)
この都市は、オランダ国内で最も優れた自転車都市を
選出するコンテストで2011年に一位を獲得しました。
(それに続く2014年の今大会では、現在5都市が最終候補に残り、
栄冠を狙って整備してきた自転車インフラをアピールしています。
関連記事: オランダのNo.1自転車都市コンテスト)
文化面では、15世紀の画家、ヒエロニムス・ボスが有名です。
元々教会だった建物を改装した美術館の内部は、
悪夢のような名状し難い作品群に覆い尽くされています。
上の写真は、その美術館の展望室からの風景です。
では早速、ゾーン30(30km/h-zone)の範囲を見ていきます。
古くからの市街地
(C) 2014 Google
ドメル川(Dommel)とアー川(Aa)が合流する自然の地形に、
人工的に掘られた水路を加えて、三角形の要塞を形成しています。
これが古くからの中心部のようです。北の方に五稜郭っぽいのが見えますね。
さて、30km/h-zone の範囲ですが、
中心市街の 30km/h-zone
(Google Maps を加工)
こうなっています。
赤い半透明の範囲が全部 30km/h-zone です。
(一部に P zone (parking area) も含みます。)
幹線道路との境界にポツポツと並んでいる赤い点は、
ゾーンの入口を示す標識が立っている場所です。
(Street View で一箇所ずつ確かめました。)
こうして視覚化してみると、市街地のかなりの範囲が
30km/h-zone に指定されているのが分かりますね。
zone に入っていないのは、幹線道路の他は、
公園、川、鉄道の敷地、開発中の土地など、
車の道路網とは関係の無い場所が殆どです。
中心広場
(C) 2014 Google
上の地図を更に拡大しました。中央の濃い灰色の部分が広場で、
何本もの商店街通りが集結する賑わいの中心です。
私が訪れた日は、この広場にジェットコースターなどの
絶叫マシンが幾つも設置されていて、幅広い年代の人々で混雑していました。
この広場を中心として、
(通過)車両の進入禁止区域
(Google Maps を加工)
エルフ(*)や進入禁止など、
自動車に対して更に厳しい規制が掛けられています。
30km/h-zone の中にエルフという入れ子構造ですね。
* エルフ(erf)
ヴォーネルフ(woonerf)や living street、
コミュニティー道路などとも呼ばれる、
歩行者と自転車を最優先した生活道路。
オランダの交通法(RVV 1990)では、
エルフ内の制限速度は 15 km/h とされている。
(RVV 1990, 第45条)
なお、上の地図で使った記号の意味は次の通りです。
- 赤い縁取りの四角い点: 電動ボラード
- 赤い縁取りの丸い点: 進入禁止標識
- 黒い横棒: 自動車が物理的に通れない狭い道路
- ?: Street View 未収録で確認できなかった箇所
数カ所に電動ボラードが用いられていますね。
これは、一般車両の侵入を防ぎつつ、
商品の搬入車両や路線バスを通す為でしょう。
(規制区域内にもバス路線が通っているので。)
erf の入口の一例
erf の中にも商品の配送車は入れる。
(2010年に現地で撮影)
標識の解説を書いておきます。
右側の標識(上から)
- erf エルフここから
- ZONE 自動車進入禁止ゾーンここから
- uitgezonderd (except) 自転車を除く
- uitgezonderd (except) 以下を除く
- bestemmingsverkeer (destination traffic) 区域内が目的地の車両
- tussen (between) 7-12h 18-20h 7-12時と18-20時の間
- op koopavonden (on evening shopping days) 21-22h
〈買い物の夕べ〉の日は21-22時の間
左側の標識(上から)
- 危険
- beweegbaar obstakel (moving obstacle) 動く障害物
- bij groen licht één voertuig
(at green light one vehicle) 青信号の時に一台ずつ
横から見た電動ボラード(2010年に現地で撮影)
三角形の部分がウィーーーンと起きたり倒れたりする構造です。
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さて、ここで縮尺を元に戻します。
中心市街の地図(再掲)
(C) 2014 Google
この図で、幹線道路は 30km/h-zone に含まれていない事が分かりますが、
では、セルトーヘボスの幹線道路は、どのような規模の道路なのでしょうか。
何車線くらい有るのでしょうか。
実は、殆どが片側一車線(計二車線)の道路です。
セルトーヘボスに限らず、オランダの都市の中心市街には、
片側二車線以上の道路は殆ど有りません。
これは首都であるアムステルダムでも同じです。
(但し、路上駐車対策が日本とは全く異なるので、
「片側一車線」と言っても日本の片側一車線道路と
同一視する事はできません。)
地図の縮尺をもっと大きくして、都市全体を眺めてみましょう。
セルトーヘボスの(ほぼ)全容
(Google Maps を加工)
オレンジ色の道路は高速道路です。
高速道路は基本的に片側三車線で、通行料は無料です。
意外と車にも便利にできているんですね。
但し、そのネットワークは市街地の周縁部をなぞるように
遠巻きに迂回しています。都市の中心部に入ってくる事は有りません。
これは、オランダ国内の他の都市でも大体同じです。
では、一般道はどうでしょうか。
高速道路の内側の、片側二車線以上の道路区間
(Google Maps を加工)
高速道路よりも内側の一般道で
片側二車線以上の区間をピンク色に着色しました。
(但し、
片側が三車線以上でも、反対車線が一車線しか無い場合は着色しなかった。
また、側道が並行している区間では、本線と側道は別々に数えた。)
ピンク色の線が高速道路の出口から何本か延びていますが、
それ以外の大多数の道路は片側二車線に満たない事が分かります。
市街地の中心部に向かって延びている多車線道路は、
中心部の少し手前で車線が減少しています。
中心よりやや左下を斜めに走るピンク色の線は
高速道路網を補完して環状のネットワークを形成していますね。
これは2011年3月15日に開通したばかりの道路です。
(Google Maps の空撮画像や Street View にはまだ反映されていません。)
参考にしたウェブページ
http://defotograaf.eu/blog/randweg-vught-den-bosch/
この道路の開通に合わせ、従来片側二車線だった道路
(駅の南東から南に延びる道路)が片側一車線に改修されました。
また、非常に複雑だった交差点もシンプルな丁字路に作り替えられました。
郊外に車線数の多い環状道路を整備する一方で、
中心市街の道路は規模を縮小しているという事です。
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以上見てきた事を総合すると、
セルトーヘボスの道路ネットワークは、
エルフ < ゾーン30 < 片側一車線道路 < 片側二車線道路 < 高速道路
と、都市の中心から郊外へと、
綺麗なグラデーションになっている事が分かります。
中心部に近付く程、人を主役に、車を不便に、
という一貫した思想が有りますね。
30km/h-zone というのは、
こういうシステムの中に
位置付けられる政策なわけです。
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今回の記事はマクロ視点が中心でしたが、次回の記事では
それぞれのレベルの道路が具体的にどんな姿をしているのか、
もっとミクロな視点に寄って観察していきます。
全体と同時に細部も捉えるのはとても大切な作業です。
これを怠ると、海外のインフラ整備事例を誤解して
本質を捩じ曲げてしまう事になります。
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最後におまけ
セルトーヘボスの中心市街から 30km/h-zone を一つ切り出して
日本の都市に当て嵌めてみました。
東京都渋谷区神宮前に重ねたセルトーヘボスの 30km/h-zone
(Google Maps を加工)
おや、サイズ的に結構ちょうど良く収まりそうですね。
仮にこの地区でゾーン30を導入するなら、
こうですね。
(Google Maps を加工)
もっとも、現状でも既に通過交通が少なく、
車の実勢速度も30km/h以下なのであれば、
わざわざゾーン指定をする意味は有りませんが。