2015年1月31日土曜日

オランダは自転車道の無い道路が主流

内閣府の交通安全対策のページにオランダの現地調査結果が載っています。事故実態や政策、行政体系、交通安全教育など、広範な分野の情報が手短かに纏められていて参考になります。

が、走行インフラについては、

内閣府(2011, ref 1-1)「I. 海外現地調査結果 1. オランダ」
http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/pdf/ref/1-1.pdf

p. 19
1)通行空間整備状況
自転車専用道路が整備されていると紹介されるケースの多いオランダであるが、都市部の道路の9割近くは自動車との共用道路である

えっ? 本当に?!

オランダの自転車インフラは構造的に分離された自転車道が主流だとばかり思ってましたが、大部分は車道混在だったんですねー(棒読み)



さて、どこから手を付けるかな……。まずは「道路」の定義を突いてみよう。

Krankeledenstraat, Amersfoort, Nederland(2010年撮影)

Lavendelstraat, Amersfoort, Nederland(2010年撮影)

Papenhofstede, Amersfoort, Nederland(2010年撮影)

もし、こういう裏道まで全部含めて「道路」って言ってるなら、そりゃまあ9割くらいは自転車道は無いでしょうね。

ですが、先進国の自転車政策を参考にするという文脈の報告書で、オランダでは車道が主流なんて書かれたら、あたかも自転車道が例外的なインフラであるかのように誤解させてしまいます。

本当に必要なデータは、車と自転車を分離する必要が有る幹線道路で、どのような自転車通行空間が整備されているかですね。それについては、例えばこんな記事が有ります。

The Boston Globe(2013年9月21日)
A cyclist’s mecca, with lessons for Boston
HOUTEN, the Netherlands

// 中略

Almost every major street features separated bike lanes, bike-specific traffic lights, bike highways, and yield signs that, together, deliver one message: The bicycle is king.
"Almost every major street features separated bike lanes"
「ほぼ全ての主要な通りには分離された自転車レーンが有り……」
 (数字は出てませんが。)



一つの街の道路網を丸ごと全部調べた報告書も有ります(が凡例が無い)。

ノースイースタン大学の海外フィールドワークの授業で学生が纏めた調査結果
1. What kind of bicycle route facilities are there, and how much of each kind is there?
(最終更新:2011年9月11日)



或いは、自分で確かめるという手も有ります。

アームスフォート(Amersfoort)の自転車ネットワーク

Fietsersbond(オランダ・サイクリスト協会)のRouteplanner(自転車に特化した経路検索)で表示したアームスフォートの地図です。自転車道が赤色の線で表示されています。このRouteplannerには、その他にも、
  • 信号機や道路工事の場所
  • 駐輪場やレンタサイクルのポート
  • 電動アシスト自転車の充電スポット
  • 観光名所や自転車歓迎の料理店、宿泊施設
などをアイコンで表示する機能が有ります。全国に3万5000人以上いる協会員の手によって日々情報が更新されているようで、Google Mapsよりきめ細かい情報が得られます。

駅から中心市街にかけてのエリアを拡大しました。

自転車道(赤色)は幹線道路(黄色)沿いを中心に何本か有るだけで、住宅街や商店街の細街路には殆ど整備されていません。でも良いんです。必要ないから。

冒頭の写真のように、車が殆ど通らず、速度も低い裏道や生活道路では、自転車と車を構造的に分離する必要は有りません。





ちなみに、こういうのも道路と言えば道路です。自転車は通行禁止ですが、「自転車の通行空間が無い道路」という意味で、間違って「自動車との共用道路」に分類している可能性は有りますね。

2016年9月16日追記{

https://www.swov.nl/rapport/Factsheets/UK/FS_Bicycle_facilities.pdf
のp.3に拠れば、

オランダの50km/h制限の幹線道路での自転車インフラ整備延長割合は2008年時点で、
  • なし 17%
  • 自転車レーン 24%
  • 自転車モペッド共用道 14%
  • 自転車道 45%
だそうです。



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次は用語の定義を攻めてみましょうか。

内閣府(2011, ref 1-1)p. 19
1)通行空間整備状況
自転車専用道路が整備されていると紹介されるケースの多いオランダであるが、都市部の道路の9割近くは自動車との共用道路である。

日本の道路法で「自転車専用道路」と言えば、普通はレクリエーション用のサイクリングロードです。確かにオランダも郊外に延びるサイクリング路線は充実しています。

しかしここでは、
車道や歩道も含む道路空間の中で、自転車の為に確保された専用空間
的な意味合いで使っているようにも取れます。用語の使い方が随分と適当ですね。となると、「共用道路」という言葉で何を意味しているのかも疑わしくなってきます。報告書の続きを読んでみましょう。

内閣府(2011, ref 1-1)p. 20
オランダの都市部の道路は自転車道を含めて 55200km あり、このうち自転車専用の通行空間は 7000km 程度(うち半数が独立した自転車道)であり、残りの9割近くは自動車との共用道路である。(2)

ふむ、奇妙な文章だ。用語の使い方がでたらめに見える。

1. 「自転車道を含めて」という表現からは、この「自転車道」が一般の道路から独立した、野原や川沿いに引かれたものだと考えられます。だったらそれは「自転車専用道路(solitaire fietspaden)」ではないでしょうか?

2. 「自転車専用の通行空間」には幾つか種類が有ります。
  • solitaire fietspaden(独立したサイクリングロード)
  • fietspaden(車道に隣接して整備される、構造的に分離された自転車道)
  • fietsstroken met doorgetrokken streep(連続線で区切られた自転車レーン)
一方、専用ではない通行空間にも幾つか種類が有ります。
  • fiets/bromfietspaden(モペッドの通行も許可されている自転車道)
  • fietsstroken met onderbroken streep(破線で区切られた自転車レーン)
  • fietssuggestiestroken(ピクトグラムが無く、破線で区切られた、単なる目安レーン)
  • fietsstraten(独立した広い自転車道のような外見だが、車も通行する道路)
しかし、内閣府のレポートではここら辺の定義が曖昧ですね。

3. 「独立した自転車道」も、路線として独立しているのか、構造的に車道から分離されているだけなのかが曖昧です。

4. 「自動車との共用道路」も同じく何通りにも解釈できてしまいます:
  • 車と自転車を分ける必要が無い裏道や生活道路
  • 自転車が主役で車が脇役とされる「自転車通り(fietsstraten)」
  • 破線で区分された自転車レーンが有る道路
  • 自転車通行空間が未整備の幹線道路
  • そもそも自転車が通れない高速道路(誤った集計)


どうもおかしいな。何なんだこの報告書は。本当に現地を見て来たのか?

上の引用箇所、内閣府(2011, ref 1-1)p. 20 の文の最後に (2) と付いています。これは文献番号だそうです。それを辿って「海外現地調査の概要」p. 24 (pdf p. 8) の文献一覧を見ると、
(2)『自転車先進国における自転車政策の新たな展開』古倉宗治(2006-2009)
あー、なるほどね。

過去の関連記事
『成功する自転車まちづくり』の欺瞞 (1)

内閣府(2011, 3-1)「海外現地調査の概要」p. 24 (pdf p. 8)
海外現地調査結果は報告書参考資料編にとりまとめているが、その内容に関しては現地ヒアリング調査に加え、下記の文献の情報を加えている。また、海外現地調査に先立ち、ドイツ・デュッセルドルフに拠点を持つ財団法人自転車産業振興協会ならびに、欧州をはじめ諸外国の自転車政策に詳しい有識者として株式会社住信基礎研究所研究理事の古倉宗治氏に対してヒアリング調査を実施し、関連情報の収集及びアドバイスをいただいた。

という事は、報告書の結論にも「アドバイス」の影響が出てるのかな?

内閣府(2011, 5-2-5)「自転車利用環境整備」p. 1
また、自転車通行空間のネットワーク化に関しては、クルマとの共用空間によりその大部分が構成されている例もあり、自転車専用空間の確保が困難な場合にも、まちづくりにおける自転車の利用促進を図る道路とそれ以外の道路を棲み分けることによって、自転車の通行経路の明確化と対策の重点化が図られている。

この報告書ではオランダ以外にもフィンランド、デンマーク、ドイツ、フランスを視察してるので、あながち間違いとも言い切れない結論ですが、構図的には、自転車インフラの質が突出して高いオランダのノウハウを学び損ねて、周辺国の低レベルな政策に流れてしまったって感じですね。


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今回引用した資料が掲載されているページ

内閣府政策統括官(共生社会政策担当)交通安全対策担当
「自転車交通の総合的な安全性向上策に関する調査報告書」
http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/houkoku.html

内閣府政策統括官(共生社会政策担当)交通安全対策担当
「自転車交通の総合的な安全性向上策に関する調査報告書(参考資料編)」
http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/houkoku-ref.html

日本人の自転車利用実態のアンケート調査も載ってました↓
http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/pdf/houkoku/5-1.pdf
http://www8.cao.go.jp/koutu/chou-ken/h22/pdf/houkoku/4.pdf



過去の関連記事
オランダでは自転車道が主流
自転車道と自転車レーン——オランダの見方