2015年1月31日土曜日

ゾーン30を巡るボタンの掛け違い

2011年9月に警察庁交通局長が「ゾーン30の推進について」という通達を出しました。これを受けて各地の生活道路で徐々に30 km/h規制が導入されつつありますが、現実の道路を見ると、どうも30 km/hでは速すぎるのではないかと感じられる例が有ります。

東京都杉並区のゾーン30規制道路
(幅員は約5.5m)

東京都八王子市のゾーン30規制道路
(幅員は3.5……いや、もっと狭いかな?)

こういう道路を車が30km/hで走っていたら、
  • 子供を一人で遊びに行かせられますか?
  • 老人が安心して散歩できますか?
  • 良好な生活環境と言えますか?
ちょっとおかしいぞと思いますよね。
一体どうしてこんな事になってしまったのでしょうか。



冒頭に挙げた通達の根拠は2011年3月の「生活道路におけるゾーン対策推進調査研究報告書」という文書なのですが、問題はその中に有りました。

この資料は基本的に
  • 海外の生活道路対策に依拠して
  • 日本版の指針を提示する
というスタイルのもので、その指針の良し悪しは専ら、海外の知見を如何に正確に学び取れたかに掛かっています(参考にしている海外事例が成功しているものである限りは)。

ところが、肝心の
2.4 海外における生活道路対策
を見ると、海外がゾーン30の道路にどのような構造基準を定めているかについて全く触れていません。暗黙の内に海外と日本の「生活道路」が同一のものであると仮定しています。


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ではここで、オランダ南部の都市、セルトーフンボス('s-Hertogenbosch)の中心市街を例に、どのような道路がゾーン30(30km/h-zone)に指定されているかをStreet Viewで見てみましょう。

※オリジナルの画像にトーンカーブ、彩度、傾き補正、縮小処理などを加えてあります。


撮影:Google(2009年8月@51.685555,5.303554

歩道と車道が分かれており、どちらもブロック舗装です。

撮影:Google(2009年8月@51.688405,5.312497

ここも歩道と車道が分かれています。車道は一方通行で、車と逆向きに走る自転車の為に片側だけ自転車レーン(破線区分型)が設けられています。


撮影:Google(2009年8月@51.689296,5.307841

ゾーン30区域内のバス停です。


撮影:Google(2009年8月@51.690556,5.308043

積み降ろしの為のスペースが設けられている場所も有ります。


撮影:Google(2009年8月@51.691838,5.301135

ここも一方通行で、片側だけ自転車レーンが有ります。


撮影:Google(2009年8月@51.691023,5.301197

商店街通りでは歩道が広く、オープンカフェが出ている場所も有ります。


撮影:Google(2009年8月@51.691042,5.303901

両方向とも自転車レーンが用意されている所も有ります。車は一方通行で、車と同方向の自転車レーンは破線で区分されています。(破線と実線では交通規則が異なります。)

関連する過去の記事
CROWと国交省のガイドライン比較


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このように、オランダの30km/h-zoneでは基本的に車道と歩道が区別されています。これについては、オランダの専門機関から出ている自転車インフラの設計指針、
CROW (2007) Design manual for bicycle traffic
にも、道路網の機能分類についての解説で、
... no separation of traffic types apart from pedestrians from other traffic.
と明記しています(p. 36)。

関連するWikipediaの記事
http://nl.wikipedia.org/wiki/Erftoegangsweg

つまり、30 km/hという制限速度は歩行者と自動車の空間が物理的に区分されている事を前提にした値であり、日本のように、

白線を引いただけの路側帯しか無い生活道路や、

道路の片側にしか柵が無い準幹線道路、

歩道が極めて狭く、

歩行者がしばしば車道にはみ出す商店街道路

などには適用できないものです。

もちろんオランダにも歩道が無い生活道路はたくさん有りますが、その場合はヴォーンエルフ(woonerf。発案当初は住宅地だけでしたが、その後商店街にも応用されるようになり、woonを取り去ってerfに改称されました)に指定され、車に対しては「歩くペース(最大で15 km/h)」の制限速度が掛けられています。

関連する過去の記事
ヴォーンエルフの最高速度が15km/hになった経緯

但し、明らかにスピードを出せそうにない細さで、通る車も数軒の住民の車だけという裏道は、一々エルフ指定されない場合が多いようです。例えば、

こんな裏道や
撮影:Google(2010年9月@51.6896,5.309439

こんな裏道。
撮影:Google(2010年9月@51.688919,5.310561

(ていうか撮影の車よく入れたなあ。屋根上のカメラは引っ掛からなかったんだろうか。)


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つまり、日本の研究者が生活道路だと思い込んでいた海外の道路は、実は住宅街や商店街の中の「そこそこメインの通り」であり、日本の生活道路に相当するのはもっと細いエルフなのでした。ボタンを一つずつ掛け違えていたという訳です:

日本 オランダで近いと思われる概念
生活道路 erf
準幹線道路 30km/h-zoneerftoegangsweg
幹線道路 gebiedsontsluitingsweg
高速道路 stroomweg


2016年5月24日追記{
オランダのerfに相当する各国の道路分類がWikipediaに纏められています:
Wikipedia. (2016-04-18). "Living street"

ドイツのVerkehrsberuhigter Bereichの場合、車は人の早歩き程度の速度までしか認められていませんね。



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生活道路におけるゾーン対策推進調査研究報告書」を書いた人たち、ゾーン30が「面的な規制」だという点に目を奪われ過ぎです。もっと細部を見てください。


2016年5月24日追記{
30km/hという制限速度の妥当性について、日本国内の専門家はどう考えているんでしょうか?

交通工学研究会「生活道路の交通安全対策 Q&Aコーナー
Q.17:車輌の時速30kmは安全な速度と言えるのか。時速20kmであれば衝突しても大丈夫と感じるが、時速30kmでは無事で済むとは考えにくい。

A.17:衝突時の車輌速度と歩行者が致命傷を負う確率を調査した結果、時速30kmまでは減速による効果が大きいことや(時速20kmの同確率は大きく変わらない)、交通の円滑性等を考慮すると時速30kmが適当と考えられる。 
私は交通工学研究会の回答に2点、問題が有ると感じます。

一つ目は、「ぶつかったら無事では済まないだろう」という印象を歩行者に与えてしまっている事自体の重大さを認識していない点です。これは、歩行者を生活道路の主役として復権させるべきという思想に真っ向から反し、車による実質的な空間支配を容認する事と同義です。

二つ目もこれに関連して、歩行者の安全・安心が最優先であるはずの空間で、車の円滑な通行を優先している点です。歩道の有る道路であれば歩行者の安全・安心と車の円滑な通行は両立しますが、先に書いたように日本国内の専門家はボタンの掛け違いをしています。日本でゾーン30の対象にしようとしている道路は、歩行者の為に車の通行を意図的に阻害しなければならない空間です。

この他、致命傷を負う確率の調査についても、最近の研究で「30km/hでも充分安全とは言えないのではないか」との疑問が出されていますが、私が内容を理解できていないので資料の紹介に留めます:

Höskuldur R.G. Kröyer. (2015-07). "Is 30 km/h a ‘safe’ speed? Injury severity of pedestrians struck by a vehicle and the relation to travel speed and age". IATSS Research, Vol.39, Iss.1, pp.42-50.