山中教授の自転車インフラ整備戦略に対する批判の続きです。
前回の記事はこちら。
まず、山中教授の主張をおさらいしておきましょう。
まずレーンを作って、そこへ、いま歩道にいる速い自転車を移しましょうと。
で、遅い自転車でどうしても車道を走りたくない人たちって居ますので、
こういう人たちは暫くこの左 /*歩道*/ に居てもらうと。
で、だんだんこの右側 /*自転車レーン*/ が快適な事が分かってきますので
ほっといても多分右に移って行きますよ。或いは、どんどんこれを
快適にしていけば、ママチャリのおばちゃんは当然ですけども、
高校生も当然ですけども、それ以外の人たちもこのレーンに移って行きます。
(自転車活用推進議員連盟プロジェクトチーム・第3回会議の記録映像より)
歩道に残ったままのママチャリのおばちゃんが
いつどうやって車道の快適さを知るんですかね……。
前回の記事の最後で、この戦略には以下の問題が有ると指摘しました。
- 自転車レーンは「安全」ではあっても「安心」な空間ではない。
- いや、それどころか「安全」ですらない場合も有る。
- 故に、大衆の意識改革やモーダルシフトを引き起こすには力不足。
- 歩道と自転車レーンの併用を認めると余計な事故リスクを生む。
- 中途半端な自転車インフラを整備すると、結局は作り直しで二度手間になる。
1と5は言うまでもないですね。
3は、山中教授が言うような自転車レーンを整備する事で、
- 例えば小さな子供がいる家族が休日にファミレスに出かける時、
車ではなく自転車で行こうと思うようになるか、 - 例えば中学生や高校生の子供を自家用車で送迎している親が
子供に自転車通学をさせるようになるか、 - 例えば社員の自転車通勤を禁止している人事労務担当者が
自転車通勤を許可するようになるか、
(上の例、2014年2月17日に修正)
問題は2と4です。
2. 自転車レーンは「安全」ですらない場合も有る。
4. 歩道と自転車レーンの併用を認めると余計な事故リスクを生む。
まずは4から。
自転車に通行空間の選択肢を与えてしまうと
自転車同士の衝突事故を誘発します。
どういう事か。
歩道を走る自転車も、
常に歩道だけを走るわけではありません。
例えば、前方で歩行者が広がって歩道を塞いでいる場合、
自転車はそれを避けて一時的に車道に出て来る事があります。
問題は、そういう自転車がしばしば、
一時停止も安全確認も全くせずに
車道に斜めに飛び出してくるという事です。
(アニメ弱虫ペダルで、ヤクザを追走する鳴子君と小野田君が
歩道から車道に斜めに飛び出すシーンが有ってヒヤヒヤしました。
また、ランナーでも同じように飛び出す人もいますね。)
元から車道の端を走っていた自転車としては堪ったもんじゃない。
真横から、あるいは斜め後方から、
不意打ちのように突っ込んでくるわけです。
所謂 KAMIKAZE 自転車ですね。
NINJA(夜間に無灯火で走る自転車)、
SALMON(車道を逆走する自転車)と並んで厄介な存在です。
また逆に、車道の自転車レーンが路上駐車に塞がれていたり、
交差点の手前で左折車が渋滞していたりすると、
こうした日和見自転車は歩道に戻って行きますが、
その時も、一時停止や安全確認をせず、
勢いを付けて縁石を乗り越える場合が多いです。
上の例とは逆方向の KAMIKAZE で、ここでも、
元から歩道上を走っていた自転車と衝突するリスクが有ります。
これが、自転車の通行空間を統一しておかなかった事で生じる
余計な事故リスクです。
更に言えば、山中教授が提案しているような中途半端な妥協策は、
現状の道路構造を極力そのままにして、最小限の手間と費用で
何とかしようという動機の下で採用される可能性が高いです。
この場合、車道と歩道の間の植樹帯や街路灯など、
死角を生む構造物がそのまま残される可能性が高く、
KAMIKAZE 自転車を発見・回避するのが難しくなります。
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次に2の問題。
自転車レーンは体感的には危険でも
統計的には安全と言われますが、
必ずしもそうとは限りません。
不適切な構造の自転車レーンや、
管理・運用に問題が有る自転車レーンには、
次のような事故リスクが有ります。
- 自転車レーンが狭すぎて、自転車が車に引っ掛けられる(sideswipe)。
- 自転車レーンが狭すぎて、突然開いた車のドアに自転車が衝突する。
- 自転車が路上駐車を避けて右に進路変更した時に後続車に追突される。
- 交差点手前で左折車列が渋滞すると、それをすり抜けて
直進しようとする自転車が後続車に追突される。
東京都港区・札の辻交差点
形式的に「自転車レーン」と名の付くものを
整備しさえすれば良いという現場の思考停止が、
各地で極端に狭い自転車レーンを生み出しています。
ですが、もし
- 横からビル風などの突風が吹いてきたら?
- 自転車レーンに歩行者が飛び出して来たら?
- 大型車のスリップストリームに吸い込まれたら?
- 危険なグレーチングやガラスの破片に直前で気付いたら?
狭すぎる自転車レーンでは、
こうした不測の事態に対応できません。
東京都江戸川区・西葛西
バスの車体が白線ギリギリまで迫ってくる。
バスの車体が白線ギリギリまで迫ってくる。
この問題は実際の事故リスクを高めるだけに留まりません。
ドライバーに対して、
自転車との側方間隔は20~30cmくらい空いていればOKという誤ったメッセージを暗に伝える事にもなります。
海外の法令では、自転車を追い越す車に対して、
3~4 feet または 1.0~1.5 m の側方間隔を求める例が一般的ですが、
(過去の関連記事)、こんな狭い自転車レーンでは、横を走る車は
普通に通行しているだけで道交法28条4項違反になりかねません。
東京都港区・札の辻交差点
左折待ちで停車中の白い車の脇を直進自転車がすり抜けている。
左折待ちで停車中の白い車の脇を直進自転車がすり抜けている。
不測の事態は他にも有ります。
上の写真は、停車中の車の横を自転車がすり抜けている場面ですが、
自転車レーンの幅員のほとんどが車のドアゾーンと重なってしまっています。
「路上駐車ならともかく、信号待ちの車が
ドアを開けるわけないじゃないか」
私も以前はそう思っていました。
——あの日は軽い熱中症で判断力が鈍っていた事も有ったんでしょう。
歩道側、助手席のドアが突然開き、見事にヒットを食らいました。
東京都港区・札の辻交差点付近
自転車レーンでは路上駐車の問題も生じます。
取り締まりの人手も足りませんし、
沿道の商業活動にも支障が出ます。
そんな事なら、最初から自転車道を作っておいた方がマシです。
岡山県岡山市・岡山駅前の西口筋
歩道と車道の間の赤い部分が自転車道。
車道に停車帯が確保されている事も有って、
路上駐車が入ってくる事は無い。
(Google Maps Street view より)
歩道と車道の間の赤い部分が自転車道。
車道に停車帯が確保されている事も有って、
路上駐車が入ってくる事は無い。
(Google Maps Street view より)
東京都江東区・亀戸駅前の国道14号
これらの自転車道は必ずしも最良の形とは言えませんが、
取り締まりをせずとも路上駐車に塞がれないという点では
自転車レーンより圧倒的に優れています。
逆の見方をすれば、自転車レーンは、普通に振る舞うドライバーに
自動的に罪(*)を犯させてしまう構造であるとも言えます。
(* 罪と言っても、自転車レーン上への停車は、
それだけでは違法性は有りません。)
交差点の構造でも、自転車レーンには難が有ります。
明治通りの新宿5丁目交差点
(Google Maps より。オリジナルの画像に露出調整を施してある。)
(Google Maps より。オリジナルの画像に露出調整を施してある。)
伊勢丹に来店する車で左折レーンが渋滞しがちな
新宿5丁目交差点を例に説明します。
南北方向の明治通りに自転車レーンを設置した場合、
車と自転車はそれぞれどのような挙動を見せるでしょうか。
左折巻き込み事故を防ぐ為に、交差点の手前で
自転車と左折車を一列に合流させる構造が採用されたと仮定します。
これは、山中氏も「自転車利用環境の整備とまちづくり」で引用している、
国交省のガイドラインで示された手法です。
国土交通省(2012)
「安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」p.65 より
ところが、現実の人間は設計者が意図したようには振る舞いません。
上記写真の拡大。
説明の都合で、横断歩道の上に車を一台追加しています。
まず車の挙動ですが、この新宿5丁目交差点や
文京区の春日町交差点のように、左折車に対する交通容量が少ない交差点では、
左折車は自転車を流れに入れようとはしません。
自分が交差点を通過できるタイミングが少しでも遅くなるのを
極端に嫌がるからです。
この為、交差点に後からやって来た自転車の前には、
左折車の列によって〈壁〉が形成されます。
この状況に対して、交差点を直進しようとする自転車は
車の間をすり抜ける事で前に出ようとします。
交差点での足止めが大きなタイムロスに繋がるのは
自転車も同じだからです。
(歩道に上がって左折車の〈壁〉を回避する自転車もいますが、
新宿の繁華街の歩道はとても混雑しているので、
下手をすると車道を通るよりも時間が掛かります。)
その結果、
予想される自転車の動線と衝突の形態
(水色の線は自転車、ピンク色の線は車。)
(水色の線は自転車、ピンク色の線は車。)
このような事故リスクが生じます。
第2通行帯の車のドライバーにとっては
車の陰から唐突に自転車が飛び出してくる形になるので、
衝突のリスクは非常に高くなりますね。
(自転車利用者の多くはリスク・テイキング傾向が強いので、
そうした行動原理を設計段階から織り込まなければ、
真に安全な道路とは言えません。)
では、ガイドラインが示すもう一つの整備手法ではどうでしょうか。
自転車を車の流れに合流させないタイプです。
この指針に沿って実際に整備された、
文京区の千石一丁目交差点で見てみましょう。
自転車の停止位置
車との混合は有りませんが、自転車に対しても
横断歩道の手前に停止線が引かれています。
これでは直進自転車の進路がすぐに左折車の壁で塞がれてしまいます。
自転車に対する停止線は車の停止線よりも前方にありますが、
停止位置の前出し
たったの1m !?
国交省の役人の脳内では、一回の赤信号の間に来る自転車が
一台だけという想定でも有るんでしょうか。
2014年11月2日 写真の差し替え
{
左折車に進路を塞がれてしまう直進自転車
横断歩道の手前では止まる車も、自転車レーンの矢羽根模様は無視している。
}横断歩道の手前では止まる車も、自転車レーンの矢羽根模様は無視している。
2台目以降の直進自転車の進路が左折車に塞がれる可能性が高いですが、
まあ、現実には誰もこんな停止線は守りません。横断歩道を通過して、
ここで待つ
(本来は二段階右折時の待機場所として設けられた)
交差点の角のスペースで信号待ちをしています。
できるだけ前に出て、車との距離を確保しておこうという事ですね。
これは事故防止の観点からは正しい行動です。
形式的には信号無視(道交法施行令2条)という事になりますが、
守る事で却って危険になる法令なんざ守る価値は有りません。
(この条項自体が道交法1条と矛盾しています。)
堂々と違反する事を推奨します。但し、
問題は途中の横断歩道ですね。
ここで歩行者と衝突するリスクが有ります。
正規の位置で停車している車が死角を生み、
右から横断してくる歩行者が見えない。
右から横断してくる歩行者が見えない。
自転車が横断歩道の手前で止まるという想定しかしていないので、
上のような〈正当な違反〉を自転車がしてしまうと、
自転車と横断歩行者が出会い頭衝突するリスクが有ります。
ここら辺に日本の役人や学者の経験不足が露呈しています。
オランダの解決策を見てみましょう。
右下から左上に延びる道路の自転車レーンが、
交差点の少し手前から、自転車道に切り替わっている事が分かります。
これにより、自転車は歩行者と同じく、赤信号の間に
車の停止線より遥か前方まで進む事ができます。
さらに、横断歩道と自転車通路がひとまとめになっているので、
千石一丁目交差点のように
横断歩道の手前では止まるけど自転車レーンは無視して塞ぐというドライバーの振る舞いも防げます。
右折(日本の左折に相当)自転車は信号待ちを一切せずに
交差点を通過できるのも良いですね。
ところでこの構造、自転車の動線だけ見ると、
東京都三鷹市・かえで通りの自転車道もどき
自転車に歩道通行をさせている日本の道路構造と結構近いんですよね。
上の写真の交差点では、自転車の停止位置は
車の停止線より10m以上も前に出ています。
これぞ本来の advanced stop line です。
これくらい大差を付けないと意味が有りません。
東京都三鷹市・かえで通りの自転車道もどき
このように、信号が青に変わった時点で既に、
自転車が圧倒的に先行しています。
左折時衝突を防ぐ上で絶大な効果が有ります。
かえで通りの自転車道もどきは
オランダのインフラに比べれば見劣りはしますが、
大まかな方針はそれほど間違っていないと思います。
何より、普通の人が普通に使っているという事実は強力ですね。
自転車インフラは使われてなんぼ
(双方向の自転車道なので逆走ではありません)
(双方向の自転車道なので逆走ではありません)
大人も子供も老人も、自転車に乗る人は
ほぼ全員、この自転車道を使っていました。
歩行者と自転車の分離という目標が達成できています。
自転車レーン整備後もクッソ狭い歩道に自転車が走り続けている
西葛西の例と比べれば、三鷹の例は大成功と言っても良いでしょう。
(三鷹は三鷹でこき下ろす点が幾つも有りますが、
それはまた別の機会に説明します。)
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最後にもう一度、山中教授の案に反論します。
一見して「危なそう」と思われた時点で、そのインフラはアウトです。
「ほっといても多分……」は、いつまで経っても来ません。