2014年2月11日火曜日

『自転車の安全鉄則』のウソ (1)

スポーツ自転車を始めたばかりの頃、
私は疋田氏の主張に深く共感していて、
このブログにもその主張の丸写しのような文章を載せていました。

今でも、車の利用を減らしてもっと自転車に乗るべきだ
という根幹的な主張には賛成しています。

ただ、その具体的な実現手段については、
自転車レーンに固執する疋田氏の姿勢は
ちょっとおかしいんじゃないかと思い始めています。

そこで、しばらく読んでいなかった疋田氏の著書をもう一度開いて、
事実と異なる記述や論理の誤りが無いかどうか、
丹念に見直してみる事にしました。



取り上げるのは次の本です。


では早速、第1章から。

pp.15-16
ヨーロッパで何が起きたのか

そもそもの動きはオランダで始まりました。

オランダという国は、土地が低く、おまけに海に面しているため、地球温暖化が進み海水面が上昇すると、国そのものが沈んでしまう、という危機感がありました。そこで温暖化対策が一気に進むことになったのです。

// 中略

オランダ、特に首都アムステルダム市は、市内のほぼすべてに自転車レーンを敷き、全道路の4分の1をトランジットモール(クルマが一切、入れない通り)にするなど、かなり徹底した自転車化政策を始めました。

始めた当初は、市民からも「クルマが使いにくくて不便」という抗議の声が多数上がったといいます。

ところが、いざ自転車都市化を始めて時が経過すると、かえってビジネス効率が上がる、市民の平均寿命が延びるなど、意外な効果がたくさん出てきたのです。

疋田氏はオランダが行動を起こした具体的な時期を書いていません。
単に重要でないと思ったのか、意図的に暈したのかは分かりませんが、
現在まで連なるオランダの自転車政策の起点は1970年代です。

1970年代といえば、(学界以外の)一般社会は
「地球寒冷化」で騒いでいた頃ですね。
「温暖化」が本格的に叫ばれるようになるのは1990年頃からです。

仮に、オランダ市民が世界に先んじて地球温暖化の問題を
理解していたとしても、まだまだ科学的にハッキリしない
部分が多い問題に対して、それほど危機感を持って行動できるとは思えません。

自転車政策の動機を地球温暖化とする事には
ちょっと疑問を感じます。

では、オランダで1970年代に何が起こったのか。
当時の時代背景とはどんなものだったのか。
オランダ人を自転車活用へと駆り立てた動機は何だったのか。


答えは、
モータリゼーションによる交通事故死の激増です。





第二次大戦後の経済発展により自家用車が爆発的に普及したオランダでは、
日本と同じく深刻な交通戦争を迎え、自転車の利用率は急速に低下しました。
 
元々有った自転車道が撤去されて車道に変えられただけでなく、
市民の生活空間にもどんどん車に侵蝕していき、
子供も含め、多くの人命が奪われていました。

この状況に怒りを爆発させた市民は、1970年代の初めに

"Stop de Kindermoord"(子供殺しをやめろ)

という鮮烈な名前の圧力団体を結成して、
車に占領された道路を再び人の手に取り戻す為に
過激なデモ活動を展開しました。例えば、

  • 勝手に車止めを置いて車道を封鎖
  • 勝手に路上に自転車レーンをペイント
  • 横断幕を掲げて街中を行進
  • 大通りを埋め尽くして die in (*1)
  • クルマを引っくり返して車体に "AUTOVRY" (*2) と落書き

*1 車に撥ねられて死んだ犠牲者に擬えて、大人数で路上に寝転ぶデモ。
これに倣ったデモがロンドンでも去年、市交通局の目の前で行なわれた。

*2 普通の綴りは autovrij で、「car-free, クルマの無い」という意味。




運動に参加していたのは大人だけではありません。
家の近所に安全な遊び場が無い子供も、
生活道路から車を締め出す活動を自律的に行なっていました。

上のビデオはそんな子供を捉えたドキュメンタリー番組で、
1972年にオランダ国内で放送されたものです。
(要点を明確する為に投稿者が再編集したダイジェスト版です。)

いずれにせよ、「サイクリストを守れ」ではなく
「子供を守れ」としたのは上手い戦略でした。
子供であれば社会の誰もが関心と同情を寄せるからです。

(日本では、子供の命よりも
ドライバーである大人の便益が優先されがちですね……。)


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このように市民からの圧力が高まっていた所へ
1973年のオイルショックが重なって、
車の抑制と自転車の活用という政治的な決断に繋がります。

80年代に入ると、市民運動の声は政治家だけでなく
行政の道路設計者のレベルにまで届き、
自転車インフラの整備が本格化します。


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まとめ

オランダが自転車インフラを整備してきた最大の動機は、
人命、特に子供の命を守る事。地球温暖化対策ではない。

とは言っても、別にこれは疋田氏の主張の本筋を
否定するようなものではありませんね。


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参考URL

オランダはどうやってその自転車インフラを獲得したのか
http://bicycledutch.wordpress.com/2011/10/20/how-the-dutch-got-their-cycling-infrastructure/

車に抗うアムステルダムの子たち——1972年の記録
http://bicycledutch.wordpress.com/2013/12/12/amsterdam-children-fighting-cars-in-1972/

オランダの成功とイギリスの失敗——戦略の差
http://www.aviewfromthecyclepath.com/2011/01/stop-child-murder.html

1970年代のオランダ——〈子供殺しをやめろ〉運動の詳しい経緯
http://lcc.org.uk/pages/holland-in-the-1970s
↑ このページは凄く面白かった!


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シリーズ一覧

『自転車の安全鉄則』のウソ (1)
『自転車の安全鉄則』のウソ (2)
『自転車の安全鉄則』のウソ (3)