2014年6月27日金曜日

ブキャナンレポート批判の発想が古い

車への依存度を下げようという文脈での議論なのに、
相変わらず車に依存し続ける事を前提とした、
全く見当違いな批判が為されています。



以下は、警察庁の委員会がまとめた報告書です。

生活道路におけるゾーン対策推進調査研究検討委員会(2011)
生活道路におけるゾーン対策推進調査研究報告書
p.15 (pdf p.21)
しかしながら、ブキャナン・レポートに示された考え方に対して、以下のような批判もある。

・通過交通の排除のために、道路の遮断、一方通行等の手段が考えられているが、こうした手段をとると、環境地域内の住民も回り道を強いられ、燃料消費量、大気汚染が増加する。また、道路の遮断、 一方通行により、居住環境地域内へのアクセスが不便になる。

・通過交通の受け皿となる道路が存在しない場合には適用が困難である。また、受け皿となる道路が存在している場合でも、通過交通の転換によって幹線道路の環境が悪化する可能性がある。

報告書はこの批判を真に受けて、結論として
「道路の遮断」を対策メニューから外してしまっています。
ですが……、



一つ目の批判への反論

まず第一に、道路の遮断や一方通行が
単に遠回りをさせるだけであるという前提が誤りです。

物理的に通り抜けできなくする形での遮断も可能であり、
その場合は通過交通が「減少」ではなく「消滅」します。
抜け道ドライバーに悩まされている地区であれば、
これによって地区内の環境は劇的に改善するでしょう。
批判文は「環境地域内の住民」と書いていますが、
正しくは「環境地域内の住民」ですね。
なんて狡猾な印象操作だ……。

第二に、地域内住民が回り道を強いられるという指摘ですが、
これは住民が車で移動する場合に限られます。
住民が相も変わらず車に依存し続ける場合だけです。

この政策は、敢えて車に不便な道路網(*1)にする事で、
安易に車に頼ろうとする人々の意識・習慣に
修正を迫るところに意義が有るんです。
*1 「道路の遮断」と言っても全ての交通を遮断するわけではなく、
車だけ通れなくて歩行者や自転車は通り抜けられるという
構造にする手もありです。

2014年7月10日追記
或いは、普段は自転車だけが通れる通り抜け通路を、緊急時は
緊急車両も通れるようにするというパターンも考えられますね。

カナダ・トロントの住宅街の交差点
歩行者と自転車だけが通り抜けられる。
(Google Street View at 43.691379,-79.388045

車が無ければ数百メートルの移動も困難な
身体障害者は仕方無いとしても、
2本の足が生えていて、それをちゃんと動かせる人は、
自分の足で(或いは自転車で)移動しろって事です(*2)。
*2 足が駄目でも手が動かせる人には
ハンドバイクという選択肢も有ります。


二つ目の批判への反論

「通過交通の転換によって幹線道路の環境が悪化する」
とは迂遠な言い回しですが、要は渋滞が嫌なんでしょ?

ですが、その発想がもたらすのは典型的な外部不経済です。
車で移動する人が利便性を手にする代償として、
住宅街の平穏や子供の安全、住宅の不動産価値、
商店街の歩きやすさや雰囲気が損なわれてきた。

であれば、幹線道路で渋滞が悪化するのは、
本来車が負うべき費用が自分の所に戻ってきた
というだけの話で、むしろ社会全体としては正常化したと言えます。

あとは車のモーダルシェアを押し下げる政策を併用して、
車の交通量を道路の交通容量に見合った水準まで落とせば、
交通体系の最適化のプロセスは完了です。



ユトレヒトの実例

では、ブキャナンレポートが示すような思想で
実際に住宅街の道路網を作り替えるとどうなるのでしょうか。
オランダで1960年代に造成された宅地の改修例を見てみましょう。
2013年に投稿された動画です。



  • 車(だけ)が通り抜けられないように車道をブロック
    (一方、歩行者や自転車は自由に行き来できる)
  • 大部分の道路の制限速度を50km/hから30km/hに
    (これだけでは不充分)
  • 車がスピードを出せないように車道の幅を半分に
    (その代わり、歩道と植樹帯を大幅に拡大)
  • ハンプを設置
  • センターラインを抹消
  • 優先通行権を廃止
    (交差点では原則通り、右から来た車両が優先) 

地図はこちら
https://www.google.co.jp/maps/@52.1221573,5.107529,15z
東西に1.2km、南北に0.8km ほどの広さの地区ですね。


詳しい解説が動画投稿者のブログで読めます。
重要な部分を抜粋して訳しました。

Mark Wagenbuur (2013)
Making a 1960s street grid fit for the 21st century
To channel the traffic flow better, the city designated a so-called ‘neighbourhood ring’. This is the street that is designed to give quick access from the city’s arterial roads to the purely residential streets. The latter type of streets have all become 30km/h (19mph) streets. This means that no 30km/h street has a direct access to an arterial road, but that traffic is forced to use the neighbourhood ring to get to the main arteries via only very few access points.

車を円滑に流すために、市は「地区環状路」と呼ばれる道路を定めた。これは市の幹線道路から純粋な住宅街道路への迅速なアクセスのために指定された道路だ。後者の道路は全て30km/h制限の道路になっている。これはつまり、幹線道路に直接繋がる30km/h道路は一本も無く、幹線道路に出ようとする車は、必ず地区環状路を経由して、〔幹線道路との〕非常に限られた数の接続点を通らなければならないという事だ。

道路の性格を3つの階層で捉え直したという事ですね。
arterial > collector > local access
所構わず arterial を張り巡らせていた60年代の姿勢からは
大きく方針転換しています。日本は未だに60年代なのか……。

続き。
The neighbourhood ring is not for through traffic, it will only be used by motor traffic that has to be in the area. That means the traffic volume is still relatively low and the streets forming the ring do not have to be widened to handle the traffic that previously used other streets in the area. On the contrary: the 1960s design was so wide that the ring has to be optically narrowed. This will be done by removing the centre line and by implementing cycle lanes. Since the ring is not for through traffic and the speed limit is 50km/h, separated cycle tracks are not necessary. But the ring is also a bus route, so there are a number of bus stops. For safety reasons separated cycle tracks will be built around all bus stops in the ring. The street is still wide enough for lorries that need to be in the area to transport goods to the shops for instance. Under Dutch regulations lorries up to 17.27 metres long should be able to enter the area and they can. Emergency services are not restricted to the few access points, they can also use the cycle short-cuts in case of an emergency.

地区環状路は通過交通のためではなく、地区内を発着する自動車交通のためだけに使われる。従って交通量は比較的少なく、環状路を構成する道路は、かつて他の道路を通っていた交通を受け入れるために拡幅する必要は無い。それどころか、1960年代に設計された道路では幅員が広過ぎるので、視覚的に狭める必要すら有る。これは、センターラインを撤去し、自転車レーンを整備する事で実現される予定だ。環状路は通過交通のためではなく、制限速度も50km/hなので、物理的に分離された自転車道は必要ない〔*3〕。しかし環状路はバス路線でもあり、幾つものバス停が有る。安全上の理由から、環状路の全てのバス停周辺では、物理的に分離された自転車道が整備される。環状路の幅はそれでも大型トラック、例えば商店への商品の搬送に必要なトラックの通行に充分な幅が有る。オランダの規則では全長17.27mまでのトラックは地区に入れる事が求められており、〔ここではそれが〕可能だ。緊急車両は〔幹線道路と環状路の〕僅かな接続点に限定されず、緊急の場合は自転車用の短絡路を使う事もできる。

*3 訳注
オランダの安全基準では、
50km/hでの走行を許可されている道路では
自転車を物理的に分離する事が求められています。
その基準からするとこの判断はちょっと微妙です。

Bicycle paths and bicycle lanes
Theo Zeegers traffic consultant and
Govert de With, Amsterdam staff Fietersbond (2008)
Fietsersbond, Ketting nr. 189, pp 6-7
On arterial roads - any road where speeds of 50 km/h are allowed - cyclists should be separated for safety reasons from through traffic, according to Duurzaam Veilig.

「持続的安全」の原則に拠り、幹線道路——50km/hの速度が許可された全ての道路——では、自転車利用者は安全上の理由から通過交通から分離されていなければならない。


ここで再び冒頭の
『生活道路におけるゾーン対策推進調査研究報告書』
に戻ります。

この報告書を読んでいると、
とにかく「金がない、金がない」
という論調が支配的なんですよね。

その結果、充分な効果が期待できない
中途半端な弥縫策に終始していて、
結局、安物買いの銭失いになる予感大です。

何のために金を出すのかという
当初の目的を見失っているように感じられます。

ですが、先に引用したブログで Wagenbuur (2013) は
そのような節約志向を毅然と批判しています。
Only putting up a sign that the speed limit was lowered would not have been enough. Just asking people to be nice and drive slower is pretty much pointless. So apart from narrowing many streets, some strategically chosen streets were also blocked, so they could not physically be used for through traffic any longer either.

制限速度が下がったという標識を立てるだけでは不充分だっただろう。ドライバーに「思い遣りを持ちなさい」とか「ゆっくり運転しなさい」と求めるだけでは全く無意味だ。そういうわけで、主要道路を狭めるだけでなく、幾つかの道路を戦略的に選んで封鎖し、通過交通がもはや物理的に通り抜けられないようにしたのだ。


日本の場合、本当は「金がない」んじゃなくて、
車の利便性を下げる政策には「金を出したくない」のが
本音なのではないでしょうか。

生活道路のゾーン対策は、今までの車至上主義の文化を
根本的に書き換える一歩と言えますが、
報告書をまとめた委員たちでさえ、
内心ではそれを拒んでいるように見えます。


生活道路におけるゾーン対策推進調査研究検討委員会 委員名簿
太田勝敏 東洋大学 国際地域学部 国際地域学科 教授
赤羽弘和 千葉工業大学 工学部 建築都市環境学科 教授
久保田 尚 埼玉大学大学院 理工学研究科 環境科学・社会基盤部門 教授
加藤 恒太郎 国土交通省 道路局 環境安全課 道路交通安全対策室長
長澤 不二夫 さいたま市 建設局 土木部 道路環境課 参事兼課長
清宮賢司 船橋市 建設局 道路部 道路建設課長
赤坂保雄 埼玉県警察本部 交通部 交通規制課長
嶋田英明
(前任者:中村正幸)
千葉県警察本部 交通部 交通規制課長
北村博文
(前任者:石田高久)
警察庁交通局交通規制課長


と思ったら、
本調査研究の目的
// 中略
更なる交通事故の減少を図ることを目的として、より効果的なゾーン対策を検討するものである。
この人ら、そもそも交通事故以外には
何も関心無かったんか。

肩書きに「環境」の文字が入っていてこれか……。