何だか塗料の節約ばかりに知恵を働かせて本来の目的を忘れている感が有りますが……。
2015年10月6日追記{
書き終わった記事を読み返してみて思ったんですが、国道54号のような郊外でのサイクリング利用を主なターゲットにする路線では、(細く疎らな破線では不充分という印象は有るものの)自転車レーンという整備形態は、
- 路上駐車に塞がれないので物理的な区分の必要性が薄い
- 長距離を整備する必要が有るのでkm単価が安い方が良い
}
まずは報道向けの資料を読んでみます。
松江国道事務所(2015)
松江自動車道の全線開通に伴い、国道54号の交通量は半分以下に減少していますが、この交通量の減少をチャンスととらえ、沿線地域においてはサイクリングイベントが開催されるなど、サイクリングの取り組みが盛り上がり始めています。
このような中、松江国道事務所では、安全・安心な自転車通行環境の確保に向けた整備を検討しており、この度、国道54号の一部分に自転車通行空間を明示するラインを試験施工しますのでお知らせします。
なお、10月4日(日)開催予定のサイクリングイベント「道の駅グルメライドin中国山地」において、試験施工したラインについてアンケート調査を実施し、今後の整備に反映していく予定です。
※ラインの整備(自転車通行空間の明示)
・自転車利用者に対して道路左側の走行
・自動車運転者に対して自転車へ注意した走行
について注意喚起を目的としたライン
事業背景の説明(*1)とアンケート調査の実施計画(*2)からも分かるように、この整備は専らスポーツ・サイクリストを対象としたものですね。日々の生活の足として自転車を使う人は最初から視野に入っていないようです。
*1 サイクリングを使った地域振興の後方支援との位置付けでしょうか。
*2 大会の申し込みページに「全長約124kmのアップダウンのあるコース」との紹介文が載っています。アンケート回答者は相当タフな乗り手だけに絞られる事になりますね。かなり露骨なチェリー・ピッキングです。
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となると不思議なのは、松江国道事務所が掲げるライン整備の狙いです。
まず1点目に「左側の走行について注意喚起」を挙げていますが、山岳を越えて120km以上を走り通すような本格的なサイクリストで、左側通行という初歩的なルールを知らない人が果たしてどれ程いるでしょうか? 都市内ならともかく、趣味で郊外〜田舎に走りに行く人は遵守率100%なのでは? また、矢羽根形状ですらない単純な破線でなぜ左側通行の注意喚起になるのかも不明です。(「道路左側」ではなく「道路端」と言いたかったのかな?)
それから2点目、ドライバーへの注意喚起ですが、これもラインの寸法を見るとおかしいです。車道外側線とほぼ同じ幅で10m引き、30m空けてまた10mという寸法ですが、
松江国道事務所(2015)の寸法を参考にしたイメージ図
青緑色の破線が見えるでしょうか?
青緑色の破線が見えるでしょうか?
車道端を走るサイクリスト視点ならともかく、ドライバーから見てこの疎らな破線がどれほど目立つでしょうか? これでは自転車通行空間を「明示する」とは言いがたいですね。せいぜい「仄めかす」止まりです。登山道沿いの木の幹に時おり赤いペンキやリボンが付けてあるのに近いですね(*3)。
*3 あれは登山道を示す為の印なのか、それとも林業関係者や送電線管理者の作業通路を示すものなのか、設置した当人以外には分かりづらいんですよね。国道54号も同じで、その破線が一体何を意味するのかがドライバーには理解できない可能性が有ります。
自転車通行空間の明示が特に重要なのは交差点や細街路との接続点、沿道の駐車場などの出入り口など、車と自転車の動線が交差する箇所ですが、もしこうした場所でも一定間隔の破線のままだとしたら、ラインを引く安全上の意味はほぼ無いでしょう。(ドライバーへの注意喚起を狙うなら、「線」ではなく1.5〜2mくらいの幅の「帯」を連続的にべた塗りするくらいの処置が必要では?)
ラインそのものの直接的な効果ではなく、ライン整備によってサイクリストが増え、ドライバーが自転車の存在を予期するようになるという間接的な安全効果も可能性としては考えられますが、サイクリストを惹き付ける他の要因(魅力的な景色や美味しい食事、車の少なさなど)と比べてどれほど効果が有るのかは疑問です。
では、松江国道事務所(2015)が冒頭に掲げた「安心」はどうでしょうか。この疎らな細い破線だけで一体なぜサイクリストが安心できるのか理解に苦しみますが、そもそもこの施策のターゲットはタフなサイクリストに限定されていますから、それほど高度な安心レベルは求められていないのかもしれません(但し、この考え方はサイクリング文化の裾野の広がり、特に女性や家族連れへの展開を阻害する可能性が有ります)。
「車に撥ねられないという安心」ではなく、「道に迷わないという安心」なら有り得るかもしれません。初めて100km以上走ろうとする初心者にとって、道に迷うリスクは意外と大きな心理的障壁になっているかもしれないので、その意味では期待できるでしょう。ただ、そうなるとこのラインの目的は
道路レベルでの「自転車通行空間の明示」ではなく、
ネットワークレベルでの「自転車路線の明示」と表現すべきですね。
2015年10月7日追記{
でもそれだけの用途だったら路面に物理的に線を引くんじゃなくてGarminとかのGPSナビを利用者に貸し出した方が安上がりかもね。
}
2015年10月6日追記{
ところで、青緑の破線が車道外側線より外側に描かれている事についての批判が有ります。
これ、イイぞ!と思って内容を見たら、なんと、路肩なのね。車両は車道って原則はどうなったの?一部は路側帯なので徐行ですね。法的安定性無視は流行りなのかなあ。 島根の国道54号に「自転車ゾーン」 通行ライン試験施工 http://t.co/sJFYKhwSVH
— 小林成基 (@ShigekiKoba) September 30, 2015
これについてはどうでしょうか? 提示されている論点ごとに考えてみます。「車両は車道って原則はどうなったの?」
ラインの指示に反して自転車が車と同一の通行空間内を走る場合、追突リスクが上がるというデメリットが考えられます。国道54号は、制限速度は恐らく50か60km/h辺りでしょうが、
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1099932655
先日、国道54号を走行中に速度警告灯が表示されたので、スピードを緩めましたが、そのすぐ後ろにオ-ビスがありました。このような実態も有るようなので(※2013年、広島県内の区間での話)、単純に車と同じ空間を走っていれば安全とは言えないのではないかと思います。特に市街地を離れた山間部などはカーブで見通しが悪い箇所も有るようなので、追突リスクは軽視すべきではないですね。
/*中略*/
速度違反の表示に気づいた時はメーター表示で120キロくらい出ていたのですぐに緩めましたが、オービスを通過したときは、100キロ手前まで出ていました。
逆に、ラインの指示通りに自転車が路肩(または路側帯)内を走る場合、ドライバーが視距不足や認知負荷の過度な集中により交差点などで自転車を見落とすリスクが考えられます。
これは個別の状況次第なので、例えば道路から建物までスペースを確保してあるとか、右折車用の待機空間が用意してあるとか、自転車通行空間をべた塗りして視認性を高めるなど、一定の配慮が有ればリスクを低減できる可能性が有ります。
「一部は路側帯なので徐行ですね。」
路側帯の徐行規定(正確には、道交法17-2条2項「歩行者の通行を妨げないような速度と方法」) には、市街地の内外を区別しないという欠陥が有ります。歩行者の行き来が多い市街地で歩道の代用として設けられた路側帯なら歩行者保護は妥当ですが、歩行者のいない町外れの山間部までこの規定が及ぶのはおかしいですね。
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Street Viewでざっと見た限り、国道54号は市街地内では歩道が整備されている事が多く、路側帯は歩行者がいなさそうな山間部への設置が中心のようです。私は現地を走った事が無いので実際にどうなのかは分かりませんが、要は文脈次第という事ですね。
「法的安定性無視」
もし路肩(または路側帯)だった部分を正式に自転車専用通行帯に指定した場合、法的にはどういう扱いになるんでしょうか。
}