2015年10月27日火曜日

オランダの市街地における自転車道の整備率

2015年10月27日 記事公開後に加筆
2015年10月28日 本文の一部を修正。にしてもタイトルで「率」と言っておきながらパーセンテージを出せてないんだよね。
2015年10月29日 画像を追加

オランダは、車道から構造的に分離された自転車道がよく整備された国として有名です。

FietsersbondのRouteplannerで表示したUtrechtの道路網

しかし日本の専門家からは、自転車道が有る道路は限られており、「都市部の道路の9割近くは自動車との共用道路である」と指摘されています(*1)。

これは事実と言えば事実なのですが、では自転車利用者がいつも車に混じって走っているかというと、実態は全く違います(*2)。



市街地の道路延長の大部分を占める生活道路は、行き止まりや一方通行規制によって車の通り抜けができないように工夫されており、その地区の住民が出入りする場合を除けば車の通行は殆ど有りません。共用道路とは言え、車と行き会う機会はあまり無いので、実質的には広い自転車道のように機能します。

一方、残りの幹線道路は車の通行量が多く速度も高いので、自転車との空間共用は危険であり、利用者にとっても快適ではない為、自転車道を整備する事で両者を分離しています。

もし生活道路の延長が9割、幹線道路の延長が1割なら、専門家の言から受ける印象とは裏腹に、幹線道路には自転車道がほぼ完備されているという事になります。(もちろん、幹線道路沿い以外にも自転車道は有るので、100%にはならないでしょうが。)

冒頭のUtrechtの地図画像を加工し、
幹線道路(マゼンタ)と自転車道(シアン)を強調表示したもの。

うーむ、“都市部の道路の9割近くは自動車との共用道路である”——か。こうして見ると、舌を巻くような見事な叙述トリックですね。嘘になるギリギリ手前の、かなりきわどい線を攻めています。

*1 このブログの過去記事 (2015) オランダは自転車道の無い道路が主流
*2 A view from the cycle path (2012) 100% segregation of bikes and cars


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さあ、では実際にオランダ各都市の市街地の幹線道路にどれほど自転車道が整備されているのか、オランダのサイクリスト協会が提供しているルートプランナーで見てみましょう。

地図上の線の色はそれぞれ、
  • 橙: 高速道路
  • 黄: 幹線道路
  • 白: その他の道路
  • 赤: 自転車道(*3)
  • 桃: 歩行者専用道路
を意味します。

黄色の線に沿った赤線がどれほど有るかを見れば、幹線道路で自転車道がどれほど整備されているかが分かります。

*3 この地図では自転車道(車道から構造的に分離されたもの)だけが示されています。自転車レーン(車道の一部をペイントで区画したもの)は地図上では表示されません。赤線(自転車道)が途切れていても、実際の道路では、その先に自転車レーンが続いている場合が有ります。


's-Hertogenbosch

セルトーフンボスは2011年にFietsstad(オランダで最も優れた自転車都市)に選ばれた都市です(*4)。幹線道路の自転車道の整備率はまずまずですね。駅東側を線路と並行に走る幹線道路には自転車道が有りませんが、これは、幹線道路の側道がゾーン30化されており、車と自転車を分離する必要が無い為です(*5)。

*4 Bicycle Dutch (2011) Den Bosch becomes Netherlands’ “Fietsstad 2011”
*5 このブログの過去記事 (2015) 日本には無いゾーン30の形態



Almere

続いてアルミーレです。オランダで最も新しい都市であり、車、バス、自転車のそれぞれに専用の独立路線網を提供するという方針で町が一から形作られています(*6)。幹線道路に限って見れば自転車道はほぼ皆無ですが、それとは別に充実した自転車ネットワークが形成されているのが分かりますね。このように車道網から独立した自転車道は“solitair fietspad”と呼ばれます。

*6 Bicycle Dutch (2014) Almere, nominee for best cycling city


Amersfoort

アームスフォートは逆に11世紀から続く古い都市で、自転車の独立ネットワークはあまり無く、幹線道路沿いに自転車道を整備しています。中心市街は歩行者専用道路(桃色)ですね。


Amsterdam

アムステルダムは密度の高い都市で、強い空間制約から自転車道の整備が遅れがちでしたが、自転車レーンでの死亡事故(*7, *8)も起こっており、従来の危険な自転車レーンが少しずつ自転車道に改修されています(*9)。

*7 Het Parool (2013) De Pijp rouwt om doodgereden meisje (7)
*8 Het Parool (2013) Voor fietser is in De Pijp weinig plek
*9 このブログの過去記事 (2014) オランダでは自転車道が主流


Assen

アセンはフローニゲンに程近い北東部の都市で、自転車インフラの分野では世界的に影響力の有るブロガー、David Hembrowさんが住んでいる町です。そのブログでは、アセンやフローニゲンも含めたオランダ各都市の自転車インフラの詳しい解説が読めるので、地図をパッと見ただけでは分からない、隠れた自転車ネットワークの充実ぶりも理解できます。


Den Haag

デン・ハーハはオランダの首都で、自転車利用促進策の黎明期(1970年代)には自転車道の整備効果を調べる試験プロジェクトの舞台にもなりました。中央政府の補助により整備された自転車道は、路線単体としての質は高く、他の旧来の路線から多くの利用者を集めました(*10)が、路線“網”としてはまばら(*11)で、都市全体の自転車利用者数は変わらないままでした。これが、今日の「自転車インフラはネットワーク化が重要」という知見に繋がります。

*10 Fietsberaad (1999) The Dutch Bicycle Master Plan, p. 43 (pdf p. 41)
*11 A view from the cycle path (2008) The Grid - How the Dutch found that the only thing which really encouraged cycling was a dense network of high quality infrastructure


Eindhoven

エイントホーヴンは自転車・歩行者用の空中ラウンダバウトで世界的に有名な都市で、2014年のFietsstad(最優秀自転車都市)の最終候補に残りました(*12)。自転車以外では技術の集積地としても売り出しているようで、郊外に在るHigh Tech Campusには2017年1月1日にシマノ・ヨーロッパの本部が移転予定です。

*12 Bicycle Dutch (2014) Eindhoven, nominee for best cycling city


Enschede

エンスヘデイも2014年のFietsstad最終候補都市の一つでした(*13)。

*13 Bicycle Dutch (2014) Enschede, nominee for best cycling city


Groningen

フローニゲンは世界的に有名な自転車都市で、自転車の交通分担率も高いですが、その数字は(自転車を日常の足として頼る)学生人口割合の高さに助けられている面も有るとの指摘が有ります(*14)。実際のインフラはそれほど高水準ではなく、2002年に獲得したFietsstadの称号は2011年に's-Hertogenboschに奪われました(*15)。

*14 A view from the cycle path (2009) How Groningen grew to be the world's number one cycling city
*15 A view from the cycle path (2011) Groningen. Not Fietsstad 2011.


Heerhugowaard


Houten Zuid

ハウテン南は、北に隣接するハウテンと共に、鉄道駅を中心として徒歩・自転車圏に収まるように作られた、コンパクトシティーの見本のような都市です。

町の外周道路は市街地と郊外の境界線になっています。自転車の移動需要が無いからか、この幹線道路には自転車道が整備されていません。

町の内部を見ると、要所要所で車道が途切れており、車での街中の移動が非常に不便になるように作られている一方、自転車道は切れ目無く張り巡らされていて、自転車が車より圧倒的に近道できるようになっているのが分かります。


IJmuiden

エイマウデンは、水上交通の大動脈である北海運河に面する町で、この町を含むフェルズンもまたFietsstad 2014の最終候補都市でした(*16)。運河の水門の上にも自転車道が通じているのが見えますね。

*16 Bicycle Dutch (2014) Velsen, nominee for best cycling city


Leeuwarden


Rotterdam

ロッテルダムは第二次大戦中の爆撃で焼け野原になり、戦後は車中心社会を目指して復興してきた都市です。オランダの他の都市より自転車の交通分担率が低く、自転車インフラの改善に力を入れています(*17)。

*17 Bicycle Dutch (2011) Rotterdam remedies a lower cycling rate


Tilburg

ティルバーハもデン・ハーハと同じく1975年頃に中央政府の補助によって自転車道の整備実験が行なわれた都市です。


Utrecht

ユトレヒトは、オランダの自転車インフラに関する情報発信で世界的に影響力の有る、もう一人の著名なブロガー、Mark Wagenbuurさんが働いている都市で、最初に挙げたセルトーフンボスと並び、そのブログで非常に詳しい解説が読めます。

今年夏のツールドフランスの開幕舞台にもなったので映像で見た人も多いと思いますが、幹線道路には自転車道がよく整備されていますね。

駅東の中心市街を見ると桃色の道路(歩行者専用)が高密度に広がっており、商店街から車を排除する施策が採られている事が分かります。これは1965年に始まった社会実験の成果です(*18)

*18 Bicycle Dutch (2014) Car free city centre in Utrecht


Vlissingen


Zwolle

ズヴォラは、車道網から独立した自転車道を整備(*19)すると共に、車道では意図的に自転車レーンを多用(*20)している都市です。オランダの他都市では、自転車レーンは空間が足りない為に仕方無く取る暫定措置との位置付け(*20)ですが、ズヴォラは自転車レーンを肯定的に捉えており、多くの路線で1.75m幅の贅沢なレーンを用意しています。ただ、自転車レーン方式での整備に拘った結果、一部の交差点では問題が生じていると指摘されています(*21)。

地図を見ると、中央のギザギザの濠沿いは自転車道が有りませんが、周辺の幹線道路には普通に自転車道が整備されていますね。また、単路に自転車道が無い路線でも交差点とその付近だけは構造的に分離(*22)されている地点が何ヶ所か見られます。


*19 Fietsberaad (2009) Cycling in the Netherlands, 英語版 p. 56 (pdf p. 29)
*20 Fietsberaad (2009) Cycling in the Netherlands, 英語版 p. 62 (pdf p. 32)
*21 Bicycle Dutch (2014) Zwolle, nominee for best cycling city
*22 このブログの過去記事 (2015) オランダの丁字路設計の例