2015年10月14日水曜日

文脈無視の自転車レーン政策の綻び

車道の端をペイントするだけで物理的な保護は設けない自転車レーン、或いは自転車ナビラインは、「自転車は車両として車道を通行すべし」との思想の下、安価で施工できる手法として各地の自治体が導入を進めています。

この整備形態は、
  • 路上駐停車が発生せず、自転車レーンが塞がれない
  • 車の実勢速度が低く、通行量も少ない
  • 自転車利用者が不安や不快さを感じない 
  • 双方向に通行できなくても自転車利用者にとって著しく不便ではない
などの条件が満たされる場合は確かに有効に機能しますが、近年の日本ではそうした因子を無視して、本来なら自転車道(車道から物理的に保護された自転車レーン)が必要な環境の路線にも自転車レーンやナビラインを安易に導入する例が目立ち始めています。

国道17号 白山通り 千石一丁目交差点付近

謂わば顧客視点を忘れた商品ですね。このようなインフラが利用者にどれほど「売れる」のか、つまり実際に使われるのか、今回は松山と茅ヶ崎の例で見てみます。



まずは松山の中心市街の国道11号です。

石津 大輔(2012)「自転車の一方通行推奨による社会実験について
四国地方整備局 松山河川国道事務所 計画課

石津(2012, p. 2)

この整備区間では自転車レーンではなく法定外の路面標示を点々と設置していますが、

石津(2012, p. 1)

道路の横断面構成は何も変えておらず、車道端の自転車はバスと接触ギリギリです。石津(2012, p. 2)「今回の実験区間は,自動車の交通量が他路線に比べさほど多くない」と言っていますが、中心市街への車の流入を抑制し、その通行空間を削減するという発想には至らなかったようです。

なお、この実験は
  • 自転車歩行者道の自転車一方通行化
  • 自転車の車道通行
という二重の目標を掲げていて、必ずしも車道通行だけを目指しているわけではありません(が、上の図-2を見ると、矢印の太さに差が付けられています)。

さて、実験の結果ですが、

石津(2012, p. 3)
(1) 自転車の順走・車道通行割合の変化[7:00~9:00]

/* 中略 */

朝のピーク時の通行の大半が愛媛県庁職員と高校生であり,

/* 中略 */

車道通行の割合の変化をみると,自転車の車道通行率(車道順走/断面通行量)は,調査箇所全体平均で,(実験前)約12%→(実験後)約23%と約2倍となっており,自歩道内の自転車一方通行の推奨に加え,自転車の車道通行の周知をしたことも良好な結果となった.
となっています。いやー想像よりだいぶ低い数字で驚きました。
  • 朝の通勤通学ラッシュの時間帯で、
  • 且つ県庁職員と高校生
という、車道通行率が高く出やすい層(*1)を狙い撃ち(*2)しているにも関わらず、たったの2割です。しかも、単に路面標示を設置するだけでなく、

石津(2012, p. 4)
周知用のチラシに自転車の通行方法や通行マナーを記載したり,交通誘導員を配置し自転車の通行方法を指導するなど,自転車通行マナーの向上に繋げる取組みも行った
上での2割です。

*1 朝は急ぐ人が多いので、車への多少の恐怖心には目を瞑って、歩行者に足止めされない車道を選ぶ自転車利用者の割合が高くなります。また、利用者サンプルの大半を占めたという県庁職員と高校生は、他の年齢層(幼児や高齢者)に比べて体力が有り、車への恐怖心もそれほど大きくないと考えられるので、この点でも車道通行率は高くなるはずです。

*2 これはサンプリング・バイアスと呼ばれる問題です。(通勤通学で急ぐ県庁職員や高校生だけでなく)広く公共の利益に供す事を目的とする事業では、このバイアスに陥らないように実験デザインを慎重に組み立てるべきですが、整備効果を測定するという本来の目的を忘れ、「とにかく良い数字を出せれば良い」と、不適切な実験デザインで調査する自治体や省庁が後を絶ちません。


ちなみに実験終了後に車道通行率がどうなったかというと、

石津(2012, p. 3)

「実験中」の59.4%から「実験後」は53.1%と、6.3ポイント下がっています(*3)。

*3 おや、車道通行率は2割ではなかったのかと思いきや、複数の観測地点の中で最も良い結果が出た地点のデータだけを抜き出してグラフ化しているんですね。

表の値から車道順走とそれ以外の通行台数を求めると下表のようになります。

(台) 実験中 実験後
車道順走 249 222
それ以外 170 260

この差をフィッシャーの正確確率検定でテストすると、両側検定でp=0.0001となり、1%水準で有意でした(*4)。実験最終日の2月20日から「実験後」の通行率調査が行なわれた2月28日まで1週間ちょっとしか経っていません。その僅かな期間で車道順走率が有意に減少しているというのは見逃せない点ですね。

*4 まあ、これだけ標本数が多ければ僅かな差でも有意性を検出できて当然ですが。

なお、石津(2012)は「実験中」が具体的に何を意味するのかを明示していませんが、最後の節で

石津(2012, p. 4)
歩行者はもちろん,自転車利用者においても実験終了後の継続化を望む声が多数あったことから,当面,仮設の路面標示は設置したままとし,
と言及しているので、路面標示はそのままで、街頭指導やチラシ配布は実験期間の終了と共に止めたという事なんでしょうかね?

それから、石津(2012)は利用者アンケートの結果にも触れていますが、標本の無作為性をどのように確保したのかとか、設問にどのような文言を用いたのかなど、詳細が全く書かれていないので、議論の材料にするには苦しいですね。


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次は茅ヶ崎です。

小野 大輔(2015)「横浜国道初の自転車レーン整備と運用上の課題及びその対策検討
関東地方整備局 横浜国道事務所 大磯出張所

小野(2015, p. 2)

車道を交差点/単路の別を問わず一定幅で確保し、単路で余った部分はゼブラで潰すという空間構成でした。このゼブラを除去する事で自転車レーンを捻出しています。この報告書では通行率の調査結果は提示されていませんが、

小野(2015, p. 2)
茅ヶ崎自転車レーン整備は供用後,新聞に掲載されるなど大きな反響があった.しかし,供用後約1年が経過した今,現地を確認すると,自転車の大半が自転車レーンではなく,歩道を走行している(図7).

警察より,自転車レーン供用直後は自転車は皆自転車レーンを走行していたが,次第に歩道を走行するようになった.との話がある.
との観察をしています。自転車レーンの整備で一旦車道に下りた自転車が、やがて再び歩道に戻ってしまったという点で非常に示唆的です。

その理由として小野(2015, pp. 2-4)は、
  • 路上駐車が自転車レーンを塞ぐ事
  • 交差点手前で自転車レーンが途切れる事
  • 自転車レーンをモーターバイクが走行している事
  • バス停に止まったバスが自転車の進路を塞ぐ事
などを挙げています。以上は利用者アンケートによるものではなく著者による推測ですが、自転車インフラは個々の路線の環境に合わせた形態を選択しなければ意図した通りには機能しない事が、この茅ヶ崎の例でも明らかになっています。

なお、バス停について小野(2015, p. 4)は、
図のようなバスベイを設けることがガイドラインで定められているため,検討の必要はあるが,用地拡幅は費用と時間を要することから,すぐの対応は難しいと考えられる
と、道路の拡幅が必要だから無理と諦めていますが、

小野(2015, p. 4)が引用したバスベイの図と概ね同じもの

道路全体の幅員が茅ヶ崎の国道1号(16.55m)より狭い三鷹市のかえで通り(16.00m)では、バス停部で歩道と自転車道の幅員を縮小する事で、バス乗降用の交通島を設置しつつ、自転車のバイパス通路を確保できています。

佐々木正義・大森高樹(2009)「市道392号線(かえで通り)における自転車道設計上の課題と対応

佐々木・大森(2009, p. 3)

現地の写真(2014年2月に撮影)

現地の写真(2014年2月に撮影)

もちろんこの幅では自転車同士のすれ違いはままならず、バス停部ではどちらか一方が完全に停止するか、一時的に歩道に乗り上げる必要が有ります。現地を実走した際、このどうしようもない狭さは感じました。道路の計画時からバス停を織り込んで、その部分の幅員を広めに確保しておくのが望ましいというのは確かです。

ただ、16m幅の道路でもバス停の交通島と自転車道のバイパスは収まるし、その実例も有るという点は押さえておくべきです。

小野(2015)の議論は佐々木・大森(2009)の6年後であるにも関わらず、この知見を反映していません。積極的に先行研究に当たるべき専門家からしてこうなのだから、一般市民や政治家がどれほど無知と思い込みに基づいた主張をしているかは推して知るべしですね。



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