- サイクルプラス「あしたのプラットホーム」(2015年8月4日)
「自転車通行を考慮した交差点設計の手引」の検証(1)自転車レーンと自転車ナビライン
- 交通工学研究会(2015)
『平面交差の計画と設計 自転車通行を考慮した交差点設計の手引』p. 55
交通工学研究会(2015, p. 55)所載図の寸法を元にStreetMixで作成した断面図
(※元の図には街路樹が無く、単純に4m幅の歩道として描かれています。)
(※元の図には街路樹が無く、単純に4m幅の歩道として描かれています。)
まずは交通工学研究会が提示したレイアウトの問題点を確認しておきましょう。
この停車帯の幅だと、軽自動車でなければ車体が自転車レーンの一部を塞ぎますね。
そしてドアが突然開けば自転車は衝突します。
(後ろを確認せずにドアをバッと開けるドライバーは結構多いです。)
(後ろを確認せずにドアをバッと開けるドライバーは結構多いです。)
ドアにぶつかった自転車が転倒すれば、最悪の場合、後続車に轢かれます。
海外では以前からこの配置の危険性が指摘されており、死亡事故も起こっています。
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それから、車が路肩に寄せたり路肩から発進する時に自転車レーンを横切るのも衝突リスクを孕んでいますね。 停車・発進時に斜め後方を確認しないドライバーが結構多いからです。特にタクシーとか。
つい先日も、車道の端に停車中のタクシーを自転車で右から追い越そうとしたら、ドライバーがそのまま発進してしまい、並走状態になりました。ちょうどタクシーのミラーに映らない真横になってしまい、しばらくの間ドライバーに全然気付かれませんでしたが、ベルを鳴らして事なきを得ました。
駐車枠を自転車レーンの外側に配置しても、そこに出入りする車のドライバーは充分気をつけるから問題無いという主張を聞いた事が有りますが、ヒューマンエラーの可能性を無視した雑な議論です。
かといって、このドアゾーンを避けて走れば、
今度は走行車両との側方マージンが不足します。
(また、指定された通行空間から自転車がほぼ完全にはみ出す形になるので、
一般ドライバーから見れば「自転車がルールを破っている」ように見え、
自転車に対する不寛容で攻撃的な運転態度を誘発します。)
(また、指定された通行空間から自転車がほぼ完全にはみ出す形になるので、
一般ドライバーから見れば「自転車がルールを破っている」ように見え、
自転車に対する不寛容で攻撃的な運転態度を誘発します。)
このような自転車レーンを、
- 前後のチャイルドシートに子供を乗せて走れるでしょうか?
- 自分で自転車を漕ぐ幼い我が子を連れて一緒に走れるでしょうか?
- 高齢の親が独りで走ろうとするのを安心して見ていられるでしょうか?
では何故、このように安全でも安心でもない欠陥レイアウトが生まれたのでしょうか。
交通工学研究会のレイアウト案から自転車レーン(1.5m幅)を消すと、
2車線×2方向道路の第1通行帯(または広幅員2車線道路の両端)が
路上駐車で潰れた、各地(例えば不忍通り)でよく見かける構図が現われました。
図面で見る限りは路駐車両と走行車両の間に余白が有るように見えますが、
実際には路駐車両の横は車道側の乗員が安全に乗り降りする為のスペースであり、
また、路駐の陰からの人の飛び出しに備えて走行車両が確保する安全マージンです。
さらに、走行車両の左右一定幅も安全マージンとして消費されますから、
この断面構成には、実は余白が殆ど有りません。
もし上に挙げた安全マージンが必要ないのであればこうなります。
これと同一の断面構成・状況になっている道路が都内各所で見られますが、
他の車との間隔がギリギリになり、緊張と徐行を強いられます。
対向車線にバスが来たら離合はまず無理ですね。
これと同一の断面構成・状況になっている道路が都内各所で見られますが、
他の車との間隔がギリギリになり、緊張と徐行を強いられます。
対向車線にバスが来たら離合はまず無理ですね。
つまり、実際には存在しない余白を恰も存在するかのように見せ掛けているのが、
冒頭の交通工学研究会のレイアウト案の正体という訳です。
現実の交通機能を考慮せず、図面上で余っているように見える空間を自転車走行空間として活かそうという発想は、今から45年前にも有りました。緩速車道を廃止する代わりに停車帯を設け、自転車の通行空間として使わせようとした1970年の改正道路構造令です。
参考
- 矢島 隆(2010)
「街路構造令40年の展開(その2)─ 緩速車道、自転車道を中心として ─」
日本交通計画協会『都市と交通』通巻79号, p. 16 (pdf p. 17)
しかしこれは、ひとたび停車帯が路駐で塞がれてしまえば、車が高速で流れる空間に自転車が合流しなければならないという構造的な欠陥が有り、実際にはまともに使える通行空間にはなりませんでした。
その失敗から45年経った今、交通工学研究会が同種の失敗を繰り返そうとしているという構図ですね。
ちなみに、交通工学研究会は以前にもラウンダバウトについて、自転車の安全性についての配慮を欠いた不適切な設計指針を出していました。
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日本の4世代先を行くオランダのラウンダバウト設計
次に、同じ空間幅で実現できるもっと安全・安心なレイアウトを考えてみます。
同じ道路幅員の再構成例
片側の停車帯を諦めれば余裕が生まれ、自転車道(車道から構造的に区分された自転車レーン)が設置できる事が分かります。こうすれば、
- ドア衝突問題と
- 横スレスレ追い越し問題
この2点の問題について、同等の安全性を車道上の自転車レーンで実現しようとすると、
- 停車帯と自転車レーンの間にゼブラの緩衝帯を追加
- 自転車レーン自体の幅も2m程度に拡幅
*1 自転車レーンを車が横切るので衝突リスクが有ります。また、駐車枠が埋まると二重駐車が発生し、自転車レーンが塞がれる事が有ります。
ちなみに、停車帯の代わりに駐輪ラックを配したり、
島式のバス停を設置する事もできますね。
……なんですが、今回の記事は実はここからが本題です。
自転車通行空間の外側に停車帯を配置するレイアウトはどんな道路でも絶対に駄目というわけではありません。幾つかの条件が揃えば、自転車道を設けなくてもそれほど問題にならないケースも有ります。国内でまず思い浮かぶのは京急鶴見駅前の商店街通りですね。
大半の自転車が車道を通行しています。
車の交通量・速度が低く、自転車が多数派なので、
比較的リラックスして走れます。
車の交通量・速度が低く、自転車が多数派なので、
比較的リラックスして走れます。
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鶴見の商店街通り—機能と形態の比較
また、オランダ北東部の都市アセンの50km/h制限の道路、Thorbeckelaanでも、
この道路特有の事情により、車道上の自転車レーンがうまく機能していると報告されています。
David Hembrow(2015年7月6日)
A "Pinch-Point" design which slows cars without "pinching" bikes
This arrangement works fairly well on this road because cyclists travelling west-east along this particular road are protected from conflict by several other factors which are specific to the character of this road:
Because of these factors, almost all motor traffic on this road travels all the way from one end to the other without stopping and there are few conflicts caused by drivers cutting across the cycle-lane.
- There are few destinations on this road so few clashes with drivers starting and stopping.
- Residential side streets do not provide through routes by car and therefore few cars turn into or out of the side roads.
- There are no bus-stops along this road.
- The cycle-lane is of a good width, providing wiggle room.
- The parking along the road is for residents, so those cars rarely move and the drain provides a gap where there are parked cars, reducing the risk of dooring.
この配置は、この道路に限って言えば極めてうまく機能している。西から東に向かって走る自転車は、この道路特有の幾つかの要因が重なる事で、車との交錯に曝されずに済んでいるからだ:
これらの要因により、この道路を通行するほぼ全ての車は途中で止まらずに端から端まで通過するので、車が自転車レーンを横切る事による交錯は殆ど発生しないのである。
- この道路沿いには /* 大規模商業施設など、多くの移動需要を生む */ 目的地が殆ど無いので、道路に出入りする車との衝突がほぼ起こらない。
- 住宅街に通じる脇道は車では通り抜けられないようになっているので、脇道に出入りする車が殆どいない。
- この道路 /* の南側 */ にはバス停が無い。
- 自転車レーンは充分な幅員 /* 2.1 m*/ が有り、自転車が蛇行しても安全マージンが保たれる。
- この道路沿いの駐車枠は沿道の住民用なので、車は滅多に出入りしない。また、/* 駐車枠と自転車レーンの間の */ 排水ブロック /* 0.5 m幅*/ が緩衝帯になり、ドア衝突のリスクを減らしている。
では、日本でも幹線道路でThorbeckelaanのようなレイアウトが可能でしょうか? つまり、冒頭に挙げた交通工学研究会の設計例が採用可能な道路が有るでしょうか?
これについて私は強く疑っています。
オランダは日本と違って、公道上で提供されている駐車スペースを自家用車の保管場所として使えますが、日本では路上を車の保管場所とする事が禁止されている為、
自動車の保管場所の確保等に関する法律
(保管場所の確保)路駐車両は基本的にはどれも「すぐ動くもの」という根本的な違いが有ります。従って、「実質的に車の出入りがほぼ無い」という条件を満たす路上駐車枠・停車帯は、日本の、特に都市部の道路には無いと考えられます。
第三条 自動車の保有者は、道路上の場所以外の場所において、当該自動車の保管場所(自動車の使用の本拠の位置との間の距離その他の事項について政令で定める要件を備えるものに限る。第十一条第一項を除き、以下同じ。)を確保しなければならない。
こうした社会的背景の違いを無視して、ただ単に「オランダに有ったから」とか「アメリカで見たから」と言っても、そのレイアウトが日本でも同様に機能するとは限りません。
今回のまとめ+α
- 或る自転車インフラが良いか悪いかは、そのインフラを単体で見ても判断できない。
- そのインフラが置かれる文脈(周囲の交通環境)に当て嵌めて、初めて判断できる。
- 文脈を無視してインフラ単体で適否を判断するのは、議論の仕方として間違っている。
そして、これを意識しつつ改めて日本の自転車政策の議論を見てみると、
- 本来なら、多様な文脈に合わせて個別に考える事が求められる複雑な問題を、文脈を無視する事で単純化し、一つの原則(*2)を全てに当て嵌めようとする傾向が有る。
- また、一つの単純な原則であらゆる問題が解決できるかのような錯覚を抱かせる事で、分かりやすい議論に飛びつく大衆を惹き付け、うまく煽動している。
事が分かります。
*2 自転車は法律上「車両」なのだから車と同じように振る舞うべきで、インフラもそれを前提に設計すべきだ、という見方。