車が滅多に通らない住宅街の道路でもなければ、この配置は不適切です。なぜなら、
突然開くドア(ドア幅は1.0mで作図)
に衝突して自転車が車道に投げ出されればトラックに轢かれてしまうからです。つい先日もオーストラリアのメルボルンでこの形態の事故が起こり、自転車に乗っていたイタリア人男性が死亡しました。
ABC(2015年2月27日 投稿)
Cyclist 'car-doored' before being killed by passing truck in Melbourne
YouTubeに投稿されたニュース映像(2015年2月28日 投稿)
Chilling footage of cyclist's road death sparks passionate debate
ドアゾーンを避けた走り方
そこで、知識の有るサイクリストはレーンの右端に寄って(レーンがもっと狭い場合は完全にレーンの外にはみ出して)走るのですが、
車が横スレスレを通過する
(トラックの側面から1.0mの範囲を着色)
(トラックの側面から1.0mの範囲を着色)
それはそれでまた危険が伴います。特に、自転車レーンが狭くて車の走行空間にはみ出さざるを得ない場合は、無理解なドライバーから怒号を浴びせられるなどの体験が報告されています。
The Sydney Morning Herald(2015年2月19日)
Bike lanes: safe cycling haven or 'door zone of death'?
"Get in the bike lane!"
The shout came through the open passenger window of a car as it passed me on my right ...
道路エンジニアは工学的な事故リスクだけでなく、社会的な暴力リスクも考慮する必要が有るという事です。
駐車枠との間に緩衝帯を挟む
そこで近年は、ドアゾーンが自転車レーンに重ならないようにバッファを挟む工夫が見られるようになりました。
StreetsBlog(2014年7月29日)
Study: To Keep Bicyclists Outside the Door Zone, You Need a Buffer
うん、まあこれなら何とか
ドアにぶつかる心配も、横スレスレを通過される心配も無さそうですね。ですが、オランダの自転車インフラ設計指針はこの配置について読者に再考を求めます。
CROW (2007) Design manual for bicycle traffic, p. 118
In that case, however, designers should check whether a cycle track would not be a better solution, /*中略*/ : a width of 1.50 m for the cycle lane + 0.10 m of markings + 0.50 m of critical reaction strip also provides room for a cycle track with a width of 1.80 m + 0.30 m of partition verge (at the same level as the cycle track so that no space is ‘lost’ by the critical reaction distance as the result of a kerb).
つまりこういう事ですね。(CROW 2007, p. 118の数値例で作図)
ただ、初めてCROWの説明を読んだ時、そんな狭い自転車道では
ドアゾーンが少し重なる
ドアゾーン問題が解決できないのではと思いました。もちろん、これはあくまで最低限の幅の自転車レーンを自転車道に転換したらどうなるかという仮定であって、本来は自転車道も緩衝帯ももっと広くした方が良いんでしょうが。
(これくらい有れば充分かな。)
自転車の基本通行位置
ただ、よく考えてみると、自転車の通行位置は左寄り(オランダは右寄り。いずれにせよ歩道側)が基本なんでした。少なくとも左寄り通行のルールが身に付いている人なら、そうしょっちゅうはドアゾーンに入らないでしょう。
A view from the cycle path...(2015年3月9日)
Eliminating the risk of "Dooring": Good cycle infrastructure design keeps cyclists out of the door zone and saves lives
Remember that in the Netherlands it is usual to ride on the right so most people wouldn't come close to a car door ...
ここで再び最初の配置例を見てみます。
すぐ右横を車がガンガン飛ばしている環境であれば、普通の人は【走っている車】を怖がって、できるだけ左に寄ろうとします。その結果、路駐車両に近付きすぎてしまいます。
これは東京の道路では頻繁に見られる光景です。私の印象では、車道を走る自転車の8割9割はドアゾーンに入っています。
明治通り・神宮前一丁目交差点付近
直感的な行動が却って自らの身を危険に曝してしまうわけです。しかし、同じ「車から離れる」という行動でも、道路の構造が違えば、
このように直感的な安全と実際の安全を一致させる事ができます。それにこの構造なら万が一ドアに衝突して倒れても車に轢かれるリスクはゼロです。
また、日本車は右ハンドルが普通なので、1人しか乗っていない車の場合、開くドアは自転車道とは反対側です。これもまたドア衝突のリスクを下げますね。
(但し、ドライバー以外の乗員はドアを開ける前の後方確認が疎かになる可能性が有るので、助手席側の人間が降りる場合は逆にリスクが高いかもしれません。あ、後方確認が疎かになるかもしれないのはドライバーも同じか。)
そしてこれが一番大事な点ですが、車の流れから守られた自転車通行空間の存在は誰にとっても安心に繋がります。これは単に自転車利用者にとって安心というだけではありません:
- 車道を走るドライバーにとっては、不意に目の前に自転車が飛び出してくる心配が無くなるという点で安心ですし、
- 快適な通行空間が他に用意された事で、歩道を走る自転車がいなくなれば、歩行者にとっても安心です。
2015年4月29日追記
{
自転車道を歩道と路上駐車の間に配置すると、車の利用者が自転車道を横断する時に自転車に撥ねられるのではないかとの懸念が有りますが、これには次のように反論できます:
- 自転車の流れは必ず途切れるので、少し待てば安全に渡れる(自転車道が特に必要な都市部では信号が多く、自転車の流れに強制的に疎密が作られる)。
- 自転車は車より速度が低く、人と自転車が互いに間合いを計るのは容易。
- 人が車を降りた瞬間や、車体の陰から出てきた瞬間に自転車と出会い頭衝突するリスクは、緩衝空間(ドアゾーン問題の回避にも必要)の設置で抑えられる。
- 自転車利用者の安全・安心を度外視してまで車の利用者の事故リスクをゼロにしようとするのは、環境や健康の問題も含めた社会全体から見て、最適とは言えない。
- 自転車の利用環境が誰にとっても安心で便利なものになれば、車で移動する人自体が減る。
日本ではクロスバイクやロードバイクで車道を走る剛脚おじさんの声が大きくて、それ以外の人々が感じる恐怖心が軽視され、あまつさえ我慢しろとまで言われますが、自主的に苦行をしようとする人はそんなに多くありません。
これは、日本国内で整備された自転車インフラの利用率にも現われていますし、
(数字の出典はそれぞれの記事の中で表示)
自転車道が主体のオランダ・デンマークと、自転車レーンや車道混在が主体のアメリカ・イギリスの自転車利用実態の違いにも現われています:
国民一人一日当たりの自転車走行距離
出典:Making Cycling Irresistible: Lessons from The Netherlands, Denmark and Germany, p.499 (pdf p. 5)
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また、自転車道は交差点では自転車レーンより危険と言われてきましたが、現在では事故リスクを下げる為の設計上のノウハウも広がりつつあるので、交差点の事故リスクは、必ずしも自転車道を否定する材料ではなくなってきている、というのが近年の状況です。
ただ、実際の事故率については私はまだ資料を読み込めていないので、まだ断定的な判断はできません。