2014年7月2日水曜日

『長距離自転車通勤に関する基礎的研究』の感想

鶴渕 裕史、中井 検裕(指導教官)(2001)
長距離自転車通勤に関する基礎的研究

東京工業大学の中井研究室の院生による
2001年の修士論文です。

個々の自転車通勤者には中々把握しにくい
自転車通勤の全容を各種の調査で明らかにしています。



自転車通勤をする理由の最多は「自転車が好きだから」。
ほー、そうなんだ。

自転車は楽しい。原初的で力強い動機ですね。
逆に言えば、自転車が特に好きではない人にとっては
自転車通勤は魅力的な選択肢に成れてないのかな?

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経路に幹線道路を選ぶ人は時間と距離の短さを求め、
裏道を選ぶ人は安全・快適を求めているという結果も
むべなるかなですね。

自転車専用の走行空間が乏しい日本の現状では、
車の速度が低く通行量の少ない裏道の方が
体感的には安全なんですよね。
統計上安全かどうかは別として。

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「他の交通機関では時間がかかる」事や、
「道路の渋滞に巻き込まれない」事を理由に挙げる人も多い。

これは現実の道路で自転車通勤者の振る舞いを見ても分かりますね。
信号待ちの車と縁石の隙間をすり抜けて先頭に出たり、
隙間が狭い場合は歩道に上がって交差点の直前まで進んだりしています。

この動機・行動を鑑みるに、
渋滞とは無縁に移動できる自転車専用の走行空間の整備が、
自転車の利用促進には有効かつ重要だと言えるでしょう。

逆に言えば、走行空間を車と一緒にして
車の渋滞に巻き込んでしまうようなインフラでは駄目だという事です。

徳島大学大学院の山中英生教授は
自転車利用環境の整備とまちづくり』(2013)
で、交差点の設計例の一つとして
「自転車と左折自動車が混在して一列で通行」(p.19)
という形態も提示していますが、


国土交通省(2012)
安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン」p.65 より
(山中教授のプレゼンテーションはこれを引用)

これは要するに
「自転車も車と一緒になって渋滞に巻き込まれてろ」
というもので、自転車通勤者の要求を蔑ろにしています。
実際にその形で整備したとしても利用者に
設計意図を無視されるのは目に見えてます。

また、この設計例は左折巻き込み事故を防ぐという
安全上の理由を第一に置いたものと思われますが、
車の渋滞に一緒に嵌まるという事は、
自転車が交差点に進入するタイミングが遅れるという事でもあり、
実は信号の変わり目で対向右折車と

右直事故を起こすリスクが上がります。

机上の空論じゃないよ。
私はこれを実体験として何度か経験しています。

ちょっと写真で説明しましょうか。

東京・笹塚の都道431号

車道部分の幅員が 9.0m の二車線道路で、
交差点手前で右折レーンが現われる典型的な断面構成です。

単路区間には車道の端に自転車レーンが引かれていますが、
交差点付近では車の右折レーンを確保する都合で途切れています。

(※私が実際に右直ニアミスに遭遇したのは、例えば
板橋区の舟渡交差点です。写真の道路ではありません。)

車の渋滞に嵌まる自転車(合成画像)

ここで自転車が車の渋滞に嵌まって進むとしましょう。
(写真の自転車は合成画像です。)

直進車の通過待ちをする対向右折車

対向右折車が直進車の通過を待っています。

死角に入る自転車

しかし対向右折車のドライバーからは
自転車はトラックの陰に隠れてしまいます。
せっかちなドライバーならトラックの通過直後にギュインと曲がって、
死角にいる自転車を撥ねてしまうでしょう(*)。
実際、対二輪車では定番の事故パターンですね。

* 自転車が右直事故を避けるには、
  • 車道の左端から離れて中央に寄り、
  • 前の車から充分な車間距離を取って対向右折車の視界に入り、
  • かつ交差点通過時に対向右折車の動向に充分注意する
というテクニックが必要ですが
(要は自動二輪のように振る舞うという事ですが)、
これを一般の自転車利用者に期待するのは無理です。
些細なヒューマンエラーで瓦解してしまう脆さも有ります。
そんな事より交差点の構造を抜本的に見直すべきです。

ではどういう設計なら良いのかというと、
例えばこんなアイディアとか、


Protected Intersections For Bicyclists from Nick Falbo on Vimeo.

その元になったこんなアイディアが有ります。




過去の関連記事

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今回取り上げた修論自体の問題にも言及しておきましょう。

鶴渕(2001)は「自転車先進国オランダの政策」(p.1)として、
……自転車道を整備するにあたり、自転車道は必ず車道に設け、……
との認識を示していますが、これは、
道路空間を【歩道】と【車道】の2カテゴリでしか捉えられない
日本人からすれば強ち間違いとも言い切れないものの、
オランダ人からすれば自転車道は自転車道であって、
歩道でも車道でもありません。

構造的に見てもそうですし、

自転車道(赤い部分)
右の歩道とも左の車道とも縁石で段差が付けられている。
(オランダ、アームスフォート。2010年に現地で撮影)


法的にもそう定義されています。
RVV 1990, Artikel 1 (『交通規則・道路標識法 1990』第1条)
rijbaan: elk voor rijdende voertuigen bestemd weggedeelte met uitzondering van de fietspaden en de fiets/bromfietspaden;

車道: 道路の内、走行する車両の為の部分。
自転車道と自転車/モペッド道は除く。

鶴渕(2001)は、この「自転車道は車道に」という誤解から、
歩道上ではなく車道の路側部分に
自転車レーンを設置することが望ましい。

と、誤った結論を導き出しています。

自転車道(fietspad)と
自転車レーン(fietsstrook)が
すり替わってますね。

では何故私がこれを「誤った結論」と断じるのかというと、
単なるペイントに過ぎない自転車レーンでは

自転車レーンは路上駐車に塞がれる
(※路上駐車需要が存在する場合)

自転車専用の走行空間として機能しないからです。実際。

さらに幹線道路では、高速で走る車から
物理的に分離されていない
という不安感も大きくなります。

車の恐怖に耐えられる
勇敢な自転車乗りにしか使えない、
謂わばマッチョ限定インフラです(*)。

* 自転車インフラ設計に於けるマッチョ思考(志向)は
アメリカで自転車のモーダルシェアが低迷してきた元凶として
批判され、最近になって軌道修正が始まりつつあります。

参考ページ

自転車の利用拡大を目指すなら、日本は嘗てのアメリカのような
悪しきマチーズモ(machismo)に染まっていてはいけません。

一方、オランダでは車道から構造的に分離された自転車道によって
誰もが安心して気軽に自転車を利用できる環境が普及しており、

緩衝帯で分たれた車道と自転車道
(オランダ、アームスフォート。
Google Street View @ 52.152634, 5.366443 より)

これが、世界的に見て圧倒的に高い
自転車のモーダルシェアの基盤になっていると見られます。

 オランダでは自転車道が圧倒的に多い
(数字はDavid Hembrow 氏の2014年4月24日のブログ記事に拠る)

日本の歩道走行容認策も、オランダの自転車道ほどではないにしても、
少なくとも体感的には安全な走行環境を提供しているという点で、
年齢・性別問わず広く自転車が利用される状況を
1970年代以降も存続させてきた一因と言えるでしょう。
今後もそれで良いとは微塵も思いませんが。

過去の関連記事

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そうそう、修論では4-5で
自転車通勤の促進策を幾つか提示していますが、
そこに挙がっているメニュー以外にも
まだまだ沢山のアイディアが
Byron Kidd 氏のブログ記事に纏められてますね。

従業員の自転車通勤を促進したいと考えている
経営者の方には特にお勧め。