2015年8月7日金曜日

国交省のゾーン30政策についての疑問点

The Japan News by the Yomiuri Shimbun(2015年7月31日)
Govt aims to halve pedestrian, bicycle deaths

生活道路を通行する車の速度を抑制する各種構造物について、国交省が各地の自治体に向けて標準設計を今年中に示すというものです。記事の内容を追いながら、国交省の施策の問題点を点検していきます。



The Japan News (2015)
... hoping to halve the number of pedestrians and bicyclists who die in traffic accidents, ...
施策の目標は歩行者と自転車の交通事故死者数を半減させる事と有ります。以下に続く施策メニューが、それを実現するのに本当に充分かどうかが見るべき点ですね。



The Japan News (2015)
Residential roads are often used as shortcuts to national highways and other arterial roads. The law does not distinguish them from national roads, and there are no restrictions on their use as shortcuts.
生活道路が抜け道に使われているが、それを規制する法律が無いという現状に触れています。しかし、法律が有ったところでドライバーがそれを守らなければ意味が有りませんし、逆に、道路構造や道路網形状を工夫する事で、住宅街をすり抜けようとするドライバーの動機そのものを無くすという手段も有りますから、実のところ、抜け道利用を禁じる法律の有無はあまり関係ありません。

それよりも気になるのが、生活道路とそれ以外の道路で、速度超過に対する罰金に全く差が付けられていない事です。これは早急に是正すべきですが、どの程度作業が進んでいるんでしょうね。

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The Japan News (2015)
To implement these policies, the ministry plans to carry out speed-curbing measures nationwide, such as adding speed bumps and narrowing parts of residential roads. It also intends to reduce the use of residential roads as shortcuts by making the intersections that lead into them smaller.
スピード・バンプや狭窄の設置で生活道路での車の速度を抑制すると有りますが、後者は軽自動車やモーターバイクに対しては効果が限られます(消防車が通過できる幅が確保されるでしょうから)。

また、狭窄の手前で車が自転車に追い付いた場合、車が強引で危険な追い越しをするようになるという副作用が有る(秋ヶ瀬公園の園内道路でしばしば観察されます)ので、狭窄部の脇に自転車用のバイパス通路を確保しないと、却って安全性の評価が下がる可能性が有ります。なお、CROWの設計指針では自転車用のバイパス幅を1.50mとしています。

CROW (2007) Design manual for bicycle traffic, p. 156

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David Hembrow(2015年7月6日)
A "Pinch-Point" design which slows cars without "pinching" bikes

全車種に対して等しく有効なのは路面のバンプです。これまでは沿道住民からの振動についての苦情で撤去される例も有りましたが、縦断方向にサイン曲線を用いた断面であれば振動が緩和できる事が分かっています。但し、バンプを通過した後の再加速による騒音が課題で、それを防ぐにはバンプを連続的に設置する必要が有るかもしれません。

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ハンプの種類と名前

記事では住宅街の入口の交差点を小型化する案にも言及していますが、これは具体的にはどういう事なんでしょうかね。抜け道をすると却って所要時間が長くなるようにできるかどうかが肝ですが……。ただ単に入口の通路幅を狭めるだけで、交通容量が変わらないのであれば、通過交通の流入抑制効果は期待できないです。そこがゾーン30の入口であると意識させる事くらいはできるかもしれませんが。



The Japan News (2015)
In some cases, municipalities had received complaints from drivers that the speed bumps caused “uncomfortable vibrations” and made it “difficult to drive.” More than a third of municipalities also answered they “did not know how to implement these measures properly in terms of the speed bump’s shape and how to install them.”
ドライバーから「振動が不快だ」とか「運転しにくい」といった苦情が寄せられる事を自治体は懸念しているようですが、そういう苦情が出る事自体が、バンプが効いている証拠なんですがね。自治体はそこで萎縮せず、むしろ施策の趣旨を説明して納得してもらうべきだと思います。どんな場所でもドライバーの都合を最優先にしていた時代はもう終わったのだと。



The Japan News (2015)
In response, the ministry has decided to set a standard of 6 meters long and 10 centimeters high to make it easier for municipalities to add speed bumps.
バンプの寸法基準について、国交省は
  • 縦断方向 6.0 m
  • 高さ 10 cm
という値を示していますが、先に言及した CROW (2007) では、30km/h制限の道路では
  • 縦断方向 4.8m
  • 高さ 12 cm
という値が示されています。これと比べると国交省のバンプ形状は少し手ぬるいんじゃないかと思えます。

それからもう一つ疑問なのは、30km/h制限以外の道路についても基準を示すのかどうかという点。以前も指摘したように、ゾーン30についての日本国内の議論は、道路の幅員や歩道の有無といった構造条件を無視して、ただ単に言葉の上で「生活道路」であるかどうかだけで為されているという問題があり、車一台がやっと通れる程度の生活道路でも一律に30km/h制限を指定しているという現実があります。

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八王子・大楽寺町のゾーン30

古い住宅街の実情も踏まえれば、日本にはゾーン30だけでなく、さらに下位のゾーン15も必要だと思います。そしてそれに合わせたバンプの寸法基準も。

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15km/hゾーンの例(学校周辺)



The Japan News (2015)
The ministry is also considering using a system that gathers data from around 600,000 automobiles on such information as how frequently residential roads are used as shortcuts or where speeds of more than 30 kph and sudden braking most frequently occur. It plans to offer this information to municipalities.
国交省もメディアもこういう分かりやすいハイテクに目が無いですね。ですが、抜け道や危険箇所の実態なら、これまでの事故記録を集計したり、地域住民にアンケートしたりする事でも分かるのではないでしょうか。情報の質、量、活かしやすさや、調査に要する時間、費用などを考慮して、優れている方を選択すべきです。もし後者が優れているのであれば、国交省は各自治体に調査の手順を教えるだけで済みます。新たな機器を導入する必要は有りません。



The Japan News (2015)
Through these policies, the ministry intends to encourage drivers to “avoid any driving on residential roads ...
抜け道利用を抑制するなら、抜け道を使うと却って所要時間が長くなるように条件を整えるのが最も効果的です。逆に、抜け道の途中で1、2ヶ所バンプが有るだけで、ちょっと振動を我慢しさえすれば幹線道路で行くより早いというのであれば、ドライバーの行動を変化させるのは難しいでしょう。

国交省は、個別のバンプや狭窄の技術基準を示すだけでなく、対象地域を包括的に見て、通り抜けが実際に不利になっているかどうかを評価する手法も併せて提供すべきです。

同時に、もしバンプや狭窄だけでは充分な効果が発揮できず、且つ大量の通過交通によって住宅街の環境が大きく損なわれている場合は、住宅街の道路網に行き止まりを設けて通り抜けを物理的に不可能にするなど、より強力な手法を選べるように、施策メニュー選択のアルゴリズムも示すと良いかもしれません。

地方自治体には依然として、住宅街であっても車の利便性を最優先に考えて道路整備や区画整理を行なっているところが有りますから、そうした動きを修正させる必要も有ります。