講演会で配布されたアンケート回答用紙
アンケート
講演が始まるまでの間、入口で配られた資料を見ていると、2枚のアンケート回答用紙が挟み込まれていました。1枚は、今後どのようなセミナーを開催して欲しいか、のような当たり障りの無い普通のアンケートでしたが、もう1枚が曲者でした。
会場で配布されたアンケート回答用紙
「平成27年度自転車の利用に関する意識調査」と書かれています。タイトルからすると、今回の講演会だけでなく他の場所でも同一のアンケートを取る雰囲気ですね。
用紙には日付や通し番号、記号などが書かれておらず、アンケートを実施した場所や回答者の属性が後から確認できなくなりそうです。古倉氏の講演会で集めた調査票とそれ以外の場所で集めた調査票を区別せずに集計するつもりなのかもしれません。
しかし、わざわざ1000円払って古倉博士の講演を聞きに来た(古倉博士の主張に共鳴している可能性の高い)層の回答がこれだけ大量に紛れ込むのだとすると、その集計結果の信頼度はガタ落ちです。回答者を一般市民から無作為に抽出したとは言えなくなるからです(*1)。
*1 Wikipedia: Sampling bias
ざっと設問や選択肢に目を通すと、誘導的な文言・選択肢がザクザク出てきます。
例えば、タイトルすぐ下の趣旨説明の部分では、
近年歩行者と自転車の事故が急増しています。「安心して歩ける道」、安全で正しい交通について「道の利用者」であるお年寄りから子供たちまで幅広い年齢層のご意見をお伺いしています。と、歩行者の安全を守る事が正義であり、自転車の歩道走行は誤りだと回答者を説得しようとしているように見えます。アンケート調査では回答者を特定の選択肢に誘導する恐れの有る表現は避けるのが鉄則(*2)で、そのような文言を用いた事が知られれば調査としての信頼性を自ら損ねる事になるのですが……。
*2 SurveyMonkey Blog(2015)「データを台無しにするアンケート項目トップ5」
歩行者としての回答を求める設問群では、
Q3.「歩道」に白線などで区分けした自転車レーンについてと、複数選択の設問ではないのに選択肢が相互排他(*3)になっていなかったり、複数の論点(*4)が同居していたり、
1:区分を守って歩いている
2:気にしていない
3:実際には守っておらず、安全性は高まっていない
4:自転車レーンは「車道」につくるべきだ
5:その他( )
*3 Wikipedia: Mutual exclusivity Q3だけでなく、回答者属性についての設問、「自動車運転免許を 1:持っている 2:持っていない 3:これから」も2と3が論理的な重なりが有りますね。
*4 通行区分を{守る/守らない}、通行区分を{気にする/気にしない}、白線による区分は安全性を{高める/高めない}、自転車レーンを作るべき場所は{歩道/車道}と、4つの論点がぐちゃぐちゃに混ざり合っています。
Q5. 本来車両である自転車はどこを走るべきだと思いますか?と、誘導的な文言が見られます(マーカー強調は引用者)。「本来車両である……」なんて言われたら「2:歩道」は選びにくくなりますよね。
1:車道
2:歩道
3:自転車道
4:路側帯
5:その他( )
2015年10月18日追記{
実際には、有効に機能する自転車通行インフラは、そこが元々歩道だったか車道だったかとはあまり関係が無く、通行空間の認知のしやすさ、交通参加者相互の動きの予測可能性、視距、認知負荷の集中度、線形、路面の平滑度、安心感、利便性など様々な要因で評価されます。このアンケートのように単純な法的分類に基づいて議論すると、選択肢の幅を不当に狭める事になります。
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}
さらに、設問の並び順(*5)にも問題が有ります。
*5 木走日記(2013)「教科書に載せたい朝日新聞世論調査の見事な誘導テクニック」
Q1からQ4までの質問文や選択肢の中には、自転車が歩道を走るのは危険だと印象付ける表現が大量にちりばめられており、回答者がそれらに目を通し、答えた上で、
Q5. 本来車両である自転車はどこを走るべきだと思いますか?
この設問に答える事になるわけです。仮に回答者自身が(このアンケート用紙を見るまでは)自転車の歩道走行を特に危険だと思っていなかったとしても、これだけ危険性を強調され、挙げ句の果てにQ5自体でも「本来車両である」と駄目押しされれば、「2:歩道」と答える人は殆どいなくなってしまうでしょう。
次に自転車利用者としての回答を求める設問群を見ると、
Q3. 歩道の自転車走行で感じること(複数回答)と、車道を走るのは安全であるとの説得的なメッセージが潜ませてあったり、「自転車専用レーン」ではなく「自転車道」を求める意見が集計結果に現われないように選択肢を絞り込んでいます(*6)。
1:歩行者と自転車の走行ルールを明確にしてほしい
2:電柱や看板などの障害物や段差が多く走りにくい
3:クルマを規制して歩行者と自転車の道を増やすべきだ
4:違法駐車などがなければ安全に「車道」を走りたい
5:歩道とは別に自転車専用レーンが必要だと思う
6:その他( )
*6 尤も、日常用語としては「自転車専用レーン」と「自転車道」の区別は曖昧(*7)なので、自転車道を除外してはいないとも言えますが、それはひとえにアンケート結果の利用者(恐らくは古倉博士)がデータをどう表現するかに掛かっています。……おや? 歩行者向け設問のQ5では逆に、選択肢に「自転車専用レーン」が無く、「自転車道」を用意していますね。
*7 考えてみればこのアンケートは「お年寄りから子供たちまで幅広い年齢層」を対象にしているのだから、「自転車専用レーン」や「自転車道」が何を指すのかが曖昧にならないように写真や図を入れるべきですね。
このアンケート回答用紙の問題点は(私が見付けられた限りでは)まだもう一つ有ります。選択肢に論理的な漏れ(*8)が有る(どれにも当て嵌まらず答えようが無い)事です。
*8 Wikipedia: Collectively exhaustive events
例えば、冒頭の回答者属性を問う質問で、
自転車の利用はとありますが、全く使わない人は選びようが有りません。
1:毎日のように
2:時々
3:ほとんど使わない
それ以降の「{歩行者として/自転車利用者として/車のドライバーの立場で}お答えください」の各設問も(回答者が「その他」をどう解釈するかにも拠りますが)同じです。
こういうアンケートは、回答者がどう答えれば良いか分からなくなって途中で書くのを止めてしまったり、回答用紙を提出しなかったり、或いは「もし私が〜だったら」と想像で書いてしまったりと、アンケートの無作為性や回答の質を損なう可能性が有ります。
写真の盗用とトリミング
前回の記事でも指摘したトリミング問題です。
Portland’s Platinum Bicycle Master Plan—Existing Conditions Report 2007, pdf p. 185 所載の写真
古倉博士のスライドでは写真のクレジットが表示されていなかったので、博士自身が現地で撮影した写真である可能性も有ります。そこで、講演会資料の写真をポートランド市の写真の縮尺に合わせて重ね、両者が一致するかどうか検証してみました。
古倉氏の講演会で配布された資料(slide 26)
部分拡大(※右の線はボールペンでの書き込み)
この写真を、
Portland’s Platinum Bicycle Master Plan(pdf p. 185)から再掲
オリジナルと思われる写真に重ね合わせると、
構図や影の角度まで完全に一致
もし古倉博士が自分で撮影した写真をポートランド市に提供したのでなければ、これで盗用はほぼ間違いないですね。
一方、トリミング問題については、確かに"BIKE CENTER TURN LANE"の文字列を避けるように切り抜いてはいますが、単純にレーンのペイント部分を大きく見せたかっただけかもしれませんし、或いはポートランド市が文字列を入れる前の写真も持っていて、そちらを古倉博士に提供した可能性も有るので、意図的なトリミングかどうかは分かりません。
尤も、古倉博士がこの写真を、自転車に車道のど真ん中を優先的に走らせるインフラであるとの説明に使った事実に変わりはないので、写真の原著作者の意図を歪めて伝えているという点で、学術的な引用のルールからは逸脱しています。