2015年11月23日月曜日

奈良中心市街・自転車利用者アンケートの問題

2015年11月24日 引用文献(McNeil, Monsere, Dill. (2015))を追加。

奈良中心市街の自転車インフラ整備計画を検討している委員会が2013年12月に行なったアンケート調査の質問票にこんな問いが有りました。


これは、車道の一部をペイントで視覚的に区分する自転車レーンが奈良市民にどの程度受け入れられるかを事前に調査し、支持率が高ければ整備に踏み切ろうという目的で設けられた問いのようです。

しかし、

オリジナルの図で問題の有る部分をマーカー強調

黄色でマークした文言は、自転車レーンの印象を良くし、歩道走行の欠点を強調する事で、回答者に「1 車道」を選択するよう誘導しています。これは調査結果のデータとしての信頼性を台無しにしてしまう修辞法で、アンケート調査では避けるべきだと言われています。

外部サイトの関連記事
SurveyMonkey Blog(2015年3月7日)「データを台無しにするアンケート項目トップ5
Wikipedia(2015年10月21日版)「詭弁」ページ内「充填された語 (loaded language)

とはいえ、この質問票は「案」です。本番の調査ではきっと修正されたものが使われたんでしょう。それがこちら↓





な、なんじゃこりゃー! Σ(゚□゚;)


誘導的な文言がてんこ盛り。質問文の本体より多い。

えげつねぇ。「絶対に『2 歩道』は選ばせないぞ」という執念を感じる。ここまで来るともはや調査というより説得工作ですね。いったい誰がこんな事を、と委員会の議事録を調べると、

第2回「奈良中心市街地自転車ネットワーク計画検討委員会」(2014年3月4日)
参考資料-1 第1回委員会の議事録」(pdf p. 8)
(古倉委員)アンケートの細かい文言については、アドバイスしていきたい。
あー、やっぱり。

1つ前のページでは的確な指摘もしてるのに。

第2回「奈良中心市街地自転車ネットワーク計画検討委員会」(2014年3月4日)
参考資料-1 第1回委員会の議事録」(pdf p. 7)
(古倉委員)アンケートで利用目的を聞いているが、通常、アンケートをすると利用目的は買い物が最も多い。普段使いで考えると買い物ルートは重要だと思う。そういったことを検討するのは次の段階かもしれないが、なぜ利用の多い買い物を取り上げず、通勤・通学に焦点を絞っているのかについて整理しておくことも必要である。

委員会には他にも何人か大学教授が参加していましたが、誰も調査票に疑問を持たなかったんでしょうか?

第2回「奈良中心市街地自転車ネットワーク計画検討委員会」(2014年3月4日)
参考資料-1 第1回委員会の議事録」(pdf p. 7)
・(北口委員)

/* 中略 */

もう1つは、アンケートの問4のところで自転車のルールについての質問があるが、私は自転車が車両であるということは知らなかったので、こういったところで自転車は車両だということを啓発していくような文言にして、ルールが分かるようにすれば良いと思う。
あぁ、アンケートを使って回答者を啓発しても良いと考えてるのか……。


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アンケート調査での誘導質問の使用は、文部科学省のガイドラインが定める3種の「特定不正行為」(*)、捏造、改竄、盗用にこそ該当しませんが、

* 文部科学省(2014年8月26日)「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」p. 10(pdf p. 16)


研究者に対する社会の信頼を損ねる行為である事には変わりません。日本学術振興会が示す倫理規定は、

日本学術振興会(2015年5月18日)「科学の健全な発展のために  -誠実な科学者の心得-」p. 44(pdf p. 46)
 科学研究におけるデータの信頼性を保証するのは,①データが適切な手法に基づいて取得されたこと,②データの取得にあたって意図的な不正や過失によるミスが存在しないこと,③取得後の保管が適切に行われてオリジナリティが保たれていることです。

特殊な状況を除き,すべての科学研究の質は,現時点で可能な最高度の厳密さを持って獲得された「データ」に基づいていることを前提に議論されるので,科学者は,研究活動のすべてのフェーズで,誠実に「データ」を扱う必要があります
(※マーカー着色は引用者)

と、データの取得時点での不正行為に対しても厳しい目を向けています。


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ただ、「噓も方便」という言葉も有ります。たとえ市民を欺いたのだとしても、結果、社会がより良くなるなら別に構わないと考える人もいるかもしれません。(市民の側にね。研究者や行政がそういう考え方をしたら駄目だと思います。)

では、車道に自転車レーンをペイントする事は奈良にとって良い事でしょうか?

これはそう簡単な話ではありません。


事故防止効果

改変後の調査票は国土交通省の「自転車通行環境整備モデル地区の調査結果について」の数字を引用して、

参考資料-4 アンケート調査結果」(pdf p. 7)
他地域では、自転車の車道走行(自転車レーンを整備)によって、事故が整備前に比べて36%減少。
と説明していました。しかし元々の国交省資料が示しているのは因果関係ではなく単なる前後関係です(これを因果関係と解釈するのは前後即因果の誤謬)。その他にも、

  • 事故件数の生データが公開されていないので、統計的に有意な減少かどうか不明。
  • 「減少」というのは路線延長当たりの事故件数であり、通行台数当たりの事故件数ではない(自転車の通行量が減れば、事故リスクが同じでも事故件数は減る。その他、車や歩行者の交通量も不明)。
  • 自転車レーンを整備しなかった近隣の別路線など、対照群を用意していない。
  • 事故件数として集計されているのはその路線で起こった全ての自転車事故であり、自転車レーン上の事故だけとは限らない(レーン整備とは無関係かもしれない)。
  • 整備後に(歩道や車道ではなく)自転車レーンを通行していた自転車は53%に過ぎない。

などの問題が有るので、この資料は安全効果の論拠としては使えません(なのに、国交省のサイトに掲載された資料という事で、数字が一人歩きしてるんですよね)。


参考までに、カナダのトロントとヴァンクーヴァーを対象にした研究では、

Kay Teschke, M. Anne Harris, Conor C. O. Reynolds, Meghan Winters, Shelina Babul, Mary Chipman, Michael D. Cusimano, Jeff R. Brubacher, Garth Hunte, Steven M. Friedman, Melody Monro, Hui Shen, Lee Vernich, and Peter A. Cripton.
Route Infrastructure and the Risk of Injuries to Bicyclists: A Case-Crossover Study
American Journal of Public Health: December 2012, Vol. 102, No. 12, pp. 2336-2343.
Of 14 route types, cycle tracks had the lowest risk (adjusted odds ratio [OR] = 0.11; 95% confidence interval [CI] = 0.02, 0.54), about one ninth the risk of the reference: major streets with parked cars and no bike infrastructure. Risks on major streets were lower without parked cars (adjusted OR = 0.63; 95% CI = 0.41, 0.96) and with bike lanes (adjusted OR = 0.54; 95% CI = 0.29, 1.01). Local streets also had lower risks (adjusted OR = 0.51; 95% CI = 0.31, 0.84).

14種の道路タイプの内、自転車道のリスクが最も低かった(調整済みオッズ比[OR]= 0.11; 95% 信頼区間[CI] =0.02, 0.54)。これは比較基準のタイプである、路上駐車が有り、自転車インフラが無い幹線街路のリスクの約1/9だ。幹線街路でも、路上駐車が無い場合(調整済みOR = 0.63; 95% CI = 0.41, 0.96)や自転車レーンが有る場合(調整済みOR = 0.54; 95% CI = 0.29, 1.01)はリスクが低かった。また、細街路もリスクが低かった(調整済みOR = 0.51; 95% CI = 0.31, 0.84)。
と研究要旨には書かれています(私はまだ本文を読んでません)。

ただ、カナダの自転車レーンが日本と同じく路上駐車に塞がれやすいタイプのものなのか、それとも駐車枠を確保した上で、その隣に設置するタイプのものなのかは、本文を読まないと分かりません。

このブログの過去記事(2015年3月12日) 自転車レーンの配置とドア衝突リスク


また、カナダの研究では自転車道(車道から構造的に分離されたもの)のオッズ比が0.11と出ているので、幹線道路にインフラを整備するなら自転車道の方が圧倒的に良さそうなんですが、奈良のアンケートは選択肢に「自転車道」を用意してないんですよね。

関連論文
Anne C. Lusk, Patrick Morency, Luis F. Miranda-Moreno, Walter C. Willett, and Jack T. Dennerlein.  
Bicycle Guidelines and Crash Rates on Cycle Tracks in the United States
American Journal of Public Health: July 2013, Vol. 103, No. 7, pp. 1240-1248.
アメリカで1970年代から続いてきた、自転車を車と同一視しようとする自転車政策に明確に異を唱えた実証研究。アメリカの自転車政策が2010年前後を境に急速に転換しつつある事を印象付ける、象徴的な研究です。無料で全文読めます。おすすめ。


もし自転車レーンを整備するのであれば、その安全性は恐らく、レーンの幅が充分に確保されるかどうかと、レーンが路上駐車で塞がれないかどうかに懸かっています。自転車レーンがペイントされると、ドライバーは自転車がそこから出て来ないだろうと慢心して、
  • 自転車追い越し時に速度を落とさなくなったり、
  • 側方間隔を広く取らなくなったり、
  • 自転車が路上駐車を避けてはみ出して来た時に追突してしまう可能性が有る
と指摘されているからです。

鈴木 美緒・屋井 鉄雄
自転車配慮型道路の幅員構成が自動車走行特性に及ぼす影響に関する研究
『土木計画学研究・論文集』Vol.25, no.2, 2008年9月



路上駐車の抑制効果

レーンの幅員はさておき、路上駐車については、調査票は他都市でのアンケート結果を引き合いに出して奈良市民の説得を試みています。

参考資料-4 アンケート調査結果」(pdf p. 7)
図のようなカラー化がされれば、「車が路上に駐車を控える」との意見が9割を上回る。
(「路上に駐車を控える」は日本語として間違い。「路上駐車を控える」でしょ。というか引用元の本来の表現は、原調査票が見付からないので確実には言えないけど、「(ドライバーである私は自転車レーンに)駐車を控えたい」だったようです。3人称ではなく1人称だし、「控える」ではなく「控えたい」。)

しかし、千葉県で実施されたこのアンケートもまた幾つか疑問点が有り、結果を鵜呑みにするのは危険です:
  • アンケート実施場所の柏の葉は新興都市で土地が広く、商店は自前の駐車場を持っている場合が多いので、買い物客はそもそも路上駐車する必要が無い。
  • アンケート対象者はショッピングセンターを訪れた買い物客と、駅前駐輪場利用者なので、配送・営業などの業務ドライバーや、普段自転車に乗らないドライバーの声はあまり反映されていない。
  • 「駐車を控えたい」という意向表明と、実際に「駐車しない」という行動が対応するとは限らない。「短時間駐車ならする」という意味かもしれない。
  • 調査で実際に使用された質問票が公開されていないらしく、設問で誘導的な文言が使われていなかったかどうか確認できない。
このブログの過去記事(2014年5月23日)『成功する自転車まちづくり』の欺瞞 (1)


こうした内実を知ると、自転車レーンをペイントするだけでどんな道路でも路上駐車が無くなるとは考えにくいですね。実際、路上駐車需要が有るにも関わらず、何の工夫も無い自転車レーンを整備した区間では、路上駐車でレーンが塞がる事例が多数見られます。これって優良誤認(または有利誤認)じゃないでしょうか。

このブログの過去記事(2015年11月23日)自転車レーン上の路上駐車の写真


もちろん、奈良の中心市街にも、もしかしたらペイントしただけの自転車レーンでもうまく機能する路線が有るかもしれないので、一概に不当表示とは言い切れません。

このブログの過去記事(2015年8月5日)全ては文脈——自転車インフラの適否の判断



需要喚起効果は?

忘れてはならないのが、その自転車レーンが新たな自転車利用者を呼び込む効果が有るかどうかという視点です。そもそも奈良の自転車推進策の出発点には、中心市街の車の渋滞を何とかしたいという動機が有りました。

第2回「奈良中心市街地自転車ネットワーク計画検討委員会」(2014年3月4日)
参考資料-4 アンケート調査結果」(pdf p. 3)
奈良市街地は道路ネットワークの整備が立ち後れていることに加え、内々交通であっても通勤通学時に自動車分担率が高く、渋滞を招いている。自動車需要を抑制するため、自動車から自転車への交通転換の促進を図る必要があるため。
であれば、現在既に(我慢しながら仕方なく)自転車を利用している人だけを対象にした今回のようなアンケートではなく、車で中心市街に来ている人を対象にした別のアンケートで、「こういう自転車インフラを作ったら自転車に乗り換えてくれますか?」みたいに聞く必要が有るんじゃないでしょうか? ターゲット顧客じゃない人に商品アンケートしてもねぇ。

ちなみに、どんな自転車インフラが求められているかを調べた他の調査では、

作成者不明(2010年5月26日)「柏の葉キャンパスタウンにおける不動産開発事業とあわせた自転車活用モデル」pdf p. 2
自転車歩行者道 16%
自転車レーン 30%
自転車道 52%
無回答 2%
(何の数値か書かれてないけど、たぶん支持率。)

2015年11月25日 追記{
なお、この結果について同ページには、
アンケート調査では、“自転車歩行者道” が6割以上支持されていたが、
実証実験では、自転車歩行者道より自転車レーンを支持。
という、最多支持の自転車道をガン無視する説明文が載っています。


や、

National Association of Realtors, Portland State University (July 23, 2015) Community and Transportation Preferences Survey U.S. Metro Areas, 2015, pdf p. 23
Most people feel very comfortable riding a bike on a separate path or trail. But only 13% feel very comfortable riding on a busy urban street with only a striped bike lane ...

多くの回答者は、独立した自転車道路やトレイルを自転車で走る事に殆ど不安を抱かない。しかし交通の激しい市街地の通りでは、ペイントで区分しただけのレーンで充分安心できるのは僅か13%に過ぎない……

National Association of Realtors, Potrland State University (2015), pdf p. 23(部分)

というポートランド州立大学の調査や、


Nathan McNeil, Christopher M. Monsere, Jennifer Dill. (2015).
The Influence of Bike Lane Buffer Types on Perceived Comfort and Safety of Bicyclists and Potential Bicyclists. Transportation Research Board 94th Annual Meeting Compendium of Papers. pdf p. 2
Findings suggest striped or painted buffers offer some level of increased comfort, while buffers with some sort of physical protection, even as minimal as a plastic flexpost, yield significant increases in perceived comfort for potential cyclists with safety concerns (the Interested but Concerned demographic). Among residents living near recently built protected bike lanes, 71% of all residents and 88% of the Interested but Concerned indicated that they would be more likely to ride a bicycle if motor vehicles and bicycles were physically separated by a barrier.

調査の結果、白線やゼブラペイントで区分しただけの自転車レーンでも或る程度は安心感が向上する事が分かったが、構造的な分離では、それがたとえ樹脂製ボラードのような簡素なものであっても、自転車に乗る事に安全上の不安を抱えている潜在的自転車利用者(「興味は有るけど不安で」層)の安心感を有意に高める事が分かった。構造的に分離された自転車レーンが最近建設された道路の近隣住民の中では、全住民の71%、「興味は有るけど不安で」層の88%が、車と自転車が構造的に分離されればもっと自転車に乗るだろうと答えている。

自転車通行空間の車道からの分離の仕方によって利用者の安心度がどう異なるかを、自転車利用者への街頭調査と、沿道住民(潜在的利用者)への郵送調査で調べ、樹脂製ボラードを立てるなどの簡易的な分離でも安心感が向上し、自転車利用の意向が強まる事を明らかにした研究などが有ります。

McNeil, Monsere, Dill. (2015, pdf p. 7).
近隣住民向けの回答フォーム 

McNeil, Monsere, Dill. (2015, pdf p. 7).
実際に自転車に乗っている人に街頭で渡す用の質問票



実際に整備された自転車道/自転車レーンの利用率の調査でも、これらを裏付ける結果が出ています。車道から構造的に守られた通行空間が高い利用率を誇っているのに対し、

名古屋国道事務所(2012年8月1日)「桜通の自転車利用者増加! ~桜通自転車道 開通1年後の調査結果~」(pdf p. 5)
このブログの過去記事(2015年2月8日)三鷹市かえで通りの自転車道


レーン、或いはピクトグラムをペイントしただけの路線では利用が低調です。

東京都建設局(2009年3月24日)「旧玉川水道道路における自転車レーンの整備効果」(pdf p. 1)
このブログの過去記事(2015年10月14日)文脈無視の自転車レーン政策の綻び

2015年11月25日 資料追加{
ランキング日記(2014年11月29日)「自転車ナビライン千石交差点の資料を検証する(1) 恣意的な国交省報告
あしたのプラットホーム(2014年12月03日)「千石一丁目の現地調査:「自転車ナビライン」効果検証の実態(ver.あしプラ)



以上をまとめると、「噓も方便」となるかどうかはかなり不透明。まあ、常識的に考えて、そんな詐欺的な手段は使うべきじゃないですね。

今後も別の自治体が古倉博士を自転車政策の委員として招く事が有ると思いますが、くれぐれも博士の調査への介入には用心してくださいね。不正な手段で得た調査データを、また別の自治体を騙す材料にするかもしれないので。


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ちなみに奈良のアンケートの結果はこうなりました。


全体では車道走行の希望者が64%と過半数を占めています。しかし年齢別に集計した図3を見ると、14歳以下と65歳以上で歩道走行希望の比率が高くなっています。この結果を元に資料-3は、

資料-3 アンケート調査結果」(pdf p. 31)
○車道に安全な通行空間が確保された場合、車道と歩道の選択割合は2:1で車道が多い。
○歩道を希望する利用者は、高齢者以外も存在(幼児同乗、子供連れ、短区間の右側通行等)
とまとめています。多数派の支持を得たという姿勢を取りつつも躊躇を滲ませる表現ですね。果たしてこの結果が、実際に自転車レーンを整備したとして、その利用率と対応するかどうか……。


それから、一部の回答はスキャン画像が公開されていますが、その中にこんなものが有りました。


用意されなかった選択肢を回答者が自分で作り出しています。他にも、奈良の自転車環境の問題点が窺える自由記述(「幅員は狭く自転車は命がけである」(pdf p. 5)とか)が見られるので、拡大してじっくり読む事をおすすめします。