2018年1月2日火曜日

なぜ東京のロードプライシング導入議論は頓挫したのか

2001年に検討委員会が報告書を発表したっきり、すっかり動きを止めてしまった東京都のロードプライシング政策。

こうなった理由の一つは、都市の交通体系全体の最適化を目指さず、道路の渋滞緩和という局所的な改善を目的にしたからでは、と私は想像しています。



出発点からして間違っていたのでは


まず、制度導入の検討委員会が掲げた目標を確認します。

ロードプライシング検討委員会設置要綱|東京都環境局 気候変動対策 (no date). Available at: http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/climate/management/price/conference/outline.html (Accessed: 1 January 2018).
(目的)
第1条 都内の道路混雑地域の自動車交通量の抑制を図り、渋滞により低下した都市機能の回復と大気汚染等による環境負荷を軽減するロードプライシングの具体案を検討するため「東京都ロードプライシング検討委員会」(以下「検討委員会」という。)を設置する。
(マーカー強調は引用者)

これを目的に据えたということは、先に渋滞・環境負荷が緩和したらロードプライシングは導入しなくてもいいや、という結論になることを意味します。ですが、それは東京にとって合理的な交通政策だとは限りません。道路の外にまで視野を広げれば、東京は鉄道の殺人的な混雑という深刻な問題を抱えているからです。


交通空間内の圧力差の是正


都市空間の中から住宅や事業所、公園などを除いた残りの部分が交通機能を担うわけですが、東京のように過密な都市では、その貴重な空間を最大限に効率化しなければ歪みが出ます。

道路は道路、鉄道は鉄道と別々に考えず「交通空間」として一体的に捉えた場合、その中に人や物が恐ろしく集中している部分とスカスカに空いている部分がある「まだら状態」だと、空間資源を効率的に使えていないことになります。

/* 道路網の図と鉄道網の図が合体して一つの網目になり、輸送負荷に応じてサーモグラフィーのように色が付くGIFアニメーションがここにあると良い。*/

Fabián Todorović Karmelić氏による風刺画が雄弁に語るところですね。

fabiantodorovic, D. (2015) ‘Urbanismo Radical’, personajes ilustrados, 13 June. Available at: https://personajesilustrados.com/2015/06/12/urbanismo-radical/ (Accessed: 2 July 2017).


鉄道は各路線とも人道的観点から限度を超える輸送負荷が掛かっている一方で、道路は車で渋滞しているとはいえ、一台一台の車の中はゆとりの空間です。この疎密を是正するには、負荷の高い方(鉄道)から低い方(道路)へ圧力を逃す必要があるわけです(もちろん委員会は移動需要そのものを減らす方策も検討していました)。

2018年1月2日追記{

松本孝行 (2017) 通勤手当は損金不算入・課税対象にしてラッシュ緩和を, アゴラ 言論プラットフォーム. Available at: http://agora-web.jp/archives/2024226.html (Accessed: 2 January 2018).

ロードプライシングよりこちらの方が社会を根底から変化させそうな感じですね。まだ理解が追い付いてないんですが、この通勤手当の優遇廃止という枠組みの中では、ロードプライシングはどういうピースとして働くんだろう?




疎から密へと逆流する移動需要


しかし検討委員会は、道路の渋滞という局所的な問題解決を目標に設定してしまい、道路空間での椅子取りゲームから追い出された移動需要がどこに向かうかという捉え方をしてしまいました。

そして、課金による交通行動の転換意向についての調査で、他の交通手段に変えると答えた回答者の大部分が鉄道を選ぶという結果が出ると、

資料4-2 交通行動転換に関するアンケート調査|東京都環境局 気候変動対策 (no date). Available at: http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/climate/management/price/conference/committee_04/questionnaire.html (Accessed: 1 January 2018).



これ以上鉄道への負荷を増やすなどあり得ないという反論が湧き上がります。


第5回 ロードプライシング検討委員会議事録(全文)|東京都環境局 自動車公害・環境対策 (no date). Available at: http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/vehicle/conference/price/record_05.html (Accessed: 1 January 2018).
【赤井委員】 国土交通省の赤井でございます。

今の説明の4ページ、5ページの公共交通への影響についてよく分析していただいているのですが、「大した影響は出ない」という結論に、若干、強引に導かれているような気がします。

4ページの下の囲みのところに、今、鉄道混雑率は186%で、たった1%しか増えませんよという書き方がしてありますが、東京圏はこれから15年かけて四百数十キロの鉄道をつくる計画が必要だと言われています。この四百数十キロができたとしても、186%がようやく150%になるという、かなり厳しい状況にあるわけです。その中で、1%増えるぐらいだから影響は軽微ですよ、無視しても構いませんよというのは、いささか都民感情を無視したことになりはしないかと思っています。

それから、5ページのバスのところですが、確かにバスは精粗まちまちです。私事にわたって恐縮ですが、私は荻窪駅までバスで出ているのですが、今日はちょうど25日の週末の5・10日、しかも雨。15分間、全くバスは来ませんでした。来ても満員で通り過ぎていく。そこへ、たった0.5%しか平均では増えないからといって、影響は大したことないよという報告は、いささか生活実感に合わないのではないかと思います。
アネクドータルで感情的な反論ですが。


激混みの電車内の圧力を道路に逃す


道路の渋滞を課金で解消するという目標は、環境改善という大義名分を伴っているものの、突き詰めれば、「課金負担に耐えられない一部のドライバーを通勤電車という地獄に突き落とし、残ったドライバーでスイスイ快適に走れるようにしたいという欲望」と表現できます。

そうではなく、電車内の物理的圧力や心理的疲弊に苦しむ乗客にスポットライトを当て、そこから逃れたいという切望を起点に考えたらどうでしょうか。空間を浪費するマイカーが占拠している道路空間が、その受け入れ先として見えてくるはずです。

高すぎる圧力が鉄道から道路に「漏れ出る」現象は、ロードプライシング導入の検討が動きを止めてから16年経った今でも生じています。

LINEも参入 自転車シェアに「総務部」の壁 (2017) 日本経済新聞 電子版. Available at: https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24859580Q7A221C1000000/ (Accessed: 27 December 2017).
ドコモ・バイクシェアの都内広域連携の中核である千代田区では、シェア自転車の16年度の利用回数は約63万9000回で、17年度は11月までに113万6000回と100万の大台を突破した。担当者によると、平日の利用が圧倒的に多く、しかも6~10時、16~21時に集中するという。「秋葉原から大手町、有楽町などを結ぶ通勤手段として利用されているようだ」。JRや地下鉄の満員電車に揺られるより、最後の区間は開放的な自転車で、という需要を取り込んでいる構図だ。

ロードプライシングは、電車から逃れてきた人を受け入れられるように椅子取りゲームの椅子を空けさせる手段として捉えることもできます。その場合、「椅子」はバス専用レーンであったりトラムの軌道であったり、或いは自転車道といった形を取るでしょう。


仕切り直しをするなら


そうは言っても、この記事で書いたアイディアの根底にあるのはクルマ偏重文化への個人的な反感にすぎません。いろいろ感情的なバイアスも掛かっていますし、客観的な根拠も薄弱です。

課金で車の台数を減らして道路空間を再配分し、交通網上の圧力分布の偏りを是正することが、本当に全体最適化に繋がるのかどうかは、専門家の検証を待ちたいところです。

そこで鍵になりそうなのが、道路空間の割譲を迫る声がどれだけ集まるか。

仮に検討委員会が再び立ち上がっても、車の既得権益を守るという大まかな方向が最初から決まっていれば、その意向に沿う結論に行き着くような人選が行なわれて、中立的で合理的な議論など望むべくもなくなってしまうからです。