尾根幹の状況
いま東京都は多摩地区の南多摩尾根幹線道路の暫定供用区間(2方向×1車線)を本格整備して2方向×2車線にする事業を進めていますが、同路線はスポーツ自転車のトレーニング場所としても人気(1)で、整備後の道路で自転車にどのような通行空間が与えられるかに関心が持たれています。
- 「多摩市交通マスタープラン(素案)(改定版)」pp.41–42所載の自転車交通量調査によれば、尾根幹線道路は多摩地区の主な幹線道路の中で突出してスポーツ自転車の交通量が多い。ファイル掲載ページ:第3回多摩市地域公共交通会議 | 多摩市役所 (no date). Available at: http://www.city.tama.lg.jp/0000005610.html (Accessed: 26 January 2018).
私が見聞きした印象では、現時点で最も有力と考えられる整備形態は、
- 生活目的の利用者(通勤や買い物などの目的で地区内の比較的短い距離を自転車で移動する人)には歩道上に2.5〜3.5m幅の双方向通行の自転車道、またはそれに準ずる構造の(法的には自転車道ではない)通行空間を、
- スポーツサイクリスト(トレーニングやレクリエーションの目的で比較的長い距離を連続して走る人)には車道上の1.5m幅の自転車レーン、または実質的に自転車レーンとして使える停車帯を、
安全上の利点がある代替案
一方で、everyday cyclistsとcompetitive cyclistsというこの二つの利用者群を一つの専用通行空間にまとめ、車道は完全に自動車専用の空間にするという形態も可能性としてはあります。その場合、次のような利点が得られます:
- 信号交差点で自転車と車の錯綜や左折巻き込みを防ぐ設計ができる(2)
- 単路の車両乗り入れ部で事故リスクの低い設計ができる(3)
- サイクリストにとって車の排気ガスや騒音への曝露量が下がる設計ができる(4)
- 以上により、サイクリストとドライバーの間の感情的対立を軽減できる(5)
- 自転車を大型車の死角になる車体直近から引き離したり、自転車の停止線を車道の停止線から十数メートル前方に出したり、自転車用信号の青を車道より先行させるなどのデザインを採用する余地が生まれる。次のサイトが参考になる:Falbo, N. (no date) Protected Intersections for Bicyclists, Protected Intersections for Bicyclists. Available at: http://www.protectedintersection.com (Accessed: 4 October 2017).
- 車道と自転車道の間に2〜5メートルの間隔があると無信号交差点での事故リスクが低くなることが分かっている:Schepers, J. P. et al. (2011) ‘Road factors and bicycle-motor vehicle crashes at unsignalized priority intersections’, Accident; Analysis and Prevention, 43(3), pp. 853–861. doi: 10.1016/j.aap.2010.11.005.
- 排気ガスの発生源から僅か数メートルの違いでも超微小粒子への曝露量が有意に変わることが分かっている:Kendrick, C. et al. (2011) ‘Impact of Bicycle Lane Characteristics on Exposure of Bicyclists to Traffic-Related Particulate Matter’, Transportation Research Record: Journal of the Transportation Research Board, 2247, pp. 24–32. doi: 10.3141/2247-04.
- 尾根幹線を走るドライバーがサイクリストを快く思わない理由の一つは、自転車同士の追い越しで自転車が停車帯からドライバーの前方の通行帯に急にはみ出してくること。
ママチャリとロードバイクは共存できるのか
しかし、普通の自転車とスポーツ自転車の速度差があまりに大きければ、今度は自転車同士の事故や感情的対立が起こるかもしれません。
例えば多摩川サイクリングロード(と通称される遊歩道)では、補助輪付きの自転車に乗った子供が親と一緒にサイクリングしている光景も見られますが、大人のスポーツサイクリストが後ろから迫って来ると親は子供に端に寄るよう緊張した声で叫んでいて、親にとって心安らかな環境ではないことが窺えます。
車ほどではないにせよ、スポーツ自転車も速度が高ければ他の自転車利用者の安寧を脅かすと考えるべきでしょう。
自転車と自動車であれば、混在通行が容認される制限速度、または実勢速度の85パーセンタイル値は(交通量にも依りますが)30km/h程度までというのが、世界各国の自転車インフラ設計指針が概ね一致するところ(6)で、これがスポーツ自転車と一般の自転車の共存についても一応の目安になるのではないかと思います(自転車道の幅員が充分に広いことが前提条件)。
- このブログの過去記事「国土交通省・警察庁の自転車ガイドラインについての意見」で紹介している意見書のpp.2–17を参照
速度実態を調べてみる
さて、では尾根幹のスポーツ自転車の速度実態はどうなっているでしょうか。手っ取り早く厖大なサンプルが得られるのがStravaのleaderboard機能です。設定された区間(segment)を通過したStravaユーザーのタイムを記録し、ランキングを自動集計する機能で、その順位表から平均速度や最高速度などが分かります。
ただし、このデータには幾つかのサンプリング・バイアスがあります:
- Stravaを使っている人のみ(本気度の高いサイクリストに偏りがち?)
- leaderboardに記録を掲載する設定にしている人のみ(プライベートな記録は載らない)
以上のような制約を念頭に置いた上で尾根幹線上のsegmentを見てみます。同路線には複数のsegmentsがありますが、その中から、今後2方向×2車線に整備される予定の区間に在るもので、leaderboard上位の速度が特に高い「エコプラザ多摩 to 国士館」を選びました。
50km/h超で走る自転車はごく一部
驚きなのは50km/h台で走っている人が僅かながら存在することです。瞬間的な最高速度ではなく、約850mの区間の平均で50km/h超。これでは一般の自転車との共存は無理そうですね。
ただ、この水準の記録を出しているのは、本気度の高いサイクリストが多いと思われるStravaユーザー集団の中でもほんの一握りです。この区間に挑戦したユーザー6818人の内の7人なので、0.1%に過ぎません。
50km/h超で爆走する自転車という字面からは大きな印象を受けますが、leaderboardからは、それが年に1、2度あるか無いかくらいの稀な事象だと考えられます。
度数分布
そこでleaderboardの全データを集計して度数分布表を作ってみました(※どこかで数え間違えたらしく、合計が1個足りません)。
2018年1月28日追記{
軸ラベルが間違っていたので修正したものを以下に追加します。
}
これを見ると大まかな分布の山は35km/h辺りにあることが分かります。50km/h超で走る人もいるにはいますが極めて例外的で、それを基準にインフラを設計するのは合理的とは言えないでしょう(そうしたユーザーは自転車道が整備されても恐らく車道を走ります)。
ただ、85パーセンタイル値は(Stravaユーザーという偏ったサンプルのデータではありますが)39km/h辺りで、規制速度30km/hの補助幹線道路で車が出している速度に近い感じですね。もちろんこれは区間平均速度ですから、下り坂の瞬間最高速度ではもっと高い方に分布がズレるはずです。やはり一般の自転車との共存は少し厳しいかもしれません。
2018年1月28日追記{
最高速度と平均速度のパーセンタイル値もグラフにしました(ランキング表から各パーセンタイル順位に最も近い位置のログを選択し、それら個別のログからsegmentの最高速度と平均速度を読み取った)。
2018年1月29日訂正{
最高速度はパーセンタイル値ではありません。平均速度でソートされたランキング表しか無いので、その並び順で当該順位にきた走行ログの最高速度の値を用いています。
}
ちなみに、順位が低いからといって単純に脚力が弱いとは限りません。ロングライドで脚力を温存した結果という場合もあって、中には尾根幹線を経由して山中湖まで行っている人もいました。
}
平地との速度差
ちなみに起伏のない平地のsegmentではどうかというと、多摩川サイクリングロードで尾根幹線に近い四谷橋〜関戸橋(この辺りのsegmentsの中では特に速度が高い)ではトップ集団が45km/h前後となっていて、尾根幹線のエコプラザ区間との差は5km/hほどです。全体の度数分布で比較しないと分かりませんが、起伏の激しい尾根幹線との差は思ったほど大きくないのかもしれません。
2018年1月29日追記{
このsegmentの度数分布とパーセンタイルの表を作りました。
平均速度の度数分布は、尾根幹線の複雑な分布と違い、典型的なベルカーブですね。
パーセンタイルのグラフ中の最高速度の値は、尾根幹線のグラフと同じく、平均速度の順に並べられたランキング表でそれぞれのパーセンタイル順位に来た21個のログから読み取ったものである点に注意してください(グラフとしてあまり良い表現方法ではない)。
}
スポーツサイクリストが自転車道で練習走行している国もある
なお、オランダの自転車道は普段着の自転車利用者だけでなくスポーツサイクリストの練習走行にも使われているようです(他の利用者が少ない郊外のようですが)。