2013年4月24日水曜日

なぜ車は危険な追い越しをするのか

警察が発表する自転車の事故統計では
事故の発生地点は交差点に集中しています。

しかし、車道を自転車で走っていて危険を感じるのは、
単路部分で後続車に追い越される場合が殆どという印象です。

では、なぜドライバーは危険な追い越しをするのでしょうか。




自転車の速度を過小評価している?


後続車のドライバーが自転車の速度を
過小に見積もって追い越しを始めてしまう場合が有るようです。


事例1

車道の左端寄りを自転車で走行していると、
後方から車が接近してくる。


後続車は反対車線にはみ出して自転車を追い越し始めるが、


追い越しの途中で対向車が来てしまい、
慌てて元の車線に戻る。


ヒトの脳では、視覚情報から自分の速度を
正確に認知できない事が分かっています。

自分以外の、他の物体の速度についても同様に、
判断には大きな誤差が生じるようです。

認知速度の誤差は高い方にも低い方にも振れますが、
ドライバーが自転車の速度を低く見積もってしまう背景には、
車道空間では車同士が等速で流れている事が有るでしょう。

等速では車同士の位置関係が殆ど変わらないので、
ドライバーの脳はこの一定な視覚刺激に順応します。

すると、車の流れより遅い自転車は、
少しの速度差でも際立って遅く見えてしまうと考えられます。
(30km/hで走行している自転車が車からは10km/hに見える、など。)



自転車の速度を思い込みで判断している?


視覚による速度評価の誤差が大きいなら、
ドライバーは何に基づいて追い越しの判断をしているのでしょうか。
追い越し時のニアミス事例を題材に考えてみます。


事例2

車道の左端寄りを自転車で走行していると、
後続車が後ろの至近距離から右にハンドルを切って追い越しを開始する。


車体が横並びの状態で早くも左にハンドルを切り返し、
車体後部が自転車と異常接近する。


自転車は左への急旋回(または急ブレーキ)で回避する。
この時、必ずしも対向車が接近しているわけではない。


車としては既に追い越したつもりなのかもしれません。
実際、自転車の速度がもっと低い場合は
このような危険な状況にはなりません。

私が車道を自転車で走行する場合、
道路が平坦で、風が無く、舗装状態が良好であれば、
速度は30~35km/hくらいで安定しますが、
普通の自転車は17km/h前後で走行しているようです。

という事は、ドライバーは追い越しの可否やハンドルを切るタイミングを、
過去の経験に基いて判断し、視覚情報は使っていないという事です。


(ところで、事例1と2の図を見て、
「自転車は初めからもっと左端に寄っていれば良いのでは」
と思う人がいるかもしれませんが、それは賢明な判断ではありません。
図のモデルの道路は脇道から自転車が飛び出す事が多く、
また、道路のギリギリまで建物が建て込んでいて死角も多いので、
左端ギリギリでは出会い頭衝突を回避できません。)



危険予測ができない?


運転に必要な技能の不足を疑う事もできます。


事例3

車道の第1通行帯が路上駐車で塞がっているので、
自転車が第2通行帯の中央を走行している。(速度は35km/hほど)
そこへ後続車が急速に追い付いてくる。


第3通行帯が空いているが、
後続車は車線変更せずに車間距離をギリギリまで詰めて
アクセルペダルを乱打し、ホーンを繰り返し鳴らす。


しばらく追走状態が続いた後、後続車は右に急旋回し、
急加速して追い越しを始める。


依然として第3通行帯は空いているが、
車は追い越しの途中で左に急旋回する。


自転車は接触を回避する為に左に急旋回し、急ブレーキを掛ける。


この事例では、ドライバーの動物的な縄張り意識や攻撃本能が感じられますが、
それらは無視し、ここではリスク認知力や状況予測力の不足に注目します。

本来であれば、ドライバーは自転車を発見した時点(数百メートル手前)で
すぐに車線変更の準備を始め、自転車に追い付いた時には
既に隣の通行帯に移っているべきです。図の車はそれができていません。

煽り運転で脅せば自転車をどかせると考えたのかもしれませんが、


路駐車両のドアが突然開いて衝突するリスクが有るので、
この道路状況では道を譲るわけにはいきません。


後続車のドライバーには、
この「ドアゾーン」の知識が無かったと考えられます。

次に、車が自転車に追い付いた場合ですが、
自転車も「車両」の一種ですから、
車同士の場合と同じ車間距離を確保すべきだと考えられます。
確保すべき車間距離は一般的に「2秒以上」と言われています。

(この推奨値は、前の車が急ブレーキを掛けても
後ろの車が追突しない事を基準に決められているようです。
「2秒」という時間には、
  • 後ろの車のドライバーが異常に気付くまでの時間や、
  • アクセルからブレーキへの踏み替え時間、
  • 経験不足でフルブレーキより弱い力でしか踏み込めないこと
なども織り込まれています。)

しかし図の車は0.1~0.2秒分の距離しか取っていません。
この行動からも危険予測力の不足が疑われます。

0.1~0.2秒の距離では、自転車が急停止した場合、
後続車のブレーキは間に合いません。
(ヒトの反応速度の限界を超えているので。)

このような状況に陥ってしまうと、
一瞬たりとも前方の自転車から目が離せなくなるので、
車線変更をしようにも後方確認ができなくなります。

一旦速度を落として車間距離を広げれば良いのですが、
このドライバーにはその程度の状況判断力も無いようで、
危険な追走状態を執拗に続けています。

しかし、ヒトはこのような緊張を強いられる状態に
何秒間も耐えられませんから、後方確認できないまま、
見えない車に追突される恐怖に怯えて、
急ハンドルと急加速で一気に追い越そうとします。
これも誤った判断です。



なお、この事例での自転車の一連の動作は完全に適法であり、
危険が生じた責任は全てドライバー側に有ります。

一般のドライバーはおろか、
現職の警察官も誤解している事が多いようですが、
道路交通法では、車両通行帯が有る道路では、自転車は
  • 通行帯の中のどこを走っても良い (18条1項)
  • 第1通行帯以外の通行帯を走っても良い (20条3項)
  • 他の車に追い付かれても道を譲る義務は無い (27条2項)
とされていますし、
制限速度より遅い速度で走行する事も適法です。(22条1項)


まあ、現実にはドライバーも、取り締まる側の警察も、
「マナー」で法律をオーバーライドしているので、
どうやって安全を確保するかという文脈では、
こんな議論をしてもあまり意味は無いのですが……。



自転車が感じる恐怖を知らない?


車道を自転車で走った事が無い人は、
すぐ横を巨大な質量が高速で通過する恐怖を
なかなか想像できないでしょう。

また、先に挙げた速度順応の問題から、ドライバーは
自分の車がそれほど速く走っているとは感じていないでしょう。

すると、以下のような事態が生じる事が有ります。


事例4

車道の左端ギリギリを自転車で通行していると、
二台の後続車が並走して接近してくる。 


自転車と同じ通行帯の後続車は、速度を落とさないまま、
自転車の横ギリギリを走り抜ける。


現在でも大多数の自転車は歩道を走っていますから、
ドライバーも含め、大多数の人はこの恐怖を知らないでしょう。

運転免許の取得・更新時に、
自転車で車道を走る体験を義務付ける必要が有りそうですね。

ちなみに、自転車の身体感覚からすれば、
追い越し時に最低限確保して欲しい側方間隔は

これくらいです。


目安としては、「自転車が2台入る間隔」や
「横断歩道の帯が2本入る間隔」が分かりやすいと思います。



まとめ



この記事では、危険な追い越しが発生する理由として、ドライバー側に

  • 不正確な速度評価
  • 思い込みによる判断
  • リスク認知力の欠如
  • 状況予測力の欠如
  • 自制力の欠如
  • 法律についての無知
  • 自転車の感覚についての無知

などの問題が有る事を疑いました。



ですが、これらは誰でも一つは持っているであろう問題です。
であれば、真に責めるべきは、そうした問題を補償する仕組みを
備えていない現在の日本の道路交通システムでしょう。

悪質な人間を門前払いにできない免許制度しかり、
違反行為を見逃してしまう取り締まり体制しかり。

自転車の通行を考慮していない道路構造や、
乗員を守る事しか考えていない車の構造もそうです。



というわけで、表題の問い
なぜ車は危険な追い越しをするのか
に対しては、
道路交通システムに問題が有るから
を暫定の答えとしておきます。