会場近くの有楽町駅。会場内は報道関係者以外撮影禁止だったので写真は有りません。
各講演者の発言(会場でのメモに基づく)と、それに対する感想を書いていきます。
講演1 東京都建設局 川合康文氏
全国の自転車対歩行者の事故件数の3割を東京都が占めているので対策が必要。対策が必要という結論には同意ですが、自転車・歩行者の通行量当たりではなく単純な事故件数を根拠とした推論は誤りです。川合氏の論理では、自転車人口の絶対数が少ない県では(事故件数も少なく出るので)対策が不要という事になってしまうからです。
都内の道路延長比率は概ね国道1:都道10:市区町村道100なので、自転車ネットワークを途切らせない為には三者の連携が必要。主に細街路である市区町村道は(車の通過交通が排除できている路線なら)現状でも実質的に自転車ルートとして機能しているので、改めて自転車インフラを整備する必要性は実はあまり高くありません。(車の通り抜けが問題になっている路線は生活道路の安全策の範疇にも入るので、必ずしも自転車政策として扱う必要は有りません。)
もちろん、市町村道の中にも車の交通量が多く、自転車インフラを整備した方が良い路線は有るでしょうし、道路の管理境界では設計の擦り合わせ不足などで動線や視距などの面で問題が生じるかもしれないので、連携が必要というのは確かでしょう。ただ、1:10:100という単なる道路延長の比率を根拠にするのは、(それが聴衆に印象付ける上で効果的であっても)妥当ではありません。
自転車インフラ形態の選定は車の通行量も考慮する。車の交通容量をこれまで通り維持しようとする姿勢が、専用の通行インフラが最も必要な幹線道路での
- 自転車インフラ導入を遅らせてきた
- 路上駐車に塞がれてしまう不適切な整備形態の選択に繋がってきた
2020年までに自転車通行空間の総延長を倍増させる。スクリーンには整備済み路線や整備計画路線の線を描き込んだ路線網の図が映し出されましたが、整備済み路線の現地の写真はあまり提示されませんでした。
しかし中には、単に歩道に線を引いただけで自転車通行空間としてはまともに機能していないものも含まれているので、既整備延長の数字は割り引いて見る必要が有ります。
昭和通り・日本橋付近
歩道上の質の低い自転車空間を避けて車道を選ぶ利用者もいます。
その他、整備手法として4つの形態、
を挙げていましたが、これらは2012年に示された指針と特に代わり映えしないですね。交通実態に応じた幅員の設定方法や交差点の設計、バス停部の処理などへの言及が無く、整備済み路線で顕在化している既知の問題に対して改善案を用意しているのかどうか分かりませんでした。
- 自転車専用通行帯
- 自転車道
- 自転車歩行者道(視覚分離)
- 自転車歩行者道(構造分離)
去年のサミットの開催報告を見ると、ニューヨーク市からのゲストの講演に改善のヒントが鏤められていましたが、それが活かされているんだか、いないんだか。
講演2 警察庁 熊坂隆氏
今年6月に始まった自転車運転者講習制度の講習の内容説明が有りました:
など。
- 被害者の手記を朗読させる
- ドライブレコーダーの事故映像を見せる
- 社会的責任を理解させる
- 自身の運転を振り返らせる
私は一応、ルールを守らせるなら、まずはルールを守る事が合理的だと思えるインフラを整備して欲しい、という基本姿勢ではありますが、一方で、道路環境の如何に関わらず本当に無謀な運転をする利用者にも遭遇してきたので、取り締まりや講習への期待が無いわけでもありません。
ただ、警察の取り組みは得てして自己満足に陥り、効果検証が疎かになる事が多いので、この講習メニューについても、本当に受講者の行動変化に繋がったのかどうかという疑問を持つ事が、警察自身にとっても市民にとっても重要だと思います。
総合対策については、
と、車道走行の原則の綻びを自ら露呈していました。この問題は走行インフラの計画・設計で利用者の主観的な安全評価を無視した為に生じたもので、地道に訴え続ければ徐々に誰もが車道を走るようになる、といった種類の問題ではありません(いわゆるinterested but concerned問題)。
- 自転車本来の性能/*=スピード*/を求める利用者には車道を走らせる
- その他の利用者には歩道上での歩行者優先を守らせる
海外に目を向けると、かつて自転車を車と同一視して車道走行を原則としてきたアメリカ、カナダ、オーストラリア、イギリスでさえ、ここ10年ほどで価値観が大きく転換し、誰もが安心して利用できる事が自転車インフラの、延いては自転車利用促進(歩道走行抑制)の必要条件であるとの理解が広まりつつあります。
この点について日本の警察関係者がどの程度認識できているのかは不明ですが、私の目には、ここまでの川合氏・熊坂氏の講演と、次のシモンズ氏・フェルタ氏の講演の間には、基本的な価値観に深い断絶が有るように見えました。
映像上映
次の講演との間に、ニューヨークの自転車政策を紹介する映像が流れました。映像の中で protected bike lane の重要性を何度も強調していて、"bike lane"という表現を含みつつも、それが日本で言う「自転車レーン」とは質的に相当異なり、実質的には「自転車道」に相当するものだという事が会場全体に視覚的に伝わったのではないかと思います。(受け手が心の目を閉ざしていなければ。)
ちなみにprotected bike laneの類義語には
- separated bike lane
- segregated bicycle lane
- protected bikeway
- bicycle track
- bicycle path
参考
http://www.peopleforbikes.org/blog/entry/selling-biking-better-language-for-better-bike-lanes
http://www.peopleforbikes.org/green-lane-project/pages/the-green-lane-projects-style-guide
http://greatergreaterwashington.org/post/25071/cycletrack-protected-bike-lane-what-do-you-call-them/
https://www.bicyclenetwork.com.au/general/for-government-and-business/2845/
講演3 New York Citi Bike デニー・シモンズ(Dani Simons)氏
ニューヨークでシェアバイクの運営に関わってきた人で、シティーバイクを取り巻く状況を包括的に紹介していました。
ニューヨークではシティーバイクの導入に先んじて2007年から自転車レーンの整備を開始。2013年までに640km整備した。
ニューヨークが自転車インフラを整備したのは、周辺地区の開発で人口が増え、移動需要の変化に機動的に対応する必要に迫られた為。地下鉄建設では時間も費用も掛かり過ぎるが、自転車レーンならペイントするだけで直ぐに提供できる。
既存の地下鉄は運行が不安定で混雑も問題になっていたので、自転車利用促進は地下鉄利用者の不満を緩和する策でもある。
シェアバイクを導入したのは、家が狭すぎて自分の自転車を持てない人が多いからだが、地下鉄の端末交通として利用する人も多い。
シェアバイク導入の背景に確固たる社会的要請が有ったというのが印象的でした。東京の場合、docomoのバイクシェアリングが提供されているのは東京では都心の4区(千代田区、港区、江東区臨海部、と中央区が今年10月から実証実験開始)で、このうち港区と千代田区は自転車のモーダルスプリットが23区中ワースト1位と2位(2010年の国勢調査、通勤通学の移動手段、居住地別)という自転車不毛地帯でしたから、Citi Bikeと構図が似ているのかもしれません。
それから、自転車の利用を後押しする事で鉄道の混雑を緩和し、間接的に鉄道利用者にも恩恵が及ぶという指摘は東京にも強く当て嵌まるものだと思います。
講演4 デンマーク大使館 ミケル・フェルタ(Mikkel Felter)氏
今回の講演者の中では圧倒的自転車先進国を代表する登壇者ですね。舞台上のスクリーンには首都コペンハーゲンの誇らしい数字が次々と映し出されました。
これらの数字を纏めたインフォグラフィクスが有ります。
- 55%が自転車通勤、58%が自転車通学、75%は雪が降る冬も含め通年自転車に乗り、国会議員も63%が自転車で登院。
- 1日の自転車走行距離は市民合計で127万km
- 自転車と車の台数比率は5:1(東京は1:1)
- 市内の自転車道延長429km
自転車の利用を促進する環境(都市構造から道路構造まで)の要件が分かります。特に、効率性(所要時間)の面で車より自転車が有利になるように人為的に環境を整えるという点は、日本の自転車政策の議論では完全に抜け落ちてしまう事が多いので要注目です。
- 自転車に乗る理由:安全、効率的、健康的、安上がり
- 幹線道路には車道からも歩道からも区分された自転車道
- 双方向通行の自転車道も有るが、基本的には安全上の理由から避ける。
- 車が通行できない/*させない?*/道を近道として提供する事で自転車利用の誘因に。
- 車道から嵩上げされた自転車道では、転落防止や交差点で右折車に巻き込まれる事故の防止の為に縁石にライトを埋め込んだ事例が有る。
- 自転車用の青信号の波に乗れるように最適な進行速度を表示するライトも路面に埋め込み。
- バス停ではスペースさえ有れば必ず島式のバス停を設置している。
この辺は日本と近いか、部分的には日本の方が進んでいる分野ですね。
- 駐輪場は二層式で収容台数が多く、屋根も付いている。
- シェアバイクはNYほどの規模ではないが、自転車を持たない人や旅行者にも自転車都市を楽しんでもらえる利点は有る。
- 最近はシェアバイクにGPSナビを装備し、最寄りの貸し出しポートを案内する事で、ポートを探す手間と時間を節約できるようにした。
- 街中の随所に空気入れを配備。
- 通勤者用にシャワーや着替えができる施設が有る。
日本はカーゴバイクこそ普及していませんが、子供2人乗せ自転車の積載能力も相当高いので、デンマーク同様、車を持たなくても生活できているという面が有りそうですね。公道での実技試験はオランダでも実施されています。
- カーゴバイクは大量の荷物や子供を載せられるので、車を買う必要が無く安上がり。
- 子供の頃から自転車通学するので子供も保険でカバーされている。
- 安全教育は公道を使った実技試験が有り、合格した子供には免許証を与える。
講演5 ドコモ・バイクシェア 坪谷寿一氏
- シェアバイクは電車が止まった時にも活かせる(公共交通の補完)
- しかし従来の日本のシェアサービスは有人管理が3/4ほどで運営コストが高かった。
- また、諸外国では公道上にポートを設置できるが、日本では民地や公開空地に限られ、設置密度が見劣りする(日本 30台/km2、海外 200台/km2)
- 広告の受け入れも不充分で運営の持続性が厳しい。
- ポートのラックが複雑で初期費用が嵩むので、ドコモバイクは車体側にロック・認証機構を搭載した。
- これにより、ラック側に電源や配線工事が不要になり、イベント開催時など、臨時でポートを設置する事もできるようになった。
- ポートにはビーコンを設置し、5mの範囲内に入れば貸出・返却処理ができる仕組み。
- 自転車にはGPSを搭載して、位置や利用実態を把握できるようにした。
- 集積した利用者の動線をマーケティングにも活かす。
- シェアバイクを導入した複数の自治体間で、区境界を越えて相互利用できるように、プラットフォームを共通化した。
- オリンピックに向け、即時登録端末の設置や多言語(日英中韓)対応を進める。
- 今後はコスト抑制が課題(特定のポートに自転車が偏らないように再配置が必要)。
- 利用を増やす為に健康効果などの実証研究をしていく。
- 通常の自転車に加え、子供乗せ自転車や電動車椅子、電動自動車のシェアにも展開していく。
- 自転車産業への悪影響が懸念されているが、シェアバイクを提供しても自分の自転車を買う人は買う。地元で乗る用(自分で保有)と、出先で乗る用(レンタル)の棲み分けができている。
パネルディスカッション
- 日本サイクリング協会 加藤氏
- ドコモ・バイクシェア 坪谷氏
- シティバイク シモンズ氏
- デンマーク大使館 フェルタ氏
加藤氏
去年のサミットでは歩行者との事故がテーマに上がった。自転車が悪者扱いされるが悪いのは乗る奴の根性。最近は車道を走るようになってきた。小学生の時から自転車はオモチャではなく車両と教え込むべき。
司会者
近年、自転車事故の発生率が急上昇している。/*「率」ではなく「件数」では?*/
加藤氏
もっと厳しく取り締まるべき。
司会者
ニューヨークの走行空間は?
シモンズ氏
シティバイクを始める直前の時点で、640kmの自転車レーン中、80kmが protected bike laneだった。デンマークの自転車道のような嵩上げはせず、ペイントで施工したので低コストだが、利用者に安全で快適だと感じてもらえるように工夫した。ニューヨークでは大人は自転車での歩道走行が禁止されている。protected bike laneの整備は2007年からで、シティバイクはそれよりも後、2013年に導入した。メキシコシティーでは逆で、シェアバイク導入後、自転車利用者が増え、インフラを整備せざるを得なくなった。
司会者
他の交通機関よりも自転車の方が優れている?
シモンズ氏
ニューヨークはアメリカの中では公共交通が発達している方だが、地下鉄もバスも混んでいる。自転車利用者はそれらの利用者よりも少ないが、公共交通の混雑緩和に役立つ。
フェルタ氏
コペンハーゲンは地理的に東京やニューヨークよりずっと小さい。自転車は無料で鉄道に載せられるので、車の利用を減らす効果が有る。ただ、自転車を携行する乗客とそうでない乗客の間で対立が有る。モーダルシェアの目標は単に輸送面だけでなく、化石燃料からの脱却を目指してのもの。シェアバイクについては、誰もが自分の自転車を1台は持っているので、補完的な位置付け。ニューヨークとはターゲットが違う。
坪谷氏
シェアバイクの運営上、東京特有の問題は走行インフラが乏しく、自転車利用者のマナーに問題が有り、都心は車という文化である点。しかし東京での取り組みは全国から注目されているので、上手く行けば波及効果が見込める。区境を越えて同一のサービスを提供する発想の元は携帯電話のローミング。
司会者
シティバイクの今後の目標は?
シモンズ氏
2017年までに台数を倍の1万2000台にする。資金はCitibankから。他のスポンサーや公的資金も検討。システムはドコモバイクと同じく市間で共通化されている。交通機関の一つとして認められている。貸出返却ステーションの密度は25ヶ所/mi2はそのままで、エリアを拡大していく。
フェルタ氏
コペンハーゲンではシェアバイクは量ではなく質を追求していく。GPS装備、電動アシスト、ナビ(最寄りのポートを案内し、ポートを探す時間を節約)。
加藤氏
訪日客が自転車に乗ろうとして困るのは英語での案内や標識が無い事、自転車を(分解せずに)電車に載せられない事。
坪谷氏
地方ならサイクルトレインが出始めている。
シモンズ氏
ニューヨークは以前から個人の自転車は電車に載せられる。もちろんマナーは求められ、ラッシュ時は避ける必要が有る。但し自転車を載せる専用車両は無い。
フェルタ氏
デンマークでは地下鉄はラッシュ時には自転車を載せられない。地上の鉄道は自転車を載せる専用車両が有る。利用者が増えて要望が強まればルールは変わるかもしれない。
司会者
標識の国際化については。
シモンズ氏
ステーションのKioskは7言語。自転車のハンドルバーに4つの基本的な交通ルールが書かれている:歩行者優先、歩道に上がらない、信号を守る、車の流れと同じ方向に走る。
フェルタ氏
ニューヨークと同じで標識は誰でも理解できるようにしている。言語の併記もしているが、自転車道のデザイン自体から使い方が自ずと分かるようになっている。
加藤氏
伊豆に行った時、アメリカ人が輪行袋が必要と知らなくて駅員に注意され、ブツブツ言っていた。
シモンズ氏
利用者のマナー問題はニューヨークも日本と似ている。大人の歩道走行はルール違反だが、車道を走るのが恐ろしいので歩道に上がってしまう。protected bike laneでその恐怖感を取り除いた結果、利用者はルールを守るように/*=歩道に上がらなく*/なった。その他の違反も道路が分かりにくいのが原因。ただ、教育が必要なのも確かで、子供だけでなく大人向けにも無料の教室を開講している。ちなみにこの教室、受講は無料ですが、参加申し込み時にクレジットカード番号を入力させ、直前にキャンセル/希望日時の変更をしたり、当日欠席したりすると50ドルの料金が発生するという仕組みになっています。講師役はボランティアが担っているようなので、ボランティアの負担軽減の為にこういう工夫が必要なんでしょうかね。
フェルタ氏
デンマークでは安全教育で自信を付け過ぎた人がスピードを出し過ぎるという問題が出てきている。
坪谷氏
ドコモバイクシェアの利用者は今のところ意識の高い人が多く事故は少ない。もし大きな事故が起これば事業にも影響するのでマナー啓発には重点を置いている。最近はヘルメット着用/*の推奨? 義務化? 何だったかな。*/も検討している。
報道について
今年のサミットの開催報告が既に何本か公開されています:
http://www.cyclesports.jp/depot/detail/53058
http://blog.sideriver.com/bc/2015/09/2015-f44b.html
https://cyclist.sanspo.com/205952
全体的な感想
私は今年初めて参加しましたが、良い会場は押さえてるし、受け付けや案内スタッフも充分な人員を確保してたし、会場で流されたプロモーション映像も力が入ってたし、同時通訳者もレベルの高いプロを雇っていたし、司会者も実力の有る人だったし、報道関係者も結構集まっていたし、もちろん講演者も要職を担う博識の面々で——、要はかなり本気の大会という印象を受けました。
ただ、あの場で得られた知見がどれほど実際の政策に反映されるか、日本社会に浸透するかを考えると、ちょっと不安を感じるんですよね。
また、シモンズ氏とフェルタ氏が共に強調していた自転車通行空間の物理的な分離の重要性について、"share the road"という正反対のスローガンを旗印に掲げる日本側の参加者の反応が鈍かったのも気になります。ちゃんとメッセージ受け止めたのかなあ。古い思想や国内の法令に雁字搦めにされて、海外からの忠告に馬耳東風状態になってないかなあ。
まあこれは私個人のバイアスで濾過/増幅された印象なので、他の人は全然違う感想を持つかもしれないですね。どこかで全編の映像が公開されれば良いんですが……。