自転車利用者は、車に撥ねられる事故を防ぐにはドライバーに対する誘目性を上げるのが有効との仮定から、注意を引きやすいと言われる点滅ライトを装備する事が有りますが、実際の所はどうなんでしょうか?
海外の論文を何本か紹介します。
自転車のフロント、リアそれぞれのライトの誘目性を比較したオランダの研究。ライト自体の特性に加え、取り付け位置や角度での比較もしている。
A. Toet, J. Beintema, S.C. de Vries, N. van der Leden, J.W.A.M. Alferdinck (2008)
Vergelijking van fietsverlichtingsvormen
http://www.fietsberaad.nl/library/repository/bestanden/Eindrapport_Fietsverlichting.pdf
p. 5
− In most cases flicker raises the conspicuity of front lights.
− There is no clear relation between flicker frequency and conspicuity.
・フロントライトは点滅させた方が誘目性が高い。
・点滅の周期と誘目性に関連は無い。
/* 中略 */
− Flicker does not contribute significantly to the conspicuity of rear lights.
・リアライトは点滅させても誘目性の改善に殆ど貢献しない。
/* 中略 */
Visual perception suggests the following disadvantages of flickering bicycle lights:
− Flickering bicycle lights make it harder for other road users to estimate the speed and trajectory of a bicycle.
− Flickering bicycle lights may reduce the conspicuity of emergency services.
視覚認知 /* の実験結果 */ は、点滅する自転車ライトに次のような欠点が有る事を示唆している:
・点滅ライトは他者から見て自転車の速度と動きを摑みにくくなる。
・自転車が点滅ライトを使うと緊急車両の点滅ライトが目立たなくなる。
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自転車利用者の蛍光色ウェア、ライト、反射材などの装備の有無と、車との事故の発生率の関係を調べたニュージーランドの研究。
Sandar Tin Tin, Alistair Woodward, Shanthi Ameratunga (2014)
The role of conspicuity in preventing bicycle crashes involving a motor vehicle
http://eurpub.oxfordjournals.org/content/early/2014/07/31/eurpub.cku117
Abstract—Conclusion
Conspicuity aids may not be effective in preventing bicycle–motor vehicle crashes in New Zealand,
〔蛍光色ウェア、ライト、反射材などの〕誘目性改善策は、ニュージーランドでは自転車と車の事故防止に有効ではない可能性が有る。
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夜間に作業中の除雪車が他の車に追突されないように装備するライトの種類と、後続車ドライバーが除雪車の動きを的確に認識できるかどうかの関係を調べた北米の研究。
J. D. Bullough, M. S. Rea, R. M. Pysar, H. K. Nakhla and D. E. Amsler (2001)
Rear Lighting Configuration for Winter Maintenance Vehicles
http://www.lrc.rpi.edu/resources/pdf/iesna01a.pdf
p. 1
The ability of subjects following snowplows to detect deceleration of the snowplow was measured with each lighting configuration during nighttime field tests conducted while snow was falling. The mean time to detect closure was significantly shorter with the steady-burning light bar than with flashing lights.
除雪車を追走する被験者が除雪車の減速を感知できたかどうかを、降雪中の夜間の実験で、それぞれの灯火条件について測定した。〔被験者が車間距離の〕接近を検知するまでの平均時間は、点灯ライトの方が点滅ライトよりも有意に短かった。
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飛行機のパイロットが視認しやすい光源の特性についてのNASAの研究。
Mary M. Connors (1975)
Conspicuity of target lights: The influence of flash rate and brightness
http://ntrs.nasa.gov/archive/nasa/casi.ntrs.nasa.gov/19750023659.pdf
This study examined the relative conspicuity of foveally equated, point-source, steady and flashing lights of several brightnesses, seen against a star background. From the subject's viewpoint, these target lights could appear anywhere within a large (40° horizontal by 35° vertical) field of view. The lights appeared at random time intervals while the subject was periodically distracted by a simulated cockpit task.
本研究は、眼窩までの距離を等しくし、星空を背景として、幾つかの光度で提示した点灯/点滅する点光源の相対的な誘目性の違いを調査した。被験者の視点からは、これらの目標光源は広い視界(水平40°、垂直35°)内のどこにでも現われる。光はランダムな時間間隔で現われる他、被験者には定期的にコックピットの模擬タスクを課して注意を逸らした。
The results indicate that correct target detection increased and reaction time decreased with increased target intensity. Steady lights were missed more frequently and acquired more slowly than flashing lights, but no significant differences were found among the wide range of flash rates employed. The intensity of the light had a greater effect on both detection and reaction time to steady lights than to flashing lights.
実験の結果、目標光源の光度が高いほど、正しい認知が増え、反応時間が短くなった事が示唆された。点灯光源は点滅光源よりも見逃されたり発見が遅れる事が多かったが、実験で用いた様々な点滅周期の間には有意な違いが無かった。点灯光源では、点滅光源よりも、光度が発見と反応時間双方の改善に及ぼす効果が大きかった。
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個人サイトに掲載されている主要研究のまとめ記事
Uncle John's Bike Shed (2013)
Should I use blinking bicycle lights?
http://bikeshed.johnhoogstrate.nl/bicycle/light/blinking/
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事例対照研究の実験デザイン例(イギリス)
Philip D Miller, Denise Kendrick, Carol Coupland and Frank Coffey (2010)
The use of conspicuity aids by cyclists and risk of crashes involving other road users: a protocol for a population based case-control study
http://www.biomedcentral.com/1471-2458/10/39
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気付いた点のメモ
- 誘目性と事故率が対応するとは限らない。
- 認知の前と後では望ましい光源の特性が違うかもしれない。
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2016年2月14日追記
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Eric Scigliano(2013年11月25日)"Bike bullies: Turn off those blinking lights!" Crosscut.com
強力なライトと点滅ライトについての論点を包括的に扱った記事。以下、抄訳:
- シアトルのサイクリストは、事実ではなく感情に基づいて強力なライトを装備している。
- メーカーはスペック競争(arms race)に陥っており、ライトの明るさの上限を定めた規則も無い。
- ドイツではライトの照射角度・距離が厳密に定められており、点滅は全て禁止されている。
- 強力な点滅ライトは癲癇患者に体調不良や発作を起こさせるリスクが有る。
- 点滅ライトは他者の視線を引き付け、その一点に集中させる効果(moth effect)が有る。
- 但し、路上には他にも視覚刺激が有るので、自転車の点滅ライトや強すぎるライトが事故を起こすと断定するのは極めて難しい。
- ワシントン州法では既に、自転車も含め点滅ライトが禁止されている(LED尾灯は除く)。
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これを読むと、「点滅ライトは有効かどうか」よりも「なぜサイクリストは点滅ライトや強力なライトを希求するのか」という一段上のメタレベルに議論の視点を置いた方が有益なのではないかと思えます。
点滅ライトや強力なライトが問題として生じる根本原因の一つは、「車に撥ねられるのではないか」というサイクリストの恐怖心です。(点滅の方が電池寿命が延びるというのも有りますが。)
であれば、点滅ライトの使用や製造に規制を掛けるといった表面的な対症療法より、自転車利用者が不安を感じずに走れるインフラを整備するという根本的な原因療法の方が効果が見込めるでしょう。
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