2014年11月6日木曜日

「事故率」にご用心

人口がきっかり10万人のA市とB市が有るとします。
どちらの市でも、自転車に乗っていて交通事故に遭う人が
1年間で250人いるとします。

さて、この二つの市の
自転車の事故率 
は同じでしょうか?



実は、上の問題文は不完全なので、
そのままでは答えられません。

「事故率」という概念には幾つか種類が有り、
どの視点から事故を捉えるかによって使い分けるからです。

例えば警察なら、自分の管轄内で起こる自転車事故
多いか少ないかに関心が有りますよね。
この場合、自転車の事故率は
事故件数/人口
で計算するでしょう。
(期間を区切るならさらに「年」などで割る。)



ですが、もしA市とB市で「自転車に乗る人の数」
が全然違っていたらどうでしょうか?

例えばA市は10万人全員が自転車に乗っているとします。
対してB市は、自転車に乗っている人がたった1人だとします。

A市では、その10万人が毎日自転車で市内を縦横無尽に走り回って、
1年間に250人だけが交通事故に遭う。
事故を目撃すらしない人が大勢いそうですね。

一方B市では、唯一自転車に乗るその一人が、
たった一人で年間250回も事故に遭う。
ちょっとコンビニに出掛けるくらいで、
犬も歩けば棒に当たるレベルで事故に遭ってしまう。

これでも「事故率」が同じと言えるでしょうか?



実際に自転車に乗る人が、
自分の身に事故が降り掛かる確率を知りたいのであれば、
「人口当たり」ではなく、もっと他の分母を使わないと駄目ですね。

例えば、
  • 日常的な移動手段として自転車に乗っている人の数
  • 通勤通学の手段として自転車に乗っている人の数
  • 自転車で走った距離の市民全員分の合計
  • 自転車移動に費やした時間の市民全員分の合計
などが、事故件数を割る分母になりそうです。



ここで再び「人口当たり」の事故率を考えてみます。

もし自分の市が人口当たりの自転車事故率で
全国ワースト1位になってしまったら、どうしましょう。

地道に自転車インフラを整備したり、
生活道路に車が入らないように住民と協議したり、
子供に交通安全教育を繰り返し受けさせたりするのが王道です。

しかし、そういった面倒な事は全て放棄して、
自転車を全面禁止にしてしまう手も有ります。
そうすれば事故率の数字を0にできます。
 
「人口当たり」の事故率で考えるというのは、
つまりそういう事です。



ちなみに、警察、利用者の他には道路管理者の視点も考えられます。
自分が管理している道路ネットワークの中で
どの路線が危ないのかを知りたいなら、
各路線の自転車通行台数/各路線の延長
という式になりますね。



まあ私なんかの話じゃ当てにならないので、
本職の研究者が書いた本をお勧めします。

牛生扇(本名は平尾収)1995
『歩行者 人動車 道——路上の運転と行動の科学』
三栄書房 (pp. 231-232 に事故率の話題)

驚くほど多彩な交通心理学実験の数々を紹介しています。
心理学のうまくいった実験の報告書ってほんと面白いんですよね。
「人間ってこんなふうにできてるんだー!」と目から鱗がボロボロ。
一般向けの本ながら論文の出典をちゃんと示しているのもありがたいです。