前回の続きで、今回はマナー違反の例について考察してみます。
まず始めに、マナー違反の例として
- 運転中の携帯電話による通話
- 暴風雨の中での傘差し
- ヘッドフォンの装着
その後、何が違反だったのかをクイズ形式で参加者に指摘させ、
正答が出てから司会者が次のようにまとめていました。
1台目の自転車は携帯電話で通話をしていました。
携帯電話やスマートフォンを触りながら運転すると、
周りに注意が払えず大変危険です。
運転中は、携帯、スマホ、絶対に操作しないようにしてください。
2台目の自転車は傘を差していました。
傘を差すと周りも見えづらくなります。
フラフラ運転になってしまうので、
雨が降っている時は傘を差すのではなく、
レインコートを着用するようにしてください。
(3台目の自転車のように)ヘッドフォンやウォークマンで
音楽やラジオを聞いていると、周りの音が聞こえず、大変危険です。
運転中は、音楽やラジオ、絶対に聞かないようにしてください。
ここでまず気になったのは携帯電話の使い方です。
以前は片手離しでの通話が問題視されていましたが、
スマートフォンが急速に普及した現在、
最も懸念されているのは画面に見入りながらの運転です。
これは若者だけでなく、子どもから主婦、会社員まで、
ありとあらゆる層に急速に広がっている問題行動ですが、
スタント実演はプログラムの更新が追い付いていません。
もう一つはヘッドフォンの装着です。
スタント実演では、いかにも大音量で曲を聴いているという風に
激しくヘッドバギンしながら自転車を漕いでいたので、参加者は、
「周りの音が聞こえなくなる事が問題だ」
と理解した可能性が有ります。すると、
「音量を下げれば問題ない」
「イヤフォンの片耳を外しておけば問題ない」
「オープンエアー型のイヤフォンなら問題ない」
などと判断する人も出て来るでしょう。
実際、家電通販サイトのイヤフォンのユーザーレビューで、
自転車に乗っている時に使っているという書き込みを見た事が有ります。
しかし、それはあまりに単純な考え方です。
ヒトの情報処理能力は有限なので、
感覚器官から入ってきた情報を
全て処理できるわけではありません。
耳から入って来る聴覚刺激に処理能力を配分しすぎれば、
目から入って来る視覚刺激の処理が疎かになります。
その結果、周囲の異常事態が目から入ってきても、
脳がそれをきちんと認知できないので、反応が遅れます。
これは例えば次のような実証実験で確認されています。
- 江部和俊,大桑政幸,稲垣大(1999)
「ドライバの視聴覚認知に伴う負担度評価」
『豊田中央研究所 R&D レビュー』Vol.34, No.3
- 内田信行、浅野陽一、植田俊彦、飯星 明(2005)
「携帯電話会話時における運転者の注意状態評価について」
『国際交通安全学会誌』Vol.30, No.3
音楽を聞き流す程度ならあまり影響は無いと思いますが、
ラジオ番組(*)や英会話の音声教材に聴き入ったり、
携帯電話で会話に興じたりするのは危険だという事です。
* ノイタミナラジオを聞きながら車を運転していて
自損事故を起こしてしまったというリスナーさんが居ましたね。
(2013年10月31日放送分)
事故に至った具体的な経緯や状況が分からないので、
この文脈で取り上げるのが適当かどうかは分かりませんが……。
ちょっと脱線しますが、こうした実証研究や事故実態を見ると、
警察が実施している教育や規制は見当違いである事が分かります。
今回のスタント実演などは、その不適切な教育の一例ですね。
不適切な規制としては、例えば神奈川県警の道交法施行細則が挙げられます。
Q3 ハンズフリー装置などを使って通話しても違反になるのですか?
A 携帯電話を手に持たず、ハンズフリー装置を使用して通話することは違反となりません。
Q7 運転中に片耳のイヤホンで音楽やラジオを聞くのも違反ですか?
A 片耳でのイヤホンの使用は、「安全な運転に必要な音又は声が聞こえない状態」とはならないため、違反となりません。
Q8 両耳のイヤホンやヘッドホンでも、小さい音で聞くのはいいのですか?
A 両耳のイヤホンやヘッドホンを小さい音量で使用する場合については、「安全な運転に必要な音又は声」が聞こえる状態であれば、違反となりません。
ただし、小さな音量でも、周囲の音を遮断する密閉型ヘッドホンを使用している場合や、両耳に耳栓を使用している場合など、「安全な運転に必要な音又は声が聞こえない状態」で自動車等を運転すると、違反となります。
2013年12月28日に閲覧した時点では、
このページの更新日時は「2013年10月23日 13:59:51」でした。
一方、「運転中はハンズフリーフォンであっても事故リスクに繋がる」
と警告する論文は1997年には既に登場していますから、
Donald A. Redelmeier, M.D., and Robert J. Tibshirani, Ph.D. (1997).
"Association between Cellular-Telephone Calls and Motor Vehicle Collisions".
The New England Journal of Medicine 336 pp.453-458.(URL)
神奈川県警は学界から16年も遅れた認識をしているわけです。
私が思うに、日本の警察は安全工学や認知科学についてズブの素人であり、
自ら進んで学界の知見を吸収しようという努力もしていません。
彼らに交通法規を決めさせたり交通安全教育を任せるのは危険です。
脱線終わり。
スタント内容の検証に戻ります。
3種類のマナー違反を説明した後、
今度は子供乗せ自転車での事故例が実演されました。
父親に扮したスタントマンが自転車の前後に幼児(の人形)を乗せ、
前カゴに重い荷物を積んで走ってきます。
司会者の所まで来て止まると、
自転車を降りてスタンドを立てようとしますが、
誤って自転車を転倒させてしまいます。
ここで、通行人役の別のスタントマンが大声で
「あー! お父さん! 赤ちゃんが!」
と駆け寄ってきました。
さすがは役者、発声の基礎がしっかりできています。
会場の緊迫感を一気に高めていました。
惜しむらくは、子供乗せ自転車にまつわる
他の事故リスクを紹介する時間が無かった事。
プログラムが小学校の授業時間枠(45分間)に
収まるように組み立てられているからでしょうが、
折角の機会に多種多様な事故リスクが伝えられないのは残念です。
例えば、押し歩き中の転倒事故。子供二人を乗せた自転車は、
一度バランスを崩して傾き始めると、大人の力でも引き戻すのは困難です。
警察や自治体は何かというとすぐに「押し歩きしましょう」などと
無責任な指導をしますが、それが逆に事故リスクを高める場合も有ります。
また、子供乗せ自転車は発進時のふらつきが命取りになりますが、
そのリスクを低減する意味も込めて開発された電動アシスト自転車では、
片足乗り(けんけん乗り)で自転車が不意に急発進する事が有ります。
これも啓発すべき事故リスクですね。
さて、スタント実演の続き。
司会者が会場の中央で子供乗せ自転車の転倒リスクを説明していると、
横手から3台の自転車が並走してきて司会者にぶつかりそうになり、
バランスを崩して転倒してしまいます。
時間を節約しつつ参加者の目を引き付ける工夫ですね。
細かい所まで実に良く練り上げられたプログラムです。
自転車に乗って来た3人のスタントマンたちは
「何だよおい!」
「危ねーなこの野郎!」
「バーカ!」
などと口々に司会者を罵り、再び自転車に跨がってそのまま走り去ります。
大袈裟で分かりやすい悪役の演技は、もしかすると
子供の目には「芝居じみている」と映ったかもしれませんが、
現実にはもっと酷い人間もいるので油断なりません。
私が遭遇した例では、相手から勝手にぶつかってきた上に
逆上して殴り掛かってきた自転車乗りがいました。
世界が自分の思い通りに回らないと、我慢できずに
すぐ暴力に訴えてしまう性格の人物だったのでしょう。
小学生にそういう現実を突き付けるのはさすがにどうかと思いますが、
高校生や大人向けの交通安全プログラムであれば、
多種多様な人間がいるという事を前提にした
高度な防衛運転を教えていく必要が有るかもしれませんね。
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シリーズ一覧
スケアード・ストレートは有効?
自転車事故スタント実演の感想 (1) 40km/hでの衝突
自転車事故スタント実演の感想 (2) マナー違反
自転車事故スタント実演の感想 (3) 出会い頭